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20ネコ様との接し方


 ましろが人間の女の子の姿になってからしばらくして、目の前で一緒にご飯を食べる彼女は、ひどく落ち込んだ様子だった。


 彼女は、自分が人の姿に変わったことで、俺の態度までも変わってしまうことを不安に思っているらしい。

 もちろん、彼女が人の姿になったことにはこれでもかと驚かされた。

 それは当然の反応だが、だからと言って彼女のことを軽蔑したりなんてことはするわけがない。


「そんな顔しないでくれ、ましろ」

「す、すみません。でもやっぱり、まだ少しだけ不安と言いますか……」


 ましろはましろだ。そのことに変わりはなく、気にすることは何もない。

 だが、どうしても彼女の中では折り合いがつかないらしく、浮かない顔をしたままだった。


 どうしたものかとしばらく考えるが、たとえ慰めるような言葉を並べたとしても結局は上辺だけの言葉になってしまう。

 だから、俺はあえて素直な気持ちを伝えることにする。


「……まあ、正直に言えば、ちょっと気を使ってしまってたことは認める」

「そう……ですよね」


 ましろは途端に声のトーンを落として、今にも消えてしまいそうなほどに儚く寂しげな表情を見せる。

 俺は、それに反比例したどこか楽観したような声で続ける。


「だが、それは必ずしもましろのせいじゃない。自分で言うのも情けない話だが、俺自身あんまり女性慣れしてないんだ」

「え……?」


 俺の突然のカミングアウトに、ましろは首を傾げる。

 やめてください。その純粋な疑問を持ったような目で俺を見ないでください。



 ……そう、正直に言えば、ましろとの距離感をうまく掴めずに気をつかってしまっていたことは事実だ。

 しかしそれは、彼女の姿変わったことによるものではなく、単純に俺の女性経験の無さのせいなのだ。


「えっと……まあその、そういうことだから、そんなに気負わないでくれ」

「……ふふっ」


 俺が誤魔化すようにそう付け足すと、ましろは小さく笑いをこぼす。

 自分でも、本当に恥ずかしいことを口走ってしまったと後悔していたが、彼女の反応を受けて余計に頬が熱くなってくる。


「わ、笑うなよ。俺だって、自分がここまで女の子に耐性が無いとは思わなかったんだよ」

「い、いえ、そうではないんです。その、やっぱり、佐藤さんは優しい人だな……と」

「なんだよ、唐突に」

「唐突じゃありませんよ」

「……別に、そんなんじゃない」


 すべてを見透かしたように優しげな表情をするましろに、思わず視線を逸らす。

 俺の心にはどこか深い傷がついてしまったような気もするが、とりあえず彼女の心は平穏を取り戻してくれた。

 熱を帯びた頬をかきながら、横目で彼女を見てあらためて考える。


 俺の意思で彼女を拾い、俺の意思で彼女と暮らしていく、守っていく、そして幸せにしてやると決めた。

 そんな彼女に気を使わせてしまったり、心配させてしまったりなんて、そんなこと思いはして欲しくない。


 ましろだって、気まぐれで俺に人の姿を見せてくれた訳ではないだろう。

 何か理由があり、少なからず俺を信頼してくれて、勇気を出して決意してくれたはずだ。


 その気持ちを裏切るようなことはしたくない。いや、してはいけないのだ。



「ご飯、口に合ってるか?」

「はい、美味しいですよ」


 気まずい雰囲気も無くなり、二人で晩ごはんを食べ進める中ましろにそう尋ねると、彼女は明るく答えてくれる。


 コンビニ弁当生活からは少しずつ脱却しつつあったので、あまりにも見苦しいというほどの夕飯にはなっていない……と、思う。

 とはいえ、冷凍食品に半分ほど頼りきってしまっている手前、自信を持って完璧な料理だとは言えない。

 自分しか食べない以上、そんなに凝ったものでなくてもいいだろうという甘えも相まって、大した料理スキルも培われていない。


 そんな、ないない尽くしの料理に満足してもらえるとは到底思っていなかったのだが、ましろは微笑を浮かべて即答してくれる。

 今更ではあるが、この様子と先程の言動を見るに、人間のご飯を食べることは別に問題ないらしい。


「その、不満があるなら、遠慮なく言ってくれよ?」

「不満なんてありません。本当においしいですよ」

「ご飯に限らず、普段の生活の中で困っていることとか……」

「佐藤さん」


 俺の言葉を遮り、少しだけ強い口調で名前を呼ばれる。

 思わず口をつぐんで彼女を見ると、先程までのクールな表情がどこか不機嫌になっているような気がした。


「私はあなたに命を救っていただいたんですよ。感謝してもしきれません」

「そ、そんな大袈裟なことじゃ……」

「少なくとも、私はそう感じています。だから、そんな風に自分を低く見ないでください」

「………」


 気づけば彼女からそう咎められていた。

 実際のところ、あの日俺がましろを拾わずにあのまま放置されていたと想像すると、最悪の結果になっていた可能性は十分に有り得る。

 ただ、そのことで彼女が俺に対しての恩返しを強いられて、自由を無くしてしまうようなことにはなってほしくない。


 しかし、だからといって、ましろの気持ちを無下にしてしまうことは避けたい。

 それこそ俺が望む彼女の自由を縛り付けていることにも繋がってしまう。


「すぐには難しいかもしれませんが、これまで通り一人のネコとして普通に接してくれると、私は嬉しいです」

「ましろ……」


 その彼女の言葉で、俺は大事なことに気付かされる。

 俺が、自然体でましろが生きられるように願うのと同じように、彼女も自分への接し方を無理に変えて欲しくはなかったらしい。


「今も前も、かわいいネコであることは変わっていないからな。これまで通りを心がけるようにする」

「か、かわいいかどうかは分かりませんが……よろしくおねがいします」


 少しだけ彼女への接し方に自信がついた。きっと、これまでと大きくは変わらない生活を送っていけるだろう。

 微かに頬を染めながらそんな言葉を返してくれたましろに、俺は笑顔を返すのだった。




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