46 ネコ様へのお礼
榊原と綾乃さんが来た騒がしい時間はあっという間に過ぎていって、気づけば窓の外は暗くなっていた。
昼前から来た二人は今回のせめてものお礼だとかなんとかで、ましろのためにプレゼントをくれたり持参した材料で昼食を振舞ってくれた。
そのあとも夕方までずっと家にいて、特にましろに絡みに行くわけでもなくましろと同じ空間にいることに満足していた。
この三人でゆっくりと話す機会も久しぶりだったため、思いのほか世間話が盛り上がってしまったのも原因だろう。
お互いの過去の高校生活のことやお決まりである榊原達の馴れ初めなど、話題は尽きることがなく思い出話に花が咲いた。
家でましろと一緒に過ごす心地良さと同じように、どこか遊びに行くわけでもなく三人でおしゃべりする時間はすごく充実していて楽しかった。
「今日はありがとうな」
二人を駐車場まで送ってから部屋に戻るとましろは人の姿に戻っていて、エプロンを付けてすでに夕飯の支度を始めていた。
そんな彼女に第一声、今日一日のことの全てに思いを込めてお礼を伝える。
「いえ。お礼を言われるようなことは何もしてませんし」
「そんなことない。ほんとにありがとう」
いつものことながら謙遜するましろに負けじと、ぐいぐいと距離を詰めて感謝を投げつける。
ましろは困った表情を浮かべて、ため息をつきながら台所へ向かう。
「……ど、どういたしまして」
ギリギリ聞き取れるほどの小さな声でそう答えてから、それをかき消すように少しだけ乱暴に冷蔵庫を開けて料理を始める。
前に比べればだいぶ好意を受け取ってくれるようになったその小さな返事に、俺はひと満足……することはなく、今一度お礼ついて考え始める。
これは榊原達を家に呼んでもいいと聞いてからちょっとずつ考えていたこと。
結果として、二人を呼んだことだけではなく、三人で楽しい時間を過ごすことが出来たという、そのお礼も含めて何かお返しをしたい。
「ましろ。今回のお詫びとして、何か欲しいものとかないか?」
リビングにソファに座りながら、何気ない態度でとりあえずド直球で聞いてみることに。
キッチンに立ったましろがくるっと首をひねってこちらを見てくる。俺もそれに合わせてそちらを向いて彼女と目が合う。
「……はぁ」
「え、ましろ……?」
俺の目を見てからましろは先程より大きなため息をつく。
さっきのは仕方ないといったニュアンスのため息だったのに比べて、今回は心底呆れたような表情だった。
「私が言うのも変な話かもしれませんが、佐藤さんは私を甘やかしすぎです」
「え、別にそんなことは……いやまあ、あるといえばあるが」
「あるんじゃないですか」
ましろはそう言ってジト目を向けてくるが、そもそも普通飼っているネコに対して甘やかさない人なんていないと思う。
人それぞれ差はあったとしても、等しく愛情がある限り甘やかしすぎなんてことは無いだろう。
「しかし、今回に関しては本当に一方的なお願いだったからな。何かお礼をさせてくれないと俺も気が済まない」
「お気持ちだけ受け取っておきます。今欲しい物は特にないので」
「ぐぬぬ……」
「な、なんですか、その顔は」
もしかしたら聞き方を間違えたのかもしれない。普段から物欲なんて一切ないましろに、欲しい物を聞いたのがダメだった。
……とはいうものの、俺が出来ることなんて精々それくらいしかないわけで。
何か、物欲以外のもので彼女が望んでいることはないだろうか。
テキパキと夕飯の支度を進める彼女の背中を見つめながら少し考えてみるが、ゆらゆらと揺れる尻尾に目が行くだけで何も考えがまとまらない。
こうなったら自分の頭の引き出しにはもう策がないので、俺はポケットから文明の利器を取り出す。
それっぽい検索ワードで適当に探していると、少し胡散臭そうなサイトだったがお目当てのキーワードに当てはまるものが見つかった。
「なあ、ましろ。甘いものとか、好きか?」
「え。どういう脈絡の質問ですか、それ」
「特に意味は無いが答えてくれないと俺が死ぬ」
「な、なんですかそれ……」
自分でも何を言っているのかよく分からないことを口走った気がするが、上手いこと先程の話題から意識を逸らすことは出来た気がする。
「早く答えてくれないと……うっ、意識が朦朧と……」
「はぁ、もう何がしたいんですか……。特に好きということも無いですよ、普通です」
「そうか。それなら、アクセとか化粧品に興味はあるか?」
「ありませんね。必要性を感じないので」
スマホの画面に書かれた内容を一つ一つ聞いてみるが、どれも特に大した反応は得られなかった。
このサイトが適当なのか、はたまたましろが特殊すぎるだけなのか。どちらかというと後者よりな気がしないでもないのだが。
少し疑心暗鬼になりながらも、どんどんと画面をスクロールしてめぼしいものを探す。
「あとは……家事を手伝ってくれると嬉しいと感じる?」
「いえ、私一人で出来ますし。別に」
「話を聞いてくれたり相談に乗ったりしてもらいたいと感じる?」
「特にそんなことは……。あの、これ心理テストか何かですか?」
うーん……全くと言っていいほど当てはまらない。やはり彼女に対して正攻法では歯が立たないのだろうか。
あと残されたものと言えば……これくらいなのたが。
聞く前から分かりきっている気がしてピックアップしなかったそれを、ダメ元で最後に聞いてみることに。
「それじゃ最後に。やさしく頭を撫でられると嬉しいと感じる?」
「えっ……」
その瞬間、料理をしていたましろの体が硬直する。こちらを振り向くことなくそのまま黙ってしまう。
え、そんなに返答に困るような質問だっただろうか。まさか、今まで聞いてきた中で一番しょうもなさそうなことがストライクに刺さるなんてこと……。
「……ノーコメントで」
「え?」
「こ、これ以上はもう答えません。ちなみに佐藤さんが死んだら私も死にます」
「え、えぇ……」
一方的に会話を切られて、困惑する俺を見向きもせず何事も無かったかのようなのに料理を再開する。
結局、女性が喜ぶこと記事のサイトは役に立つことなく何の情報も得られることが出来なかった。
俺は再び彼女の後ろ姿を見つめながら、頭を抱えるのだった。




