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41 ネコ様への感謝


 ましろから謎の質問攻めにあったあと、キッチンに立つましろを横目に、俺は読書をして時間を潰していた。

 毎度ながら、晩ごはんが完成するまでの時間はなんとなく落ち着かない気持ちになる。


 ましろがご飯を作ってくれるようになってからもうずいぶんと時間が経っているはずなのだが、まだ慣れていない自分がいる。

 何より、彼女の料理に関して自分自身が何も手伝うことが出来ないということが、いつも心に引っかかっているのだ。


 結論を言ってしまえば、熟練主婦であるましろに料理初心者の俺が手伝えること自体あるはずもないというのが現実だ。

 ましろにも、手伝えることはないかと定期的に聞いてみたりもしているのだが、その答えはいつもノーである。


 もちろん、その答えに俺が邪魔だとかそんな意思がないことは分かっている。

 でもやっぱり、心のどこかでは、一緒に暮らす上での家事をほとんどすべてましろに任せてしまっている状況では、自分が情けなく感じてしまうことがある。


 もしこんな気持ちをましろが聞けば、おそらく「自分を卑下しすぎです」とまた説教をされてしまうだろう。

 本当に、彼女が言うほど俺は大した人間ではないのだが……。


 そんなことを考えていると、ふと俺の鼻腔をスパイシーな匂いがくすぐった。

 今日の晩ごはんの内容は把握してないが、特徴的なこの匂いは間違いなくあれだろう。


「もしかしなくても、今日の晩ごはんはカレーか?」

「はい、正解です。さすがに匂いで分かっちゃいますね」


 思わずましろにそう尋ねると、彼女はカレーが入っているであろう鍋をかき混ぜながら笑う。


「この前、カレールーも買ってきたしな」


 まだましろを一人で外出させるのは危ないと考え、いつも食材の買い出し担当は俺。

 そのため最近は、買った食材から晩ごはんのメニューを予想出来るようになってきた。

 つい先日は市販のカレールーを頼まれていたので、今回は特に簡単な問題だったかもしれない。


 そしてやはり、カレーにしかない独特な香りは、俺の食欲をこれでもかと掻き立てた。

 外食などでカレー自体は久しぶりというほどでもなかったが、ましろの手作りカレーだと思うと俺のお腹は正直者だった。


「作ってから聞くのもあれですが、カレーはお好きですか?」

「もちろん。基本好き嫌いはないからな」

「その割には、はじめの頃は食が偏っていたように見受けられましたが」

「ましろさんにはお世話になっております」


 的確に俺の弱みを突いてくるましろに、生活水準の低すぎる俺は何も言い返せない。


 言い訳にはなってしまうのだが、好き嫌いがあまりないことは嘘ではない。

 ただ単に俺が食に関しての意識が低く、時間を言い訳にして料理をサボっていっただけだ。

 まあ、そんな生活を送ることに反省することなく、ずるずると続けてしまっていたことは流石に後悔している。


「いえいえ、私は私に出来ることをしているだけですから」


 深々とましろに頭を下げる俺を見て、小さくはにかみながらそう言うましろ。

 一人暮らしの男にとって、毎日の食事を作ってもらえることがどれだけ助かることかましろはイマイチ分かっていない気がする。


 食事が変わるだけで、日々の生活は面白いほどに豊かになった。

 朝起きた時の目覚め具合、仕事へのやる気や集中力。そして何より心の豊かさ。

 自分でもわかるほど、これらすべてがましろの食事のおかげで改善されていったのだ。


 ましろが来る前は、耳にたこが出来るほど榊原などの友人から目が死んでいると言われてきた俺。

 しかし、最近では榊原からも生き返ってきた気がするとの言葉を頂いた。俺自身としては、別に死んでるつもりはなかったんだが……。


 そんなわけで、俺にとってましろの存在はそういった意味でも大きい。

 正直なことを言えば、今の状態からましろがいなくなることを想像することが出来ないくらいにはこの関係に依存してしまっている。


「いつもありがとな、ましろ」

「えっ。き、急にどうしたんですか……?」

「ほんとに、ましろにはいつも助けられてばかりだから。あらためて、ありがとう」

「そ、そんなことっ。私だって……」


 ましろはカレーを混ぜながら、困ったような口振りでしきりに尻尾を動かす。

 日頃から、できる限り感謝を言葉にして伝えるようにはしているつもりだが、ましろはあまり素直に受け取ってくれない。

 今のように謙遜したり、時にははぐらかすように笑ったりして、いつも話をそらされてしまう。


 俺は、これ以上はぐらかされないように、ソファから立ち上がり彼女のすぐ隣へ移動する。

 横からましろの顔を覗くと、彼女はほんのりと頬を染めて出来るだけ平然を装いながら目を逸らしていた。


「ご飯とか家事に限らず、この家で一緒にいてくれてありがとうな」

「にゃっ。な、なんですか。今日の佐藤さんはおかしいですよっ」

「失礼な。おかしくないし、紛れもない本音だ」


 俺が近くに来て、カレーを混ぜることも忘れて慌てふためくましろ。

 俺は、そんな彼女の頭にそっと手を置く。そして、ゆっくりと動かす。


「何のお礼にもならないかもだが、本当にいつも感謝してる」

「……私だって、同じくらい感謝してます。だから……ありがとう、ございます」


 頭を撫でられることに照れているのか小さな声ながらも、俺の気持ちを受け止めて感謝の言葉を返してくれる。

 そんな珍しく素直な彼女に、いつもに増して愛おしさを感じて、思わずそのまま抱きしめてしまいそうになってギリギリで踏みとどまる。


 まだ彼女がネコの姿だったときにも、体を撫でるくらいのスキンシップしかしていなかったというのに、さすがにそれはやり過ぎだ。

 そんなことを考えてぎこちない動きを見せた俺に、ましろは不思議そうな表情をしてこちらを見ていた。


 俺はそれを誤魔化すようにわしゃわしゃと頭を撫でて、余計に困惑するましろを見ながら少しだけ自分の気持ちを整理するのだった。




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