40 ネコ様とスマホ
ましろとの連絡ように、彼女にスマホを持たせてから数日。
最初こそおぼつかない手つきでスマホを操作していたましろだったが、一週間もしないうちにだいぶ慣れてきたように見える。
さすがは女子高生といったところか。……いや、単純に人状態の見た目の話だが。
実際のところ、ましろの年齢に関して俺は何も知らない。
ネコと人間で、成長のサイクルや寿命は大きく違うことは理解している。
しかし、自称人とネコのハーフであるらしいましろが、そのどちらに当てはまるかはよく分からない。
そう考え始めると、ましろに関して俺が知っていることは本当に少ししかないことに気付かされる。
ましろの体のことはもちろん、彼女の過去についても……。
もちろん、わざわざそれを詮索しようとは思っているわけではない。
いつか、ましろの意思とタイミングで話してくれる日が来てくれたら、いつもの世間話のように聞いてやる……ただそれだけだ。
「ましろ、何見てるんだ?」
「あっ、いえ。えっと……り、料理のレシピを見ていました」
いつもに増して熱心にスマホを見つめていたので気になって聞いてみたのだが、案外普通の答えが返ってきた。
いや、そのレシピで作られた料理を食べるのは俺なわけで、そのこと自体は決して普通ではなく恵まれたことだと思っている。
しかし、あれだけ真剣に見つめていたのが料理のレシピだとするのならば、随分と難しい料理なのだろうか。
もちろんそれ自体は楽しみだが、それ以上にいつもながら彼女が無理をしていないかと考えてしまう。
「ちなみに、どんな料理か聞いても?」
「えっ。そ、そうですね……」
俺がそう問うと、ましろにしては珍しく言葉を詰まらせて言い淀む。
何か言いにくいことなのだろうか。ましろが作るものに対して、感謝こそあれど口出しすることなんて何も無いのだが。
「さ、佐藤さんは、何か食べたいものありませんか?」
「え、俺か?」
少し不思議に思いながら彼女の言葉を待っていると、逆に彼女のほうから質問が返ってくる。
「ましろが作ってくれたものなら、全部食べたいけどな」
「そ、そういうことを聞いてるんじゃないです。何か、好きな料理とか……」
「そう言われてもな……」
好きな料理と言われて、すぐに答えが出なかったのは自分でも少し意外だった。
ましろが来る前に頻繁に食べていたのは唐揚げや焼き鮭の弁当だったが、好きな料理かと問われれば別にそうでもない気もする。
「……和食と洋食なら、どちらが好きですか?」
「まあ、和食だな」
「では、魚とお肉ならどうですか?」
「んー、強いて言うなら魚かもな」
ましろは「なるほど……」と呟きながら、スマホと見つめあっていた。
俺の好みをメモしているのかとも思ったが、そういった様子にも見えない。
質問の真意は分からないが、彼女に渡したスマホをしっかり使ってくれているのを見ると嬉しい気持ちになる。
当初は、何かあったときの連絡だったが、いざ使い始めると意外にも便利な場面がたくさんあった。
例えば、仕事帰りに買い物をする時。
前までは事前にましろから買うものを聞いておき、そのメモを書いてからスーパーへ向かっていた。
しかし、スマホという文明の力の前では、そんな必要は当然のように無くなるわけで。
ましろからメッセージで買い物メモを送ってもらうだけで、必要になった当日に買いに行くことも出来るようになった。
ちなみにましろから送られてくるメッセージは、いつもと変わらない淡々とした口調なのだが、最近では絵文字やスタンプで返してくれることも増えてきた。
それに加えて、送られてくるものの多くがかわいいネコの絵が描かれてあるもので、余計に愛らしさを感じる。
ましろは天然でやっているのだろうが、かわいく笑っているネコのスタンプにセリフが付いているのを見ると、思わずそれをましろに置きかえて脳内再生してしまう。
このスタンプのように「了解にゃ」とか「ありがとにゃん」などとましろが喋るところを勝手に想像しては、一人でにやついているのである。
要約すれば、紛れもないただの変態である。
その後も引き続き、何かアンケートのようにましろから色々聞き出され、ましろは俺の返答とスマホを照らし合わせるように確認していく。
最後のほうは何故か料理とあまり関係のないような質問も飛んできていたが、彼女はいたって真面目な顔で聞いてくるので俺も素直に答える。
「佐藤さんは、家庭的な女性に魅力を感じますか?」
「ま、まあ、そうだな」
「エプロン姿の女性にグッときたりしますか?」
「えっ? その質問、料理に関係……」
「答えてください」
「し、正直結構良いと思ってます……」
明らかによく路線のズレてる質問だったが、ましろの圧に負けてつい本音が飛び出てしまう。
そして彼女はお構い無しにまた「なるほど」と呟きながら、スマホを操作する。
いや、一体何がなるほどなんだ。もしかしなくても、これはただの料理の好みアンケートではないのだろうか。
このまま俺の性癖を根掘り葉掘り聞かれるのかと危惧していたのだが、それが最後の質問だったらしく、一命は取り留めた。
ましろは満足いく情報が得られたとばかりに、足取り軽くキッチンへ向かっていった。
よく分からないが、ましろが嬉しそうなのであれば、すべてどうでもいいかという気持ちの方が大きい。
るんるんとリズミカルに尻尾を振りながら料理をするましろを後ろから眺めながら、今日の晩ごはんの内容に期待で胸を膨らますのだった。




