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19 ネコ様への質問


 一人暮らしの生活というのは、自由という大きなメリットもあれば、当然デメリットも存在する。

 その中の一つで俺が最も強く感じているのは、簡単に言えば孤独感。


 家の扉を開けて帰りを告げても、返事をくれる人はいない。

 食事の際に聞こえてくるのは、自分の咀嚼音とスマホから流れる音だけ。

 慣れたと思っていても、ふとした時にその寂しさが心をちくちくと刺してくる。


 職場での出会いも特に無く、そういった感情もとっくに冷えきってしまい、いつしか誰かと生活を共にする想像さえ出来なくなっていた。



 だが、今日晩ごはんを食べている俺の前には、一人の女の子が座っている。

 彼女の名前はましろ。これは俺がつけた名前だ。


 もちろんましろが俺の子供というわけではない。

 彼女は、数ヶ月前に路地裏で拾いそれから一緒に暮らしているネコだ。


 女の子でもあってネコでもある。ちょっと何を言っているのか分からないとは思うのだが、そうとしか表現出来ないのである。

 ある日家に帰ると、ましろは突然人の姿に変わっており、人の言葉で俺を出迎えてくれた。


 彼女がましろである証拠に、彼女の頭にはましろと同じ形と色の耳が生えている。

 ちなみに言えば背後にはしっかりとネコの尻尾があり、ゆらりゆらりと気ままに揺れている。

 そして、美人であるのはネコであったときと変わらず、思わず見てれてしまうほどに顔立ちが整っている。


 そんな不思議なネコ──ましろといえば、現在テーブルの向かいに座り、お行儀良くご飯を食べていた。

 ちなみに彼女が食べているものは、俺と同じメニュー。彼女は、今日のメインである焼きジャケを箸で小骨を取りながら上手に食べている。


「その、そんなに見つめられると食べにくいのですが……」

「あ、ごめん」


 恥ずかしそうに目をそらすましろに咄嗟に謝る。

 自分の箸を止めてまで彼女の様子を見ていれば、不審に見られても仕方がない。


 しかし、俺の方からしてみれば、これまでずっと過ごしてきたネコが人の姿をして優雅にご飯を食べている様を見るのは、かなり新鮮……悪い言い方をすれば異様なのだ。

 増してや、箸の持ち方や食事マナーも、お手本のように綺麗な作法で食べている。

 到底、今日の朝までネコの姿をしていたとは思えない。


「少しだけ質問してもいいか?」

「はい。私の答えられる範囲であれば」


 目の前にいるこの女の子が、俺が飼っていたネコであることは分かった。

 しかし、ましろに対する疑問は数えきれないほどにたくさんある。


 なぜネコなのに、あんなにも人間と同じくらいのマナーを身につけているのか。まず、さらっと俺と同じご飯を食べているが、それは大丈夫なのかどうか。

 そして、そもそもなぜネコから人に姿を変えることが出来るのか。逆に、元に戻ることは出来るのか。


 いざ質問したいことを並べるとキリがなくなってしまうが、一気に聞いてしまってもましろを困らせてしまうだけだろう。

 時間をかけて、一つずつ彼女のことを理解していく他に方法はない。これまでもそうだったように。


「ましろは、ネコなのか?」

「こ、これまで私の事ネコだと思ってなかったんですか……」

「あ、いや。そうじゃなくて、なんというか……。その、ネコの状態と人の状態、どちらが素なのかな、と」


 うまく言葉にして質問するのが難しいが、これは最初に聞いておきたいと思っていたことだ。


 ましろを拾ってからこれまでの間、彼女はずっとネコの姿のままだった。

 ……いや、もしかしたら俺が家を留守にしている間、人の姿になっていたのかもしれないが。


 とはいえ、拾った時も、それ以外の俺の目につく時はずっとネコの姿のままだったわけで。

 自分の中では一匹のネコという認識がいまだに一番なのだが、もしかしたらネコの姿になれる人間ということなのかもしれない。そういう意味での質問だった。


「素、ですか。私自身としては、ネコの姿の時も今のこの姿も素だと思ってます」

「でも、俺の前ではずっとネコの姿だっただろう?」

「それは、その……言い方は悪くなってしまうんですが、比較的ネコの姿のほうが楽なことが多いので……」

「あぁ……なるほど」


 なんとなくだが、理解もできる。普段生活をしていく上で、というのもそうだが、それ以外でも当てはまることかもしれない。


 まだこれは、ましろには聞かないことにしておくが、理由はどうあれ彼女は十中八九誰かに捨てられていた。

 じゃあ、もしその時彼女の人の姿だったら。一体どうなっていただろうか。

 あの夜の寒さはもちろん、一歩間違えれば何かトラブルに巻き込まれる可能性もあっただろう。


 もしあの日、同じ時間、同じ場所でましろを見つけたとして、その姿がネコの姿ではなかったら俺は同じ行動をしていただろうか。

 見て見ぬふりとまでは言わずとも、少なくとも拾って家に連れて帰るようなことは出来なかったかもしれない。


 あの時の彼女にそんな意思があったかは完全に憶測でしかないが、そういった面でもネコの姿にはメリットがあるだろう。

 少なくとも俺は、初めに出会った時の彼女がネコの姿で良かったと思っている。


「どちらかの姿に変われる……というよりは、ネコと人間のハーフと言った方が近いかもしれないですね」

「……なるほど」


 なかなかのパワーワードだが、彼女のその言葉は意外にもしっくりときた。

 だとすれば、ましろの礼儀作法が人間味に溢れ、かつしっかりとしていることにも納得がいく。


 俺と出会う前は、人として生きている時間も多かったのかもしれない。

 そうでなければ、ここまでましろの行儀の良さに説明がつかない。


「ところで、佐藤さん。箸が止まっていますが、食欲ありませんか?」

「そ、そんなことはないが……」


 ましろの姿を見つめて考え事をしていると、彼女のほうから心配されてしまう。


「……やっぱり、この姿だと困りますか?」

「いや、そうじゃないんだ。もちろん慣れないっていうのはあるが、それが苦だとは思っていない」

「変な気を使わせてしまったりしてませんか……?」

「してないしてない。そういうましろこそ、そんなこと気にしなくてもいいんだからな」


 ましろが耳を伏せて、不安げな様子で聞いてくる。

 尻尾もふにゃっと落ち込んでいるようで、俺は心配しなくていいと念を押して伝えておく。


 もう少し彼女が自信を持ってくれるためには、どういう言葉をかけるのが最適なのだろうか。

 ネコ相手ならまだしも、年頃の女の子と話す機会なんてここ数年は丸々遭遇していない。というか、あるわけもない。


 俺は、まだ表情の浮かない彼女を前に、どうしたものかと頭を抱えるのだった。




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