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24 ネコ様と夜の過ごし方


 ましろの作ってくれた晩ごはんを完食して、使ったお皿の片付けをする。

 最初はましろが片付けまでやるなどと言っていたのだが、これだけ美味しいものを食べさせてもらったのに俺だけ何もしないのは気が引ける。

 片付けくらいはやらせてくれないかと、どうにかましろを説得して現在に至る。


 ましろの作ってくれたご飯は何から何まで全て美味しく、文句の付けようのないくらい完成されたものだった。

 食材自体は、いつも俺が買ってきているものだというのに、作り手が変わるだけでここまで違うものになるというのは驚きである。


「あらためて、ごちそうさま。美味しかったぞ」

「いえ。気に入ってもらえて良かったです」


 皿洗いを終えて、ソファに座りテレビを見るましろの隣に座る。


 ましろがこの姿になって変わったことは色々もあるが、テレビを見ながら会話をできるようになった事はすごく有意義な時間だと感じている。

 これまでのように、二人で静かにドラマの展開を見守る時間も楽しかったが、やはり感想を言いあえる時間も新鮮で胸が高鳴る。


「ましろは、昔からテレビが好きなのか?」

「いえ。これまで、あまりこういった機械には縁が無かったので」

「え、そうだったのか」

「でも、そのぶん今はすごく新鮮で楽しいです」

「なら良かった。テレビを買った甲斐が有るってもんだ」


 テレビを買うきっかけになったのは、俺のスマホの動画をよく見るようになったことだった。

 ましろにとって、ああいった電子機器自体が珍しいものだったのだろう。


「私のためにそこまでしてくれて、ありがとうございます」

「いいんだよ。俺が買いたかったから買っただけだ。気にするな」


 俺がそう返すと、何故かましろは小さく笑いをこぼす。


「なんだよ」

「いえ、私と同じ謙遜の仕方をしたので」

「同じ?」


 ましろはきょとんとする俺の顔を見て、余計に笑いをこらえた様子で口角をあげる。

 俺の何が彼女のツボに入ったのかは分からないが、笑いを堪えているましろはかわいいのでとりあえず良しとする。



 しばらくそのままドラマの展開を見守り、案の定これからいい所という場面でエンディングに入った。

 時計を見れば、そろそろ良い子は寝る時間。といってもこれからお風呂に入ったり洗濯機を回したりと仕事は残っているのだが。


「あ、ましろ。昨日言い忘れていたんだが、良かったら先にお風呂入るか?」

「え……?」


 俺の言葉に、ましろは首を傾げる。


「気にならないならいいんだが、まあその、一応ましろは女の子なわけだし……」


 ネコであれば、そこまで頻繁にお風呂に入れる必要は無い……というか、ましろは家ネコなので特に目立って汚れがつくこともない。

 少し前の経験から、ましろがお風呂を目立って苦手とはしていないことを知った。


 だからこそ、人間の女の子の姿になった今、俺の思う一般的な価値観だと、毎日お風呂に入りたいと思うのが普通かなと考えたわけである。


「いいんですか? キッチンどころかお風呂まで使わせてもらって」

「今さらいちいち許可を取らなくてもいい。なんでも自由に使ってくれ」


 拾ったときから、ましろはこういうタイプのネコだった。

 ご飯を食べる時や、何かの上に登ろうとするときも、ほぼ必ず俺の顔を見てからしか行動に移さないのだ。


 律儀さをかわいいと思う反面、ネコはネコらしく好き放題のんびりと暮らして欲しいと思っていたりもした。

 今となってはその考え方が俺の勝手な押し付けだったと気づいたが、もっと肩の力を抜いてほしいとは今も思っている。


「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

「ああ。軽く説明だけはしておくな」


 ましろを風呂場に案内して、タオルの場所やシャンプーなどの位置を説明していく。

 こんなこともあろうかと、普段自分では使わないトリートメントなど、必要になるであろうものを今日の帰りに買ってきたのである。


 さすがにましろの好みまでは把握していないので、当たり障りのないように化粧品でも有名なシリーズ系統の、少し高めの物を買ってきた。

 記憶が確かであれば、これは俺の母親が使っていたものも同じものだ。

 若者向けなのかは微妙なところだが、少なくとも使って不快になるようなものではないだろう。


「どうせなら服も洗濯機に入れといてくれ。洗っとくぞ」

「ありがとうございます」


 お風呂もそうだが、ずっと同じ服を着てるというのも気になるだろう。

 ましろは恩返しのつもりかも知れないが、毎日ご飯を作ってもらえるなんて、そうそう簡単なことではない。

 せめて、それ以外は出来るだけ負担にならないように俺が頑張らなければ。


「それじゃ、ごゆっくり」

「はい」



 洗面所から出て、テレビを見ている間キッチンの流しで水に浸しておいたお皿たちを洗っていく。

 とりあえず今のところは、ご飯の準備をましろが、片付け全般を俺がやるという分担で落ち着いている。


 明らかに前者の負担のほうが大きいに決まっているのだが、ましろ曰く「食費は佐藤さんが払っているので大差はありません」とのこと。

 家事全般を一般的な仕事と比べるのはタブーな気もするが、今の俺たちのようにお互いの仕事を尊重し合える関係が一番だろう。




「あの……佐藤さん」


 その他の家事もとりあえずはひと段落して、しばらくスマホを眺めていると不意に洗面所のほうから名前を呼ばれた。

 特に何も考えずに、スマホの画面から洗面所の扉へ視線を向ける。


「どうしたまし……ろっ!?」


 思わず、スマホを空高く放り投げる勢いで驚き、自分でもびっくりするほどの大声が出た。

 それもそのはず。俺の視線の先には、洗面所の扉からチラっと顔を出した、タオル一枚すら纏っていない産まれたままの姿のましろがいたのである。


 俺は慌てて目をおおって、首を180度回転させようとして失敗した。フクロウになるまでの道のりはまだ遠いようだ。

 ちなみに、結局手のひらからスクランブル発進したスマホは、運良くソファに不時着した。


「どどど、どうかしたのか……?」

「その、私の服なんですが……」

「え、あっ……」


 冷静に考えてみれば、彼女がお風呂に入ったあと着替えるための服を用意していなかった。

 急いでタンスを漁ると、ましろが着ていたのと同じワイシャツを発見する。

 俺は出来るだけ彼女のほうを見ないようにしながら、それを手渡す。

 彼女は小さくお礼を言ってから、すぐに顔を引っ込めた。


 高鳴る心臓を落ち着かせようとひたすらにカマキリとハリガネムシの動画を見ていると、しっかりと服を着たましろが洗面所から出てきた。

 しっかりといっても、お風呂に入る前と変わらないワイシャツ一枚姿なわけだが。

 それに合わせて彼女の綺麗な銀髪が水に濡れ、耳や尻尾も少しボリュームが小さくなっており、いつもとは違う雰囲気を纏っていた。


「お先にいただきました。ありがとうございます」

「お、おう。じゃあ、俺も入ってくるな」


 先程のことも相まって、あまりましろを見ることが出来ず、俺は逃げるように洗面所へ向かった。


 むんむんとする煩悩を振り払いながらタオルと着替えを用意する。

 そして、服を脱いで洗濯機へ入れようとしたところで、ふと洗濯機の中を覗いた。

 年頃の女の子だったら一緒に洗濯機を回すのは嫌がるだろうか……なんて父親のようなことを考えてもう一度洗濯機を見たところで俺はあることに気づいた。


 確認のために、失礼ながら彼女の着ていたワイシャツを手に取りもう一度洗濯機の中を覗く。当然のようにそこには何も残っていなかった。


 それは、気づかないうちに考えないようにしていたことだったのかもしれない。

 彼女の脱いだものの中にワイシャツしかない。それはつまり本当に彼女はこれ一枚しか身にまとっていないということであり──



 ……休日の買い物の予定がまた一つ増えた瞬間である。




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