42 ネコ様へのお願い
ましろの作ってくれたカレーは、文句一つなくとても美味しかった。
俺の好みに驚くほどばっちりと合った味付けになっていて、特にルーの辛さやとろみ具合は完璧で、子供のようにもりもりと食べてしまった。
ご飯を用意する前、スマホを使ってよく分からない質問攻めをされたのも、あながち無駄なことではなかったのかもしれない。
「ごちそうさま。すげーうまかった」
「お粗末さまです。ありがとうございます」
恥ずかしながら、1回おかわりをするくらいには美味しかったので大いに満足のいく夕食だった。
それでもカレーのルーはまだ余っているらしく、まだ明日も食べれるとのこと。
俺は二日連続のカレーも全く問題なかったのだが、ましろいわく明日はそれを使ってカレーうどんにするのだとか。
「家でも、あんなに本格的なカレーが作れるんだな」
「大したことはしてませんよ。あまり難しくもありませんし」
少なくとも、これまで俺が食べてきたどんなカレーよりも彼女の作ったカレーは美味しく感じた。
それを大したことないの一言で済ましてしまうましろには、いよいよ頭が上がらない。
「やっぱり専業主婦の言葉は重みが違うな」
「し、主婦……」
少しだけヨイショするようにそう言うと、ましろは恥ずかしそうに顔をうつむける。
正直なところ、ましろのあれだけ完璧な家事のレベルは、どこか熟練のお母さん味を感じる。
……まあ、さすがに年頃の女の子に対してそんなことは言えないが。
米粒ひとつ残っていない綺麗な皿をシンクに持っていき、ましろのと合わせて洗っていく。
その間の彼女と言えば、昼の間に干しておいた洗濯物を片付け一つ一つ丁寧に畳んでいた。
俺が皿洗いを率先してやるようにしているのは、少しでもましろと家事を分担しようとした結果だ。
しかし、結局その空いた時間で彼女は別の家事をしてしまう。
なんとも贅沢な悩みだが、俺自身としてはそこそこには気がかりなところだ。
洗濯物を畳むましろを横目に見ながら考えていると、ふと彼女の持っている服を見てあることを思い出す。
それは、少し前に、彼女の普段着を買うためにショッピングモールに出かけた時。
偶然にもそこで、榊原の彼女である綾乃さんに会い、ましろに会わせて欲しいと言われたことだ。
もっとそう聞かれたタイミングが早ければ俺も了承していたかもしれないが、その時には既にましろは人の姿になっていた。
このままずっと榊原たちや大家さんに隠し通そうと思っているわけではないが、まだ少しだけ踏ん切りがついていない。
とはいえ、人の状態のましろに会わせることを躊躇っているだけなので、そうでなければ問題は無い。あと必要なのは、そのことに関してのましろの了承だけ。
あの時よりか、少しはましろとの距離は縮まったはず。聞いてみるだけ、少なからず価値があるだろう。
「ましろ。少しだけ聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「はい、なんでしょう」
服を畳む手を止めて、彼女は顔をあげてこちらに振り向く。
「その……急でびっくりするかもしれないが、俺の知人でましろに会いたいってやつがいるんだ」
「わ、私にですか? 私を知っている人ということではないですよね……?」
「そういうことではなくて……まあ、その。平たく言うと、重度のネコ好きと言いますか……」
俺が少し視線をそらしながらそう伝えると、ましろはそれとなく納得がいったのか「ああ、なるほど……」と零しつつ、少しだけ微妙な顔をした。
当たり前といえば当たり前の反応だろう。自分に会う理由が単なるネコ好きということであれば、そんな表情にもなるだろう。
「ちなみに……その人って、女の人ですか?」
「ん? ああ、そうだが」
いきなりそんなことを聞かれて、一瞬だけ頭に疑問符が浮かぶがすぐに合点がいく。
当たり前ではあるが、ましろも一人の女の子なわけで、見知らぬ男の人に触られるのは抵抗があるだろう。
「その方が佐藤さんのご友人なんですよね……?」
「あー、いや。ちょっと違うかもな。俺の同僚に榊原っていうやつがいて、そいつの彼女が例のネコ好きって感じだな」
「そ、そうでしたか」
ましろは、ほっとした様子で息をこぼす。
俺に対しては普通に接してくれるましろだが、もしかしたらあまり異性の相手は得意では無いのだろうか。
綾乃さんが家に来るのであれば確実に榊原と一緒だろうし……。
「何か、ましろに不都合があるならすぐ断るからな?」
「いえっ、別にそんなことは。私は平気です」
「本当か? それならいいんだが……」
少しだけ不安そうな顔をしていたことだけが気がかりだが、すぐにいつもの冷静な顔に戻ったので安心する。
「その人たちは、佐藤さんの家には普通のネコがいるという認識なんですよね」
「ああ。だからその、言い難いことなんだが……」
「その人たちが来ている間はネコの姿でいてほしい、ということですね?」
「話が早くて助かる」
本当に、うちの子は飲み込みが早すぎて困る。
榊原たちを呼んで、その時家にいるのが人の姿をしたましろなのはさすがにまずいなんてものじゃないだろう。
「だから、もしその日が来たら。お願いしてもいいか……?」
「もちろんです。ここは佐藤さんの家なんですし、いつでも言ってください」
そう言って優しい微笑みを返してくれるましろ。
こうして、いつも彼女に甘えてしまっているのも気にかかるとこではある。
家事に限らず、俺の都合にもいつも付き合わせてしまっているのは、本当に感謝すべきことだ。
「ありがとう、ましろ」
心の暖まる感覚をしっかりと噛みしめて、同じく俺も、彼女に微笑みを返すのだった。




