36 ネコ様への気持ち
「出来ましたね。意外と上手に作れました」
「器用なもんだな……」
俺の不用意な言動により、ハリネズミ型クッキーを作ることが決まってから数十分。
予想していたよりも早く、型作りは終わった。
最初はどうなることかと思ったが、ましろの美術センスはかなり長けているようで、ハリネズミのかわいさを残しつつうまくデフォルメされた見た目の生地が出来上がった。
「あとは、これがうまく焼き上がるかどうかですね」
「かわいい小動物を焼いていくわけだな」
「縁起でもない言い方しないでください」
俺の言葉にましろがむっと頬を膨らませるので、その姿がかわいいなんて内心思いながら「ごめんごめん」と謝っておく。
そのままオーブンへ持っていくかと思いきや、彼女は並べたクッキーを持って逆方向に歩いていく。
「まずはこれを冷蔵庫で少し寝かせます」
「何か変わるのか?」
「こうすることで、よりサクサクの食感の出来上がりになるそうです」
これまた、料理初心者の俺からすると疑問符の浮かぶ工程だった。
ましろが見たレシピ曰く、冷蔵庫で寝かせなくても出来ることには出来るらしいのだが、少しパサパサした食感になってしまうらしい。
手間はかかるが、よりおいしく焼き上げるためには、少しの間この工程を挟むことがコツなのだとか。
「では、その間に他のものは片付けてしまいましょうか」
小動物たちを極寒の地に閉じ込めたあと、空いた時間を使って料理に使った型やボウルなどを洗ったり片付けたりしていく。
こういった時間の有効活用術においてもましろには尊敬の眼差しである。
俺と出会うずっと前から嫁入り修行でもしていたのだろうかと思うくらいには、彼女の持つ主婦力の開花が止まらない。
ましろと隣に並んで洗い物をしていると、少しして彼女は申し訳なさそうな表情で話しかけてくる。
「すみません。結局色々と手伝ってもらって」
「俺がやりたくてお願いしたんだ。こっちこそ一緒に作れて楽しかったよ」
「そ、それなら良かったです」
今思えば、ましろに何かしてもらうということは沢山あったが、二人で何かをするということはあまり無かった気がする。
結局二人とも初めてやるお菓子作りでもましろにリードされてばっかりだったが、ああだこうだと相談しながら作るのはすごく楽しかった。
二人で協力してやると、片付けもほんの一瞬で終わってしまった。
まだ焼き始めるには早いとのことで、一旦休憩タイムをとることにして、二人でソファに座り込んでテレビの電源をつける。
テレビには、数人の芸能人が様々な家庭を訪問していく、ゆったりとした番組が流れていた。
小学生の子供とその親子が映っており、家族三人の絵に描いたような幸せの風景がそこにはあった。
「なあ、ましろ。今、楽しいか?」
そんな映像を見ながら、気づけば俺はそんな質問をましろに投げかけていた。
「なんですか、藪から棒に。この番組でしたら、そこそこには好きですけど」
「いや、そいうことではなくて……なんというか」
「どうかしたんですか。なんだか歯切れが悪いですね」
それは、これまでずっと知りたかったことで、結局勇気が出なくて聞けなかったこと。
無意識にその言葉を形にしてしまい、その先がうまく出てこない。
訝しげな表情をするましろに、俺は視線を逸らしながらゆっくりと言葉を紡ぐ。
「その、あらためて聞くのは少し恥ずかしいんだが……ましろは、今の俺との生活に不満とかないか?」
「……そういうことですか。もちろん、不満なんてありせんよ」
「ほ、本当か? もっと、こう……贅沢で広い家のほうが良かった、とか思うことはないか?」
「……はぁ」
「ま、ましろ?」
心臓をはらはらとさせる俺と裏腹に、ましろは何故か大きなため息を着く。
「佐藤さんって、変なところで自信がないというか、自分を卑下するところがありますよね」
「別にそんなことは……」
「あります。そういうことなら、はっきり言ってあげます」
そう前置きをして、彼女はおもむろにテレビの電源を消した。
しんと静まり返った部屋の中で、ましろは俺の目を真剣な眼差しで見つめながら口を開く。
「私は、佐藤さんに拾われて心から良かったと思っています。贅沢とか家が広いとか、そんなことは全く持って関係ありません。私が今この家にいる、いたいと思っているのは、他でもない佐藤さんの家だからです」
その言葉に、俺の心は何かにきゅっと締め付けられるような感覚がして、じんわりとあたたかいものが胸の中を満たしていった。
彼女は真剣な眼差しから、いつの間にか優しげな表情に変わっていて、そのまま言葉を続ける。
「佐藤さんの優しさに触れて、佐藤さんの誠実さを見て、だから私はここにいることを決めたんです」
「ま、ましろ……」
「それなのに、佐藤さんが自分を卑下するのは、私の意志までないがしろにされている気持ちになります」
「そうか……そうだよな。悪かった」
しっかりと彼女の言葉を胸の奥にしまいこんで、俺はましろに向かって頭を下げる。
こんなにもあたたかい言葉を貰ったのに、俺はその恩を仇で返すようなことしていたのだ。
「いえ、私の気持ちが分かってもらえたのなら、私も嬉しいです。さあ、そろそろクッキー焼きましょうか」
たしかに、自分自身に対してあまり自信があるタイプではないかもしれない。
だが、本当の意味でましろのことを思うのであればま、それは少しずつでも改善していけるように努力していこう。
「ああ、そうだな」
そう決意して、俺は彼女に返事をするのだった。




