04 ネコ様とテレビ
雪の日の帰り道、道端でネコを拾った日からしばらく。ましろとの生活にもだいぶ慣れてきた。
まだ完全に打ち解けている訳では無いが、多少ましろのほうから近づいてきてくれる回数も増えてきた。
だからと言って気兼ねなく触らせてくれるわけではない。撫でられるのには抵抗があるのか、少し撫でると直ぐに逃げてしまう。
ネコのことで色々分からないことも多かったが、ネットの情報はもちろん、大家さんや榊原の助言もあり特に大きな事件もなく暮らせている。
今日は祝日で会社はおやすみ。朝はしっかりと寝坊して昼前にベッドから起き上がる。
ましろを探して当たりを見回すと、日差しが差し込む窓際で寝転がってリラックスしていた。
些細なことではあるが、ああしてくつろいでくれるようになってくれたことが結構嬉しかったりする。
ネコはこちらから構いすぎるとあまり良くないと、榊原から話を聞いた。
一般的なことなのかは分からないが、たしかにあの気ままな性格を見ていると、構われるのは好きじゃなさそうに見える。
日差しを浴びてぽかぽかしてそうな体を撫で回したい衝動に駆らられるのを、なんとか抑える。
朝食は昼食と一緒に食べてしまうことにして、朝はホットココアだけを飲みながらましろの様子を眺める。
恥ずかしながら大した趣味も持ち合わせていないため、休日だからといって特にやることは無い。
強いてすることと言えば、ネットの動画をたらたらと見るくらいなもの。
ましろの日向ぼっこを邪魔する訳にも行かず、今日もいつもと変わらずにスマホの動画サイトを起動する。
最近よくネコの動画を見ているせいか、おすすめ欄にはネコ関係の動画が多くピックアップされていた。
一番上に出てきていた動画を何気なく再生し、スマホを机の上に立てかけて視聴する。
田んぼで倒れていた子ネコを保護し育てているという、この動画の投稿者。最近はよくこの人の動画を見る。
自分と境遇が似ているというのがきっかけだったが、ネコの体調やエサなどの博識さが一番の理由だ。
かれこれ二十年以上生きてきて、一度も動物を飼うということを体験したことがない。
だから、こんな風に動画やWebサイトを巡って情報を集めるしかない。
その後も、のんびり動画を見て癒されたり、時には勉強したりしながら暇を潰す。
家の中なので当然イヤホンなどはつけずに見ていたのだが、途中で同居人がいることを気付かされた。
先程まで窓際で横になっていたましろが、てくてくとこちらに歩いてきたのだ。
ましろの方から近寄ってきてくれるのは精々ご飯の時くらいなもので、思わず戸惑って硬直してしまう。
俺は、特に気にしてないフリをしながら、横目でましろの様子を見つめる。
俺の横まで歩いてきて一度こちらを見たあと、ひょいっと机の上に飛び乗る。
なんの気まぐれなのかと見守っていると、ましろの視線が俺のスマホが向けられていることに気付く。
もしかしたら、画面の向こうから聞こえてくる知らない人やネコの声が気なってしまったのだろうか。
そのままスマホを凝視していたましろだったが、しばらくするとその場でぽてっと座り、そのまま動画を見始めた。
あまりにも自然に動画を視聴するましろに、俺の方が驚いてしまう。
俺が次の動画を選択する間も特に変わった様子もなくそこに座ったまま。
動画を再生して机に置けば、またその綺麗な瞳でましろは画面を見つめる。
そのあともましろと一緒に動画を見ていると、気づけば正午を伝えるチャイムが聞こえてきた。
少なくとも一時間近くは見てしまっていたみたいだ。
特に飽きた様子もなく、時々毛づくろいをしながら画面を見つめたままのましろ。
少しこの時間を終わらせてしまうのが寂しい気持ちもあるが、相手がネコでもけじめは付けるべきだろう。
「ご飯にするか、ましろ」
そう問いかけると、画面から目を離しこちらに振り向く。
特に不機嫌になる訳でもなく、机から降りていつものましろ用のお皿の前に座り直した。
……親バカだと言われればそれまでなのだが、ましろは中々に賢いネコなのではないだろうか。
俺の言葉を理解しているとまでは言わないが、あまりにも利口で素直に行動する様にはさすがに驚いてしまう。
ネコは気まぐれ屋だ、なんてよく聞く話だが、ましろに関してだけ言えば、しっかりとしつけた犬と同じくらいには言うことを聞いてくれる。
前の飼い主さんのところで、かなり厳しくしつけられたのだろうか。
だが、そう考えるのであれば、ここまで完璧なしつけ方を出来るような人が無責任にネコを捨てるとは考えられない。
そんなことを漠然と不思議に思いながら、俺は昼食の準備に取り掛かった。
* * *
それから家での時間を過ごす時は、よくましろと一緒に動画を見ることが習慣になって来た。
それとなく、動画を見る時にスマホを机に置いて見るようにしているだけなのだが、いつもましろの方から寄ってきてくれる。
我慢出来ずに後ろからそっと撫でると、本当に少しだけならましろも許してくれた。
その時間が何よりも心地よくて、これをきっかけに少しだけましろとの距離が近づいた気がした。
ある日、そんなましろを見て一つ思いついたことがあり、とある休日に俺は外に出かけていた。
向かったのは家電屋さん。目的は、今のアパートに引っ越してから結局買っていなかった、テレビの購入である。
俺自身は、実家の時からあまりテレビっ子ではなく、一人暮らしを始めてからは必要性を感じず買わずじまいだった。
家にいる時間が少なく、暇があれば寝るかスマホを眺める生活を送っていれば当然の結果なのだが、今は状況が違う。
俺が仕事で家を開けている間、ましろは一人で留守番をしてくれているのだ。
これまで気にしたことは無かったが、ましろが家にいてやることなどほぼ無いに等しい。
だが、最近はよく俺のスマホで一緒に動画を見ることが多くなった。
何を思ってそうしているのかはちょっと疑問だが、もしそれがましろの暇つぶしになってくれているなら、それに越したことはない。
俺が仕事に行っている間、さすがにスマホを置いていく訳にはいかないし、操作も出来ない。
そこで思いついたのが、テレビというわけだ。
テレビを買うなんてことは人生初だったので、店員さんに頼ってばっかりになりながらもなんとか無事に購入が完了。
家に戻ってからも、大家さんにまで迷惑を掛けつつ設置も終了。
力仕事はとりあえず終えて、接続や設定などを進める。
先程まで大きな音を立てていたせいでましろは部屋の隅に隠れており、未だに突如現れた巨大なテレビに警戒している模様。
「ただの大きいスマホみたいなもんだ。怖くないぞ」
作業を進めながら適当にそんなことを言っておくと、おそるおそるこちらに歩いてきた。
俺のすぐ側まできて、背中から覗き込むように手元の機材を見つめる。
ましろのふわふわの体が背中に触れて、思わず緊張してしまう。
作業を進める間、ましろは俺の近くをうろうろと歩きながら匂いを嗅いだり控えめなネコぱんちをしてみたりと癒される行動をしていた。
ある程度慣れてくるとテレビ本体の方にも近づいていき、また匂いを嗅いだりし始める。
ましろがそんなことをしてる間に外枠関係の接続は終わり、あとはチャンネルが映るかどうか確認するだけとなった。
いきなり画面を付けてしまうとびっくりさせてしまうので、一旦ましろを抱きかかえてテレビから離す。
まだ抱っこされるのは嫌なのか、控えめではあるか手足を振り回して抵抗する。時々爪が腕に当たっているが気合いで我慢する。
子ども番組の注意書きよろしく、部屋を明るくしてテレビから離れてソファに座り、ましろを横におろす。
抱っこで機嫌を損ねたせいかすぐにソファから降りてしまうが、視線だけは何かを期待するようにじっとテレビのほうを見つめていた。
電源を入れてささっと設定を済ませると、すぐに画面には賑やかな映像が流れ始めた。
見たことの無いお昼番組だったが、どこか見覚えのある人達が楽しそうに会話をしていた。
スマホとは比べ物にならないほどの大きさの画面に映し出された映像。
ましろは興味津々といった様子でテレビから視線を離さなかった。
「いつも退屈させてごめんな」
テレビを見つつ、ましろに謝る。
ましろがこのテレビを気に入ってくれるかは分からないが、少しでも一人の時間を退屈せずに過ごしてくれたら、それだけで俺は嬉しい。
ましろは黙ったままだったが、一度テレビから目を離しこちらに振り向いて、すぐに視線を戻した。
そこそこ勢いで買ってしまったテレビだったが、少なくともましろの興味を引く役目はしっかりと果たしてくれた。
あわよくば、このテレビがましろとの距離感を少しでも縮めてくれないかな……とそんな淡い期待を込めながら、俺はテレビへ視線を戻した。