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34 ネコ様のお菓子作り


 ましろがお菓子作りに興味を持った数日後の休日。

 午前中の空いた時間に、俺はましろから聞いた内容をメモしたスマホを見ながら、買い物をしていた。


 お菓子作りに際して必要なものは、言ってしまえば材料さえあれば普通は作れるはずだが、うちでは別の問題が発生する。

 そう、料理なんてほぼほぼしてこなかった一人暮らしの男のキッチンには、お菓子作りが出来るような環境や調理器具なんて持ち合わせていないのである。

 そんな訳で材料と調理器具を買うために、スーパーや100円ショップに立ち寄っている次第だ。


 初めて買うものばかりのため多少手間取ってしまったが、なんとかお願いされたものを買い揃えることが出来た。

 家に帰ると、ましろが昼ごはんの準備を済ませてくれていたので、先に腹ごしらえをする。

 その後にお菓子作りを開始すれば、おやつのいいタイミングくらいに完成するのではという算段だ。


「これで大丈夫か? 足りないものがあったら言ってくれ」

「いえ、充分すぎるくらいです。ありがとうございます」


 買ってきたものをキッチンで開封して、それぞれ整理していく。

 料理初心者の俺からすれば何に使うものなのかも分からないものもあったので、予備で複数個買っておいたものもある。


「てっきりもっと色々と必要かと思っていたんだが、そうでもないんだな」

「これ以上に何が必要だと思ったんですか」

「なんかほら、タンスくらいの大きさのオーブンとか」

「パン屋さんでも開くつもりですか……」


 リアルでお菓子作りを見たことがないため、完全にフィクションの影響そのままで考えていたのだが、ましろから見事なツッコミを入れられてしまう。


「家庭で作るくらいでしたら、いつもパンを焼いてるオーブンで充分です」

「そんなものか」


 てっきりお菓子作りをするのてあれば、ああいった専用のオーブンも買ったほうがいいのかもと冗談抜きで思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


「何か手伝えることがあれば言ってくれよ」

「ご心配なく。私も初めての挑戦なので、のんびりやるつもりですから」


 とりあえず俺がやらなければいけない仕事は終わらせたので、あとはましろが実際に作っていくだけ。

 とはいえ、手持ち無沙汰な気持ちもありましろに申し出てみたのだが、やんわりと断られた。


「そうか? それじゃ、大人しく待っておくか」

「はい。楽しみにしててください」


 キッチンを離れてリビングに戻り、ソファに腰を下ろす。

 なんとなくテレビではなく読書の気分だったため、スマホから小音量でBGMを流しながら本のページをめくっていく。


 しかし、思いのほか本の世界に入り込むことが出来ず、気づけばずっとましろの様子をちらちらと見てしまっていた。

 そわそわする気持ちが抑えられず本の内容がまるで入ってこないので、本を閉じてキッチンへ向かいましろの横から進捗を覗き込んでみる。


「ん、どうかしましたか?」

「ああいや、なんとなく気になったというか」

「大人しく待っててくれるんじゃないんですか?」


 そう言われると正論過ぎて目も合わせられないが、普段ましろの料理する姿を見守ることは少ないため単純に気になってしまったのだ。


「ましろさえ良ければ横から見ててもいいか?」

「良いですけど、見てて楽しいものでもないと思いますよ」

「お構いなく」


 ましろはそう言うが、俺からしたら結構見ているだけでも退屈しない。

 ぼーっとテレビや本を読んでいるよりかはずっと有意義な時間だ。

 ましろはただ横に立っているだけの俺を見ながら、くすっと小さく笑みをこぼす。


「不思議な人ですね、佐藤さんは」

「そうか? これでも分かりやすい性格だとよく言われるんだが」

「確かにそれもあるかもしれませんが、私からしたら不思議な人です」


 しばらくましろはレシピのメモとにらめっこしながら集中して作業していたが、ある程度時間が経つと要領が分かってきたらしい。

 その余裕のおかげか、途中からはましろと雑談をしたり、二人で話し合ってアレンジを加えてみたりとお菓子作りを楽しんでいた。


「佐藤さんは手作りお菓子とか食べたことありますか?」

「なかなか独り身には刺さる質問だな……」

「そ、そんなつもりはないですから。子供の頃に母親が、とかそういう意味です」

「あー、どうだったかな」


 そう言われて、記憶を遡ってみる。

 うちの家庭は、ごくごく一般的な家族構成で、俺が成人するまでの間大きな事件もなく過ごしてきた。

 母親は主婦として毎日ご飯を作ってくれていたが、お菓子作りが趣味なんていう女子力溢れる人ではなかった。


「まあでも、パンとかはたまに作ってたかな……もっと昔はプリンを作ってくれたことがあったらしいが」

「なるほど、手作りプリンですか。おいしそうですね」

「小さい頃、風邪を引いた時とかによく食べてたらしい。もうさすがに味は覚えてないけどな」


 栄養価が高いとか消化がいいとか、どんな理由だったかも忘れてしまったが、たまに母親が市販のプリンを買ってきた時にそんな昔話をしていたことは覚えている。

 何かと子供の頃の俺は食にわがままなタイプだったらしく、色々と苦労をかけていたらしい。


「なんかいいと思います、そういうの。ご両親と仲良しなんですね」

「親子仲は別に普通だと思うが、そんなにいいものか?」

「はい、とっても」


 ましろはどこか遠くを見つめるように、その言葉を噛み締めていた。

 ……今考えてみれば、ましろの母親や家族のことに関して俺は何も知らない。

 そう思うと、一気に色んな感情が横槍を刺してきて、俺はそれ以上何も聞けなくなってしまった。


「私もそれに負けないくらいのクッキーを作らないとですね」

「張り合う相手が母さんなのか……」

「ダメでしたか?」

「いや、ダメというか。そもそもましろが母さんに劣ってるところなんてないからな」


 もちろん、母親をないがしろに思っているわけではないが、ましろと過ごす中で思った素直な感想だ。

 料理の味付けも、どちらかといえば母親よりもましろの味付けのほうが俺の舌にはしっくりきたいた。


 ましろからは「そんなこと言ってはダメですよ」と怒られてしまったので謝っておくが、別に嘘をついているわけではない。

 素直にましろのほうが好みだったというだけの話だ。


「もう、そんなにおだてても何も出ませんよ?」

「おいしいクッキーは出てくるらしいけどな」

「上手くできるかは分かりませんよ」


 ましろは、俺のからかいに謙遜しながらも、優しい微笑みを返してくれる。


 彼女の過去のこと、そして家族のこと。それを聞くのはもう少し先でもいいだろう。

 今すぐ知りたい訳でもない。いずれ彼女のほうから話してもいいと思ってくれるそれまで、もう少しだけ今の関係に甘えさせてもらおう。




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