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45 ネコ様と榊原


 とりあえず、ずっとこのまま玄関にいるわけにもいかないので、一旦綾乃さんからましろを回収して二人をリビングにあがらせる。

 小さな声で「大丈夫そうか?」とましろに聞くと何食わぬ顔で「ふにゃ」と頷いた。


 リビングに移動してからは写真撮影会が始まり、スマホを持った綾乃さんが意気揚々とシャッターを切りまくる。

 当のましろと言えば、写真を撮られることにも抵抗はないらしく、触られないことをいいことにベッドで横になっていた。

 俺と榊原はその様子を眺めながら、まったりお茶を飲む。


「お前の彼女、昔からあんなネコ好きだったのか?」


 そんな話はこれまで聞いたことがなかったのだが、と思いながら質問してみると榊原は肩をすくめて笑う。


「いや、僕も知らなかったよ。でも、ましろちゃんを見てからはすっかりご執心みたいで……」


 ずいぶんとやつれた表情で話す榊原から最近の苦労がなんとなく伝わってきた。

 榊原には深く同情するが、俺としては綾乃さんの気持ちもよく分かる。


 好き嫌いや流行り廃りというのは突然にやってきて、そして突然に消えていくものだ。

 俺だって、ましろを拾ったのをきっかけにネコの動画や写真を見るようになった。

 綾乃さんもたまたま俺と同じようにましろがきっかけとなったのだろう。


「まあ、ましろのかわいさは世界一だからな。そうなるのも仕方ない」

「うーん……否定はしないけど、それだとただの親バカにしか聞こえない」


 俺が二人目の綾乃さんにでも見えたのか、ため息混じりに諭してくる。

 たとえ親バカがなんだと言われようが、一番近くにいる存在である親が誰よりも子供を愛してあげる。

 それが家族として、親の立場として忘れてはいけない最も大切なこと。俺はそう考えている。


 ……正直なところ、ましろの保護者として自分が上手くできているのか不安に思うところはある。

 家族だと親だのとはいいつつ、ましろからそう思われるような、そんな大層な存在になれているのかはまだ分からない。


「まあそれは置いとくとしても、本当に美人さんなネコだよね。ましろちゃん」

「そうだろうそうだろう」

「……だからなんで佐藤が自慢げなのさ」


 うんうんと自信満々に頷く俺を、呆れた顔を見つめる榊原。

 榊原はまだ何か言いたげな雰囲気をかもし出しながらも、ため息をついた後に再びましろのほうへ視線を戻す。


「でも、こうして見てると綾乃が好きになるのも分かる気がするよ」


 榊原は、綾乃さんに写真を撮られまくっているましろを見つめながらそう言葉をこぼす。

 その横顔は、やさしげに柔らかな眼差しで微笑んでいて、職場で綾乃さんの惚気話をするときと同じ表情をしていた。

 高校時代からの付き合いは伊達ではないようで、お互いに動物に対する趣向も似通っているらしい。


「ほらほら、さーくんも触ってみなよ〜」

「僕はいいよ、見てるだけで。ましろちゃんも疲れちゃうだろうし」


 似通っているとは言うものの、榊原の控えめ性格上あまり直接触れようとはしない様子。

 笑って遠慮しつつ、しかし、そのかたわらどこかそわそわしているようにも見えた。

 そんな榊原の気持ちを綾乃さんも見抜いていたのか、次は榊原に見せつけるようにましろを撫で始める。


「こんなにモフモフサラサラで気持ちいいのに〜?」

「うっ……」


 勝ち誇った彼女の顔に、思わず声を漏らしながらダメージを受ける榊原。

 素直じゃないこの彼氏は、どこぞの女王のような上品な手つきでましろを撫でる綾乃さんを見て、ぐぬぬと葛藤していた。


 ましろに気を使ってくれるのはすごく嬉しいことなのだが、いつもお世話になっている榊原にこんな時まで気を使わせてしまうのは申し訳ない。


「ほらほら、今なら触りたい放題だよ〜?」

「う、うぅ……」


 ましろは相変わらず綾乃さんを気にする様子もなく寝ているだけ。

 今の会話を聞いてもあのままということは、たしかに榊原が多少触っても大きくは抵抗しないだろう。

 俺はそんな心の広いましろに心の中で感謝を述べながら、ぽんっと榊原の背中を押す。


「お前が気を使ってくれてるのは多分ましろも分かってるさ。少しくらいならましろだって許してくれるはずだ」

「さ、佐藤がそう言うなら……」


 俺たち二人に説得されて、榊原は持っていたお茶をテーブルに戻してゆっくりとましろの近くへ歩いていく。

 近づいてくる榊原に気づいてましろが頭をあげる。そして、二人の目と目が会いお互いに動きが止まる。


 俺と綾乃さんが見守る中、静かに一匹のネコと成人男性が対峙している光景は、中々に面白い絵面だった。


「何あれ、すごい面白いんだけど」

「動物に対してはだいぶ奥手なんだな、あいつ」


 均衡したその二人の戦場を観戦しながら、今度は綾乃さんと一緒にお茶をすする。

 榊原はまるで爆弾解体でもするかのような慎重な手つきでましろに手を伸ばし、彼女の体にそっと触れる。


 その瞬間、宝物を見つけた子供のようにキラキラした目をするので思わずそれを見てほっこりしてしまう。

 榊原の控えめすぎるスキンシップに、ましろも安心したようで再び頭を下ろして眠り始めた。


「さ、佐藤。これ結構幸せかも」

「そうだろうそうだろう。俺はこれが毎日だからな」

「……なんかさーくんのほうがメロメロになってる気がするんだけど」


 綾乃さんほど距離を詰めに入っているわけではないが、明らかに普段の榊原では見たことの無いほど頬を緩ませていた。

 まあ、毎日とは言いつつ、ましろがネコの姿になっていること自体レアなのでそんなに撫でる機会はないのだが。


「これって浮気? 浮気だよね?」

「落ち着いてください、綾乃さん。あれはネコです」

「ネコ相手にしていい顔じゃないんだけど。あんなデレデレな顔見たことないんだけど」

「まあ、たしかに……」


 綾乃さんの話をするとき、増してや綾乃さんの前でも見たことのないとろけた顔。

 彼女である綾乃さんが複雑な気持ちになるのは当然だが、俺もちょっとだけ胸がちくりとする感覚が残った。




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