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28 ネコ様のお弁当


「おはようこざいます、佐藤さん」

「んぁ、おはよう……」


 いつもは耳元に置いたスマホの目覚まし音で起きるのだが、今日はそれよりも先に目が覚めた。

 まだぼやける目でキッチンにいるましろを見ると、いつもとは違い朝からコンロを使って料理をしているようだった。


 キッチンからは、寝起きのお腹でも思わず情けない音が鳴ってしまうほどの食欲をそそる匂いが漂ってきていた。

 今日早くに目が覚めたのは、もしかしなくてもこの匂いのせいだろう。


「いい匂いだけど、何作ってるんだ?」

「秘密です」

「ぅえぇ……?」


 ましろには珍しくそんなことを言ってくるので、思わず寝起きの喉から変な声が出た。


 そんなことを言われると、逆に気になってしまうのがさがというもの。

 別に、後ろから覗き込めばすぐに分かることなのだが、珍しくましろが秘密にしていることを検索するのも気が引ける。


 とりあえずは洗面所へ向かい、洗顔や着替えを終えてからリビングに戻ってくる。

 すると、テーブルの上にはいつも通りの朝ごはんが用意されていた。

 なんとなく、いつもとは違う朝ごはん作りにでも挑戦してるのかと考えていたのだが違ったらしい。


 そのまま特に変わったことも無く二人揃って朝ごはんを食べる。

 トーストとホットココア。あまり朝にがっつりと食べられない俺のいつものメニュー。


 相変わらず猫舌でココアに苦戦するましろに癒されながら、優雅に朝の時間が流れていく。

 今日からまた平日が始まるが、朝からこんな癒しを貰えれば俄然一日のやる気も変わってくるというもの。


「よし。じゃあ、行ってくる」


 朝ごはんを食べてお皿を洗った後、ましろにそう告げて俺は玄関へ向かう。


「佐藤さん」


 靴を履いてネクタイを整えたところで、ふいに後ろから名前を呼ばれる。

 振り向いたそこに立っていたましろは、布に包まれた小さな箱を手に持っていた。

 彼女はほんの少しだけ迷ったような顔をしたが、そのままその箱を俺に差し出してきた。


「……これは?」

「えっと、その。いつもお昼はコンビニ弁当を食べているとおっしゃっていたので、お弁当を作ってみたんです」

「お、お弁当……?!」


 彼女のその言葉に思わず、声がもれて固まってしまい、差し出された箱と彼女の顔を見比べる。


「もしかして、朝に作ってたのはこれか?」

「はい。……もしかして、ご迷惑でしたか?」

「そんなわけないだろう。もちろんありがたく食べさせてもらう」


 そう言って俺は彼女からその箱……ましろお手製の料理が入った弁当箱を受け取る。

 俺のためを思って、わざわざ早起きをしてお弁当を作ってくれたのである。迷惑なんてあるわけがない。


「朝早くからありがとうな、ましろ」


 毎日の朝ごはん、夜ご飯。それに加えてお弁当まで。本当に感謝してもしきれない。

 俺がましろを大切にする気持ちに彼女が答えてくれたようで、胸が嬉しさでいっぱいになる。

 その喜びを抑えきれず、気づけば俺は彼女の頭を撫でてしまっていた。


「にゃ……んっ」


 ましろは目を閉じて、小さく声をもらす。

 その声は、彼女のいつもの冷静な声とは違い、恥ずかしそうなか細い声だった。

 急に自分が何かいけないことをしているような気分になり、とっさに手を離す。


「わ、悪い」

「い、いえ……」


 ましろを拾った直後は、頭を撫でるとすぐに逃げられてしまっていたが、少し経てば彼女も許してくれるようになった。

 とはいえ、今ましろは人の姿をしている。年頃の女の子の頭を不用意に撫でるのは、推奨されることではないだろう。


「い、行ってきます」

「は、はい」


 なんとなくお互いに気まずい雰囲気なってしまい、俺はお弁当を鞄にしまって逃げるように家を出るのだった。




 会社の昼休憩の時間。時計がその時間を指すと同時に同僚が続々とオフィスから出ていく。

 いつもは近くのコンビニが品薄になる前にと慌てる時間だが、今日はその必要も無い。


「あれ、行かなくていいの? 佐藤」


 隣のデスクからそんな声がかかる。不思議な顔をした榊原が、椅子から立ち上がってそう聞いてくる。

 俺が「ああ」と答えると、次は心配そうに「そうなの?」と言って近づいてくる。


「もしかして、食欲ないとか?」

「いや、大いに」

「僕の愛妻弁当はあげられないよ?」

「だからいらねえよ。てかいつ結婚したんだお前ら」


 鞄から取り出したお弁当を懐に隠して、守るように構える榊原。

 言わずもがな、その中には今日も愛しの彼女の手料理が入っているのだろう。

 お昼休みになる度に毎回こんなマウントを取ってくるやつを、何故俺は親友と呼んでいるのか。甚だ疑問である。


 だが、今日の俺はひと味違う。そんな攻撃はチクリとも刺さりはしない。

 知っての通り、今の俺は榊原と何ひとつとして劣っていない。そう、今日は俺にも手作りのお弁当があるのである。


「え、どうしたの。それ」


 榊原と同じように俺がおもむろに鞄からお弁当を取り出すと、目を丸くして榊原が聞いてくる。

 思わずましろが作ってくれたと口を滑らせそうになったが、ぎりぎりで踏みとどまる。

 まだ榊原はおろか、誰にもましろがあの姿になったことは教えていない。まあ、言ったところで信じてもらえるとも思わないが。


「自分で作ったの?」

「いや。まあ、ご好意で作ってもらった感じだな」

「え、誰に?」

「それは……まあ、秘密だ」

「……ふーん」


 俺の持つお弁当を見て何か察しがついたような顔をする榊原。

 何かあいつの都合のいいほうへ解釈されてるような気もするが、とりあえず放っておく。


 それ以上は追求してこなかった榊原とともにオフィスから移動して、いつものように二人で座り、各々のお弁当を広げる。


「おぉ……」


 自分のお弁当箱を開けて、その中身を見て感嘆の声が出る。

 学生の時以来使っていなかった二段重ねのお弁当箱には、おかずとご飯が分けられ丁寧に盛り付けてあった。

 おかずの入った段を見ると、メインには唐揚げが構えており、そのサイドに野菜や卵焼きなどカラフルなものが添えられている。


「いただきます」


 いつもの数倍その言葉に気持ちを込めた後箸を持つ。そして、素直に好物の唐揚げをひとつ、口の中へ入れる。


「うま……」


 朝から時間が経ち多少冷えてえるというのに、その唐揚げは俺が食べてきたどの唐揚げ弁当よりも美味しかった。

 ましろらしいあっさりとした味付けながら、肉汁はしっかりと中に閉じ込められ、噛む度に口の中を肉の旨みが埋め尽くした。


「佐藤、すごい顔になってるよ。なんか溶けてる」

「うまいうまい」

「ダメだ。この人味覚以外機能してない」


 唐揚げだけではない。卵焼きも驚く程にふわふわで、その上満足感のある味をしている。

 その他の野菜類もバランスよく入れてあり、どれも他の食べ物を邪魔しない完璧な味付けだった。

 材料は俺が買ってきたものしかないというのに、作り手があるというだけでこんなにも幸せの詰まった料理が完成するというのか。


「でも、本当に美味しそうだね。すごい愛があるというか」

「いや、悪いがお前にはあげないぞ?」

「そんなこと一言も言ってないんだけど……」


 いつもの仕返しとばかりにそう言うと、呆れた顔をしながら「僕には綾乃がいるからね」と言って弁当を食べ始めた。

 勝った……ついに念願の初勝利である。厳密には引き分けかもしれないが、四捨五入すれば俺の完全勝利だろう。


「ところで、佐藤はその人に何円積んだの?」

「おい、人聞きの悪いことを言うな。ご好意って言っただろ」

「いや、だとしたら良い人すぎない? その人」

「まあ……確かに。でも、向こうは俺に対してすごい感謝してるらしくて……ここまでされたら断れないだろ?」

「それはそうかもしれないけど……」


 当たり前だが、俺からましろに強要したことは何も無い。できる限り、ましろが自由に過ごせるように心がけてきたつもりだ。

 だが、榊原の言う通り、いかんせん彼女は良いやつ過ぎるのだ。

 得られた自由を利用して、それを俺への恩返しをしようとしているのである。


「詮索するつもりは無いけど、その人のこと、大切にしなよ?」

「言われなくても」


 俺は自信満々にそう返してから、唐揚げをもう一つ口の中へ放り込むのだった。




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