44 ネコ様とはじめまして
休日の朝。いつもより寝坊をして目が覚めると、目の前には真っ白なクッションがあった。
寝ぼけた視界のままそれに手を伸ばすと、暖かくてふわふわな感触に包まれる。
自分の顔にクッションを抱き寄せ、その気持ち良い感触を感じながら、再び心地よい眠気に誘われて瞼をとじ……。
「にゃぁ……」
……ようとしたところで、不意に聞こえてきたその声でぱちりと目を覚ます。
段々と冷静になっていく脳内で、あらためて自分の状況に気づく。
そもそも、この家にそんな真っ白でふわふわなクッションなんて置いてない。
クッションだと思っていたそれからゆっくりと顔を離して見てみれば、そこにはなんとも言えない顔をした一匹ネコがこちらを見つめていた。
「お、おはよう。ましろ」
「にゃぁぉ」
だいぶいたたまれない気持ちになる俺に対して、ましろは特に気にした様子もなく返事をくれる。
今日は榊原たちが家に来る日。お昼前ほどに来るという話だったが、ましろは朝からネコの姿になっていたらしい。
彼女に「ごめん、寝ぼけてた」と謝ったあと、ベッドから起き上がる。
食卓にはいつもと同じ朝食が既に用意されていて、昨日の晩ご飯に使い洗い終わったお皿も片付けられていた。
言わずもがな、俺よりも早く起きたましろがすべてやってくれたのだろう。
「ありがとうな、ましろ」
お礼を言ってましろの頭を優しく撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細めて喉をぐるぐると鳴らした。
人の姿をしているときは躊躇してしまうことだが、ネコの姿をした彼女には何のためらいもなく撫でることが出来た。
喉を鳴らしてくれるというのも初めての体験だったのであり、嫌がる様子も無いのでついついそのまま撫で続けてしまう。
それにストップを掛けたのは机の上に置いたスマホの通知だった。
画面には榊原からのメッセージが表示されており、内容は「予定よりも早く着きそう」とのことだった。
完全に憶測でしかないが、彼女である綾乃さんが早く行こうと急かしたのではないだろうか。
振り回される榊原の様子を想像しながら、俺は早めに朝食と朝の支度を済ませるのだった。
* * *
朝ごはんを食べ終わりましろと二人でまったりと過ごしていると、一時間も経たないうちにインターホンが鳴った。
一度ましろとアイコンタクトを取ってから俺は玄関に向かい扉を開ける。
「おはよう佐藤くん!」
扉を開けたそこには見慣れた男女二人が立っていて、女性の方から明るく元気な挨拶が飛んできた。
「あ、ああ。いらっしゃい。朝から元気だな」
「もちろん! 待ちに待ったましろちゃんに会える日なんだもん!」
弾んた声で目をキラキラさせた女性は、今日を誰よりも楽しみにしていたであろう、俺の同僚の恋人である綾乃さん。
さながら、遠足に行く前の子供のようなそんな無邪気さに思わず笑ってしまう。
そして、そんな彼女を引率する役目のやつにも目を向ける。
「榊原もいらっしゃい」
「うん、お邪魔します。ごめんね、今日は時間を作ってもらって」
「気にしなくていい。特に休日に予定が入っていた訳でもないからな」
趣味らしい趣味といえば、申し訳程度に空いた時間で本を読むくらいなもの。
問題だったのはましろの意思だけ。その確認が取れた今、二人のお願いを断る理由は何も無い。
そして、そんな玄関での会話が気になったのか、ましろがリビングから歩いてきた。
俺の足元までやってきてその影から覗き込むように顔を出す。
「わ〜! 本物のましろちゃんだー!」
申し訳なさそうに遠慮する彼氏とは裏腹に、感極まった様子でましろに近づく綾乃さん。
ましろの反応が少し不安だったが、彼女はいたって落ち着いた様子で綾乃さんから差し伸べられた手の匂いを確かめていた。
「綾乃はもうちょっと遠慮しなよ……」
さっそくましろとのコミュニケーションに成功した綾乃さんに榊原が口を出す。
「いいんだよ榊原。俺としてはましろを好きになってくれる人がいるのは嬉しいし」
「佐藤がそう言うなら良いけど……でも、ましろちゃんが嫌がるかもだし、ほどほどにだよ?」
「は〜い」
分かっているのかいないのか、榊原に忠告に間延びした返事をする綾乃さん。
榊原はずいぶんと心配しているようだが、そこまで気にかけすぎることでもないと思う。
綾乃さんも、いきなり触ろうとするのではなくまずは挨拶といった接し方を見るに、多かれ少なかれネコに対する勉強をしてきたのだろう。
それにネコだって人と同じ生き物だ。嫌なことは自己防衛するだろうし、それを見れば越えてはいけないラインも分かるだろう。
「写真で見るよりずっとかわいいし、もふもふだし、ん〜よしよし」
そんなことを考えている中、もう既にましろは綾乃さんの腕の中に収まっていた。
綾乃さんは意外にも慣れた手つきでましろを優しく撫で、ましろも少しくすぐったそうにしながらも目を細めていた。
それは、彼女が無理して気を使ってようには見えなくて、そんな様子にどこか安心して俺も目を細めるのだった。




