43 来週の予定
「ねえ、佐藤。ちょっと相談があるんだけど」
仕事中、ふいに横に座る榊原から話しかけられた。
いつも、口を開けば彼女の惚気話をしてくる榊原なのだが、めずらしく今日はそんな声のかけ方をしてきた。
どんな時も基本的にほのぼのとした生き方をしている榊原だが、仕事に関しては正直俺よりも優秀だ。
そんな、なんでもそつなくこなすあいつが、かしこまって相談を持ちかけることなんて数える程しかない。
内心かなり心配しながら「どうかしたのか」と返すと、重苦しい表情で口を開く。
「実は最近、彼女がさ……」
「よし、知らん。自分でなんとかしろ」
「なんで!?」
心底驚いた様子で叫ぶので、近くのデスクに座る同僚からの視線が痛い。
というか、素直に心配していた俺の気持ちを返して欲しい。蓋を開けてみれば、結局はお得意の彼女の話だった。
「別に惚気とか、逆にうまくいってないとかでもなくて……」
言い訳のようにそう付け足しながら話を続ける榊原。
総スルーして仕事に戻ってやろうかとも思ったが、いつも以上に腰を低くして眉を八の字にするので、一応聞いてやることにする。
「ちょっと言いにくいんだけど……その、ここのところ毎日のようにましろちゃんに会いたいって言い続けて……」
「あ、あぁ〜……」
あまり真剣に聞くつもりは無かったのだが、いざ内容を聞くと俺にしか相談できない事案だった。
ショッピングモールでの遭遇以来綾乃さんとは会っていないが、思っていた以上に末期症状らしい。
「佐藤、最近あんまり写真撮らなくなったでしょ? それも原因になってるみたいで……」
「そ、そうか……」
榊原が口にした言葉に思わず視線を逸らす。
前は毎日が写真撮影会のようなもので、写真を撮っては榊原に送っていた。
それ経由で綾乃さんもましろのことを知ってくれたのだろう。
しかし、最近はめっきりましろの写真を撮ることは無くなってしまった。
当然と言えば当然だが、さすがに人の姿になったましろを撮れるほど俺の肝は座っていない。というか、普通に盗撮だしダメだろう。
せっかくましろのことに興味を持ってくれた人がいたのに、その期待を裏切るようなことになってしまったのは申し訳ない気持ちがある。
「そこでお願いなんだけど、無理にとは言わないから、近いうちにましろちゃんと会わせてあげられないかな?」
「ん、いいぞ」
「ましろちゃんに合わせて急ぎとは言わないし──えっ、いいの?」
手を合わせて頭を下げていた榊原は、俺の即答に間の抜けた声を出す。俺はもう一度「ああ」と返答して、榊原に笑いかけた。
「前は結構頑なにダメって感じだったのに、何かあったの?」
「ちょうどこの前、人を呼んでいいか聞いて了承が取れたからな」
「佐藤、いつからネコ語を話せるように……?」
ますます不思議そうな顔をする榊原。
正しくは、ましろが日本語を話せるようになった……というか元々話せるだけだったのだが。
「とりあえず助かったよ。正直綾乃があそこまでネコ好きだとは僕も思わなくてさ」
「そんなに好きなら、普通に飼うって選択肢はないのか?」
「今住んでるところペット禁止なんだ。挙げ句には、ましろちゃんに会えないならペット可のところに引っ越すとか言い出して……」
「ネコに対する愛が重すぎる……」
先程までの話を聞いて、相当ましろを好きになっているんだなとは思っていたが、正直そこまでとは思わなかった。
タイミングよくましろに確認を取っておいて正解だった。あと少しで榊原の引越しが確定してしまうところだったかもしれない。
「帰ったら綾乃に伝えておくね。行ける日が決まったらまた連絡するから」
「ああ。了解した」
安心した表情を浮かべる榊原に返事をして、仕事に戻る。
帰ったら、さっそくましろに報告しておこう。迷惑をかけることになるし、何かお礼も考えておかなければ。
* * *
その日の夜、ましろと一緒に晩ごはんを食べている時に榊原から連絡があった。
その内容を確認してから、いつものようにテーブルの向かいに座り行儀よくご飯を食べるましろに話しかける。
「ましろ。この前、家に人を呼ぶかもって話したこと覚えてるか?」
「はい、覚えています。予定がたちましたか?」
「ああ。急にはなるが、今週末に来るそうだ」
榊原から送られてきたメッセージにも、急ぎになってしまって申し訳ない、と言葉が添えられていた。
十中八九、それほどに綾乃さんが我慢できなかっただけだろう。
あんな様子ではどんな予定も吹っ飛ばして会いに来そうだったし、俺としては予想の範囲内だ。
「分かりました。では、その日は一日ネコの姿で過ごしますね」
「わがままを言ってごめんな」
「いえ、佐藤さんの大切なご友人のためですから」
予想通り、彼女は二つ返事で了解してくれる。
いつもの如く、ましろに甘えて迷惑をかけてしまうことを謝るが、彼女は特に気にした様子もなく返答する。
「前に伝えたように二人来る予定で、女の人のほうが相当なネコ好きなんだが、嫌になったらすぐに止めるからな」
「ありがとうございます」
「それを言うのはこっちのほうだ。面倒をかける」
さすがの綾乃さんでも、やっていいラインくらいはわきまえているだろうしそこまで心配はしていないが、重要なのはましろの気持ちだ。
我慢強い彼女のことだからこそ、無理をさせるけにはいかない。
わがままを聞いてもらうせめてものお返しとして、そこは気をつけるように心がけよう。




