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49 ネコ様とお買い物


「おまたせ、ココアで大丈夫だったか? 一応お茶もあるが」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 ふと考えてみれば、すっかり春らしくなって暖かくなってきたのに、ホットの飲み物はチョイスを間違えた気がする。

 先程から変なことばかりに気が回ってしまうが、ましろは特に気にした様子はなく美味しそうにココアを飲んでほっこりしていた。


 ましろの隣に腰を下ろし、買ってきたお茶を飲んで変な思考をしすぎてヒートしてしまった脳内を冷やす。

 最近はましろに対しての接し方も安定してきたと思っていたのだが、家を出てからはイレギュラーなことばかりでどこか落ち着かない。


 ベンチに背中を預けて体を脱力させていると、横から視線を感じて目を向けると、なんとなく不安そうな顔をしたましろがいた。


「ど、どうかしたか?」

「あ、いえ……。佐藤さん、お疲れですか?」

「いや、そんなことはないが……」


 疲弊しているといえばしているのだが、それは俺が色々と余計なことを考えてしまっているゆえというだけ。

 ましろが心配するようなことではないので、ノータイムで否定するのだが、ましろの不安そうな表情は変わらないままだった。


「その……私のせいで変な気をつかわせてしまってませんか?」

「え、いや。それは……」

「もしそうだとしたらごめんなさい。私のわがままに付き合わせてしまって」


 ましろは飲んでいたココアを片手で持ったまま、もう片方の手──先程まで俺の手のひらと重ねられていた手を見つめながらそう零した。

 そんな彼女を見た瞬間、反射的に見つめられていたその手を掴んでいた。


「違う、違うから。ましろは謝らなくていい」


 ましろと一緒に散歩したい、外に出たいと言ったのは紛れもない俺自身だ。

 すべては俺がしたい、してやりたいと思って今日こうしてここに来ているのだ。

 そんな俺の思いが伝わるように、そうしっかりと言葉にしてましろの手をぎゅっと強く握った。


「さ、佐藤さん……?」

「ましろが良ければさ、一緒に買い物しに行かないか?」

「お、お買い物ですか?」

「ああ。どうせ今日は帰ってからまた出かけようと思ってたからさ。ついでだし一緒にどうだ?」


 急に手を握られたことやいきなりの誘いにましろは困惑していたが、俺の目をしばらく見つめたあとこくこくと頷いてくれる。

 それに微笑み返して、ましろがココアを飲みきるのを待ってから、俺たちは公園から最寄りのスーパーへと足を進めた。


「いつも、ここでお買い物してるんですか?」

「ああ。別に近いからって理由だけどな」


 実家にいた頃の母親は、どこどこでは何が安くてあっちではこれが特売だのと何ヶ所もスーパーをはしごしていた。

 あれが正解なのかは分からないが、こちらは移動手段も徒歩しかないゆえに、食材系はほぼほぼ家から一番近いこのスーパーで済ませている。


 さすがに手を繋いだままだと買い物が出来ないので、ましろの手を離して代わりにカゴを手に取る。

 彼女はどことなく手持ち無沙汰そうにしていたが、俺が買い物を始めると機嫌良さげに俺の横をてこてこと付いてくる。


「あ、佐藤さん。そのカボチャはこちらのほうがいいかもしれないです」

「え、マジか」


 買い物メモを見ながら流れ作業で食材を入れていると、ましろからそんなアドバイスが飛んできた。

 今手に取ったのはクォーターサイズにのカボチャで、これまでは見た目の良さで適当に選んでいたのだが何か見極めポイントがあるらしい。

 カゴに入れる前に、ましろの指したものと自分の選んだものを少し見極めてみる。


「全く違いが分からん……」

「見分け方は色々ありますが、カットされているものなら種を見ると分かると思います」


 そう言われて見てみると、たしかに少しだけ種の色が違うことに気づく。どうやら、そこで善し悪しを判別出来るらしい。

 その後も何かと色々とアドバイスを貰いながら、買い物を続けていく。


「こんなことなら、いつもましろと一緒に買い物するべきだったな。博識すぎて頭が上がらない」

「い、いえ、そんなことは。私も半分以上は受け売りですから」


 恥ずかしそうに、えへへと微笑みながらそんなことを話すましろ。

 そういうのは受け売りなんて言い方をするものではないだろうと関心しつつ、ちょっどだけ別のことが頭に引っかかった。

 ましろに、こういった知識や料理、家事に関してを教えたのは一体どんな人なんだろうか、と。


 さすがに、あそこまでの腕前をましろが一人で身につけたものではないだろう。

 現に、受け売りなんて言い回しをするくらいなのだから、過去に彼女にそういった知識を教えていた人がいるはずだ。


「……料理とかは、誰かから教えてもらったのか?」

「はい、そうですよ。何に関しても完璧で、私にとって師匠と呼んでも差し支えない、そんな人でした」


 あまりましろの過去に触れてのなかった分、内心かなり緊張気味に質問をしたのだが、彼女は特に気にした様子もなくただ過去を懐かしむように答えた。


 ましろが、俺と出会う前にどんな生活を送っていたのかとか、そんなことまで今すぐに知りたい訳では無い。

 たぶん、必ずしも今聞いたような平和な日々だけではなかったはずだ。

 しかし、それから目を背け続けてましろとの生活を送り続けるのは、心どこかでずっと大きくて暗い何かから逃げ続けているような、そんな感覚がするのだ。


「なら俺は、ましろだけじゃなくてその師匠さんにも感謝しないとな」

「ふふ、大丈夫ですよ。あの人も佐藤さんみたいな人ですから」

「? どういう意味だ?」

「なんでもないですよっ」


 いたずらに笑うましろを見て、少しだけ胸の中のもやもやが晴れていく。

 少なからず、あの頃のましろの近くには、そばにいて優しく寄り添ってくれる存在がいたのだ。それが知れただけでも、大きな進歩だろう。


 そんなことを考えなから、いつの間にかましろに先導されながら買い物を続けるのだった。




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