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05 ネコ様の礼儀


 俺の家にテレビが来て一週間ほど経った今日。

 すっかりましろもテレビの存在に慣れ、ソファや机の上など、自由な場所でくつろぎながらテレビを見ていた。


 こうしてテレビを二人で見ていると、ネコを飼っている、というよりかは二人暮らしをしていると言った方が感覚的に近い気がする。

 それに不服がある訳では無いが、あまりにもこの光景が自然すぎて少し笑ってしまう。


「そろそろご飯にするか、ましろ」


 今日は俺のすぐ横に寝転がってテレビを見ていたましろに話しかけると、声は出さずにこちらを振り向く。

 そしてゆっくりと伸びをして、俺がテレビの電源を切る前にソファから下りて自分のお皿の前に移動して座った。


 ……うちのネコ、賢すぎるのではないだろうか。

 他の家のネコを知らないためなんとも言えない節もあるが、こんなにも人の言葉を理解した行動をしてくれるものなのだろうか。


 とりあえず、ましろを待たせる訳にも行かないので、キッチンの棚からご飯を取り出し手早くお皿に入れる。

 ましろの座る目の前にご飯を入れたお皿を置いて、自分のご飯を取りにキッチンへ戻る。


 とは言いながらも、俺の晩ごはんはいつもながらのコンビニ弁当である。正直、食生活があまりよろしくないことは自覚している。

 いつか自炊を出来るようにならなければとは思っているのだが、結局は仕事の疲れに負けて帰り道のコンビニに立ち寄ってしまっている。


 電子レンジにコンビニ弁当を入れて、待っている間にお風呂にお湯を張っておく。

 部屋に戻って少しスマホでも見ようと机に向かったところで、まだましろがご飯に手をつけていないことに気づく。


 しっかりとお皿の前にお座りはしているのだが、何故か食べ始める気配がない。


「どうした、食欲無いのか?」


 一応そう問いかけてみるが、こちらを一回振り向くだけで特にそれ以上に反応はなかった。

 昨日と一緒のご飯を入れたはずだし、今日一日体調が悪そうな様子もなかった。


 少し不安になって、スマホで調べてみようかと思ったところで、電子レンジが鳴る。

 一旦スマホを置いて、コンビニ弁当を取りだし机に置いて俺も座る。


「いただきます」


 そう言って手を合わせてから、コンビニ弁当を食べ始める。

 そして同時に、少し行儀が悪いのを承知の上で、空いた手を使いスマホをいじる。


 ネコのことをまだあまり知らない俺にとって、最近はスマホだけが唯一の頼りとなっている。

 情報の真偽は見分けなければならないが、それさえ間違えなければ大抵のことは調べれば答えが見つかる。


 そう思って検索ワードを考えている途中で、チラッとましろを確認すると、何事も無かったかのようにご飯を食べていた。どうやら完全に俺の杞憂だったらしい。

 何の気まぐれだったのかは分からないが、何か体調の異常でなかっただけでも安心だろう。


 安堵のため息をしてから俺もご飯を食べ始める。

 俺がまったりとご飯を食べる中、ましろはぺろりとご飯を食べきってしまった。

 だが、ネコ型クッションのポジションやソファに戻る様子はなくそのまま毛づくろいを始めた。どうせなので、ありがたくその可愛らしい様子を眺めながらコンビニ弁当を食べ進めた。


「ごちそうさまでした」


 ご飯を食べ切った俺がそう言ったのを聞いてから、ようやくましろはソファの上に戻っていった。

 その様子を見て、俺は今日のましろの行動の意味に一つの憶測が浮かんだ。

 ましろは、俺が食べ始めるのを、そして食べ終わるのを待ってくれていたのではないだろうか。


 人同士であれば普通のことかもしれないが、当然ネコがそんなことを気にするとも思えない。

 偶然である可能性の方が高いだろうし、完全に親バカゆえの俺の考えすぎかもしれない。


 だが、それでも俺は、ましろのその行動に胸が暖かくなり、嬉しさで満たされた。

 まだお風呂が湧いてないのを確認して、俺もソファへ向かい彼女のすぐ横に腰掛ける。


 そして、嫌がられると分かりながらも、彼女の頭に手を伸ばす。

 そして、まったりとテレビを見つめるましろの頭をやさしく撫でる。


 ましろは、少し不機嫌そうな顔をしながらも食後のせいなのか大きく抵抗はしなかった。

 俺は色々な思いを込めて、ましろに「ありがとな」と一言だけ伝える。


 ましろはこちらを向くことなくテレビを見つめたまま、面倒くさそうにしながらも「にゃぁ」と返事をしてくれた。



 * * *



 その次の日俺は会社に着くと、いつもの仕返しのごとく、同僚の榊原にましろの惚気話をしまくっていた。


「佐藤、その話今日だけで三回目なんだけど……」

「知ってる」

「余計にタチが悪いね……」


 これまで俺への当てつけのように榊原の彼女の話を聞かされ続けてきたのだ。

 少しくらいは俺が仕返しをしてもバチは当たらないだろう。


「まあでも、本当に賢いんだね。ましろちゃん」

「ああ、人の言葉が分かるんじゃないかと疑うレベルだ」


 親バカである事は変わらないが、榊原に話しても俺と同じ反応が返ってきた。


「もしかしたら、鶴の恩返しみたいに昔助けた女の子がネコになって恩を返しに来たんじゃない?」

「逆だったかもしれねえ」

「あれ、そうだっけ?」


 相変わらずの脳死な会話をしていると、案の定上司から冷たい視線を受けてしまい、二人してすぐに仕事に戻った。

 しかし、すっかり頭の中はましろのことで頭がいっぱいで、お昼休憩まではほぼ仕事になっていなかった。



 その日の帰り道、珍しく俺はスーパーにいた。普段はコンビニか、ましろのために薬局に行くくらいなのだが、今日は特別だ。

 このスーパーに来るのもましろを拾った時以来。その時は、ましろのために少し奮発して夕食を買った。

 そんなに長い時間でもないのだが、あの頃が随分懐かしく思える。


 あの日、凍えて弱々しく鳴いていたましろが、今ではのんびりと家でくつろぎ、もりもりとご飯を食べてくれている。

 まあ、相変わらず撫でさせてくれたり甘えたりはしてくれないのだが……。

 色々と賢い性格の分、警戒心も高いのか距離感はまだまだ離れたままだ。


 ましろを飼い始めてすぐに、まず手を近づけて匂いを覚えてもらう、というアドバイスを榊原から受けた。

 それから毎日欠かさずに指先と鼻先の触れ合いは欠かさずにしているのだが、やはりまだ完全に心を開いてくれてはいない。


 ただ、ましろとの距離感に焦っている訳では無い。本当に少しずつでも良いので縮めていき、ましろが心の底から安心して過ごせる場所になってくれればいい。


 今日、スーパーに来ているのは、あの時と同じものを購入するため。

 俺の好物、そしてましろも気に入ってくれたサーモンの刺身が今回の目的だ。

 距離感を縮める作戦が餌付けというのも、まあ古典的なのだが、それだけではない。


 俺個人として、昨日ましろが俺のタイミングに合わせてご飯を食べてくれたこと。それに対してのお礼も兼ねている。

 それがましろの故意じゃなかったとしても、俺個人の気持ちとして感謝を伝えたかった。




「ただいま〜」


 スーパーでお目当てのサーモンを購入して帰宅すると、玄関を開けたところで中から賑やかな音が聞こえてくる。

 リビングに入ると、そこにはソファに座りいつものようにテレビを眺めるましろがいた。


「なんか面白い番組やってたか?」


 カバンや上着などを置いてからましろの横に腰かけて、そんなふうに話しかける。

 いつも通り特に返事はない。それどころか隣に腰掛けた俺をなんとも言えない視線で見つめ、すぐにソファから降りてしまった。

 ほ、本格的に嫌われてるのかな……俺。


 少し……いや、結構傷つきながらも、買ってきたものを袋から取り出す。

 さっきは思い切り避けれられてしまったが、俺が「ご飯にするぞ」と声にかけると素直にこちらに歩いてきた。

 やはり、食欲に勝るものは無いらしい。今のところ、ましろと関われるのがご飯のタイミングしかないのもある意味悲しい。


「今日の夕飯はサーモンだぞ」


 俺がそう言うと、ましろはピクンと耳を伸ばす。そして、ぴょんと机の上に飛び乗ってきた。

 いつもは自分のお皿の前で座って待っているので、少しその行動に驚く。


「サーモンの刺身、覚えてるか?」

「にゃぁ」


 俺がサーモンの入った容器を取り出して見せてやると、珍しくましろがかわいい鳴き声をあげた。

 少し前に食べたサーモンの味を覚えていたらしい。他のご飯でこんな反応したことがないことを考えると、ましろは俺と同じくサーモンが好物らしい。


 あの時と同じように、料理用のハサミで食べやすいサイズに切り分けてましろのお皿へ入れてやる。

 そして、ましろを待たせまいと俺もすぐに自分用のご飯を用意して座る。


「いただきます」


 ましろは、そう俺が手を合わせたのを聞いてから食べ始める。これで確信する。そして同時に嬉しさが込み上げる。

 俺は美味しそうにサーモン食べるましろを眺めながら、もう一度心の中で感謝を伝えるのだった。



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