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18 証拠


 自分で名前を呼んでおきながら、フィクションでしか見たことの無いようなその状況に、頭がついていけていない。

 本当に、目の前にいるこの子がましろなのだろうか。


「ほ、本当にましろ、なんだよな?」

「信じられないですか?」

「それは、まあ……」


 飼っていたネコがいきなり女の子になっていたなんて、そんなものを簡単に信じられる人などいないと思うのだが……。

 しかし、彼女の言動を見ていれば嘘をついているようには見えない。そもそも嘘をつく意味も分からない。

 それに、どこか納得してしまっている自分がいるのも事実だ。


「もし信じていただけないのであれば、証拠をお見せすることも出来ますが」


 ましろは、半信半疑の俺にそんな申し出をしてくる。

 どちらかといえば、彼女が偽物であることを疑っているというより、ましろが人に姿を変えたという現実を見た自分の神経の方が疑わしいまである。

 とはいえ、俺の気持ちはどうあれ、彼女がましろである証明をしてくれるというのであればそれに越したことはない。


「まずは、見ての通りこの耳と尻尾に見覚えがあると思います」


 先程、直に触ったそのネコ耳をひょこひょこと動かし、ついでに背後から尻尾を出しふりふりと動かす。

 そのどちらも見覚えがある。ましろと同じ、艶やかで真っ白な毛並みだった。


「佐藤さんには、あの雪の日にダンボール箱の中にいたところを拾っていただきました。そして、その次の日にこの名前を付けてもらったんです」


 そして、彼女は俺と過ごした日々を証拠として、話し始めた。

 忘れるはずもない初めてましろと出会った日のこと。そして、そこから今日に至るまでの日常。


 それは俺とましろしか知らない出来事、そして、彼女の話すことすべてが俺の記憶と合致した。

 優しい表情で一つひとつの思い出を語っていく彼女を見て、俺はもう確信していた。


「佐藤さんの好きな食べ物は白身魚。好きなことは、最近読書にハマってますよね」

「そうだな」


 俺は、少し気恥ずかしくなりながらも言葉を返す。

 これまで一緒に過ごしてきた時間の中で、すっかり俺の趣味趣向まで知られてしまったらしい。


 彼女は思い出語りから方向転換して、次は俺について知っていることをあげて言った。

 自分が見られて分析されていたというのはどこかむず痒い感覚だったが、同時にやはり嬉しさもあった。


「そして、女性は年下がタイプですよね」

「そうだ……ん、えっ?」


 そのまま無意識に肯定してようとして、違和感を感じてぎりぎりで踏みとどまる。

 というか、違和感どころではない。今、完全にましろからとんでもない発言が飛んできていた。


「ち、ちなみにその根拠は……?」

「ベッドの下の隅に、少々いかがわしい表紙の本が──」

「すみませんでした」


 俺は机に頭をぶつける勢いで謝罪する。

 ましろどころか、自分以外の誰にも言ってないようなことまで彼女には筒抜けだった。


「あとは……ダンボールの中の小説に紛れて、何種類かそのような漫画が」

「も、もう信じるから、それ以上は勘弁してください……」


 続けて連続パンチを繰り出してくるましろに、俺は涙を流す勢いで彼女の言葉を止める。

 いや、たまたま目に入り手に取ってたまたま気に入った本がたまたまそういったジャンルに偏ってしまっただけであって、必ずしも年下が好きという訳では無い。


 内心で言い訳を垂れる俺をよそに、俺が発した「信じる」という言葉に、彼女は固まっていた。

 そして、もう一度確認を取るように問いてきた。


「本当に、信じてくれますか……?」

「あ、ああ。現実味はないが、そこまで言われたらさすがにな……」


 ましろが人間になったということ自体はもちろん信じられないが、今会話している相手がましろだということは信じられる。

 理由を問われれば具体的に答えることは出来ないが、見えない確証がどこかにあった。


「変だとは……思わないですか?」


 突然ましろは、大切なことを確かめるようにそんなことを聞いてきた。


「変、というと?」

「その……人の姿になった今の私のことです」

「……? まあ、確かに驚きはしたが、別に変だとは思わないだろ」

「そ、そうですか」

「別にましろはましろだ。そこに変わりはない」


 どういう意図でましろがそんなことを聞いてきたのかは分からないが、今言ったことに嘘はない。

 ましろが姿を変えたところで、ましろ以外の存在になった訳では無い。ただ見た目が変わっただけということだけだ。


「それに、ネコの姿も今の姿も、すごく綺麗だし」

「か、からかわないください」

「いや、純粋にそう思っただけだが」

「──っ」


 自信の無い様子だったましろを励ますように声をかけてやるが、彼女は素直に言葉を受け取ってくれない。

 頬を赤くしてぷいっと顔を背けてしまう。励ますつもりが、怒らせてしまっただろうか。


 ましろの見た目に関して、何一つ誇張したりお世辞を言ったつもりは無い。

 ネコ状態の時はスタイルも顔立ちも世界一綺麗だと思っていたし、今の人状態のましろも俺が見たことのある人の中では一番と言えるほど可憐だ。


 しばらくましろは目を合わせてくれないまま黙っていたが、しばらくするとまた真剣な眼差しに戻り再び俺の顔を見つめた。


「佐藤さん」

「どうかしたか?」

「その、私……このままここに居ても、いいですか……?」

「え?」


 どんなことを聞かれるかと思いきや、そんな単純で答えの決まったことを聞かれた。

 その答えは言わずもがな、彼女を育てて守ると誓った以上、見た目が変わったことなど本当に些細なことだ。


「あたりまえだろ。ましろがここに居たいと思ってくれるなら、俺も嬉しい」


 正直に言って、ましろの口から直接そういったことを聞くことが出来たのは嬉しかった。

 ましろが姿を変えたことで関係や距離感も変わってしまうかもしれないと危惧していたのだが、案外これはこれで悪くないのかもしれない。


「ましろさえ良ければ、これからも一緒にいてくれ」

「はいっ、よろしくお願いします」


 あらためてこういうことを言うのは、ましろが人の姿をしているせいも相まってか、すごく気恥ずかしかった。

 しかし、ましろは先程までの不安そうな顔から一転、嬉しそうに微笑み返してくれた。



 ──こうして、俺と彼女の新しい生活が始まるのだった。




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