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48 ネコ様の手


「よし、いいぞ」

「は、はいっ」


 玄関の扉を開けて周り安全を確認したあと、後ろ手に彼女を呼ぶ。

 さながら、どこかの秘密基地への潜入のような雰囲気を醸し出しながら二人で外へ出る。

 すごく悪いことをしている気分だが、今からするのはごくごく普通のただの散歩である。


 なのに何故こんなにも隠密行動をしてるかと言えば、俺の後ろにいるましろの姿を見られないためだ。

 外でましろと一緒に歩くことは何の問題もないのだが、さすがに一緒の部屋から出てくるところを見られるのは変な噂が立つ可能性がある。


 特に大家さんの場合、ネコを飼っているとは伝えているが、同居人が増えたということがバレるのはさすがにまずい。

 もちろん、それなりの説明をすればそれだけで済むこと。しかし、さすがにネコだったましろが人の姿になったと説明するわけにもいかない。


 いつまでも隠し通せるとは思ってないし、罪悪感もある。とは言いつつ、いまだにいい説明を思い付かず。よって、まだ保留中の事項ということなのである。


「だ、大丈夫そうですか?」

「ああ、この時間はいつも出かけてて、夕方まで帰ってこないはずだ」


 ましろは心配そうにしきりに周りを見ていたが、結果として誰かに見られることも無く玄関を出て敷地外まで出ることが出来た。

 久しぶりに外の空気に触れたましろは、一度立ち止まって静かに深呼吸をする。


「外の空気の匂いがします」

「良い匂いか?」

「そうですね。久しぶりですし、風も気持ちいいです」


 ほどほどに心地よい風が頬をなで、ましろのさらさらの髪をなびかせる。

 普段はあまり見ることの無い首筋や額があらわになっていて、少しの間彼女の顔に見とれてしまっていた。


「この先に小さな公園があるから、とりあえずそこまで歩こうか」

「はいっ」


 ましろは弾んだ声で返事をして、歩き始める。

 こうしてのんびりと彼女が歩く姿を見るのも初めてで、新鮮な感覚がした。

 公園近くまで歩いてすっかり外の世界に慣れた様子のましろは、いつもはあまり見ないような軽快な足取りになる。


「あんまりはしゃいで転ぶなよ」

「はい、大丈夫で……ひゃっ」


 振り向いてそう答えた直後、俺が貸した履きなれないサンダルのせいか、段差につまずいてバランスを崩す。

 俺がとっさに彼女の体を支えて転倒は避けられたが、俺の腕の中におさまった彼女は恥ずかしそうに視線を落とした。


「大丈夫か、ましろ」

「は、はい。ありがとうございます……」


 こんなにもはしゃいでそそっかしい彼女を見るのも初めで、笑ってしまいそうになるが、ましろのプライドのためになんとか堪える。

 それほどまでに、自由に外を歩けることが楽しかったということなのだろうか。こんなことならもっと早く提案していても良かったかもしれない。


「ほら、ましろ」


 そんなことを考えながら俺は、バランスを取り直した彼女に向けて手を差し伸べる。

 ましろは一瞬きょとんとした様子で俺の手を見つめていたが、その意図がわかるとどうしたものかと目をぱちぱちさせ始める。


 もしかしなくても手を繋ぐのが嫌なのかと思って引っ込めようとすると、ましろは慌てた様子で手を重ねてきた。

 なんとなくお互いに何も言えなくなってしまいしばらく沈黙が続いたが、俺が軽く手を引くと彼女もそれに合わせて歩き出した。


 あまり深く考えずに手を差し出してしまいましろを困惑させてしまったのかと思ったものの、公園の中へ入るの頃には特に気にした様子もなくなっていた。


「近くにこんなに広い公園があったんですね」

「ああ。雰囲気も良くて結構気に入ってるんだ」


 公園の中心には遊具や広い芝生が広がっており、その周りを囲うように小道が整備されその周りに木々たちが立ち並んでいる。

 俺とましろは一緒にその小道を歩きながら、公園で遊ぶ子供たちや木にとまる小鳥、道端に咲く花を眺める。

 そんな何気ない風景もましろには輝いて見えたらしく、彼女から見える世界に反射するようにその綺麗な瞳を輝かせていた。


「ましろも気に入ってくれたなら、ここに来たかいがあったな」

「はい、すごくいい場所だと思います。気に入りました」


 並んで歩くましろは、笑顔でそう答えてくれる。それに合わせて重ねられた手もぎゅっと握られるので不覚にもドキッとしてしまう。

 ここまであまり意識しないようにしていた分、いざ意識を向けざるをえなくなると妙に緊張してしまった。


「あー、何か飲むか? 買ってくるぞ」


 その胸の高鳴りに我慢できずに、話題を逸らして彼女に聞いてみる。

 さすがに唐突すぎたのかましろは少し不思議そうに首を傾げていたが、俺の様子を察してくれたのか「では、お願いします」と返してくれた。


 近くにベンチがあったため、そこで待っててくれと伝えて、繋いでいた手を離す。

 その瞬間、ましろが小さく「あっ……」っと声を漏らすので、余計に居心地が悪くなってしまい、逃げるように自販機へ向かった。


 この歳になってもなお、手を繋いでくらいで一喜一憂してしまう自分が恥ずかしくなる。

 ネコのときに少しだけ肉球を触らせてもらったことがあったが、あれとはまた違う緊張感があった。


 そんなことを考えながら、ましろ用にあたたかいココアを買ったあと、自分の頭を冷やすために冷たいお茶を買って、ましろの元へ戻るのだった。




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