17 正体
「え、えっと……」
家に帰ったら、見知らぬ美少女がいた。
その一切現実味のない言葉通りの状況に、俺は現在進行形で遭遇していた。
テーブルの向かいには一人の女の子がちょこんと座っており、俺の顔をじっと見つめている。
夕日のように輝く大きな瞳。根元から毛先までくすみの無い綺麗な銀髪。
顔立ちは驚くほどに整っていて、そんな彼女に見つめられている状態はどうにも気まずい。
「どうして黙ったままなんですか? 佐藤さん」
「えっ、なんで名前……。いや、というか君は一体……」
平然と話を進めようとする銀髪少女。
こちらとしては、不法侵入をした女の子が目の前に座っている状況なわけで、到底自然体で受け答えできる状態ではないのだが……。
戸惑う俺に、彼女は何故か不服そうに頬を膨らます。……ちょっとかわいい。
「私のこと、分からないですか?」
「わ、分かるも何も……」
俺は一人っ子で、こんなにかわいい妹なんているはずもなく、親戚だとしても記憶にはない。
かれこれ20年以上生きてきて、この子に出会った記憶も一切ない。こんなにも印象的な子を忘れるなんてことは、さすがにないだろう。
相変わらず彼女はふくれっ面をして、俺を見つめてきている。
もし、何か彼女に過去の中で接点があったとして、現状どうしても思い出せない以上俺は首を横に振ることしか出来ない。
「……これでも、分かりませんか?」
仕方ないとでも言いたげに、彼女は両手を頭の上に乗せる。
そしてパッと手を離すと、そこにはネコの耳らしきものが現れた。
「面白い手品だな」
「ち、違いますからっ!」
急な一発芸に対してすぐに褒めてやったというのに、何故か彼女は余計に機嫌を悪くする。
かなりリアリティのある、そのもふもふな耳。手品にしてもよく出来ている。
何故いきなりそんなことをしたのかはちょっと理解出来ないが、ネコ耳自体は似合っているしかわいいのでとりあえず良しとする。
しかし、あの耳の形、どこかで……。
「佐藤さんって、鈍感なんですね」
いきなり辛辣な言葉を投げかけてくる彼女。……どうして俺は、初対面の人にいきなりバカにされてるだろうか。
挙げ句に、彼女は大きなため息をついて、俺の顔をジト目で見つめてくる。
「そう言われてもな」
「……本当に分かりませんか?」
不意に彼女の表情が暗くなり、声のトーンが下がる。
その表情の向こうに何かとてつもなく大きな悲しみがあることは、すぐに察しがつく。
このまま俺が彼女の期待を裏切るような発言を続ければ、彼女が消えて無くなってしまうような、そんな気すらした。
「悪い、少しだけ時間をくれ」
俺はそう彼女に謝って、逸らしていた視線を戻しもう一度彼女の姿をしっかりと見つめ……られなかった。
本当に不甲斐ないことだが、ワイシャツ一枚姿の彼女は色々と目のやり場に困る。
今はテーブルでカモフラージュされているが、彼女は下にズボンを履いていない。
そのため、彼女の太ももがあらわになっており、嫌でもそちらに目がいってしまう。
というか、記憶が間違ってなければあの服は俺のワイシャツではないだろうか……。
とりあえずこのままでは目に毒すぎるので、近くにあった毛布を彼女に渡しておく。
少しだけ不思議そうな顔をしながら毛布を受け取っていたが、俺の様子を見て意味を理解したのか、ほのかに頬を染めて足に毛布をかけた。
あらためて彼女の姿を観察するが、本当に綺麗な顔立ちをしている。日本人らしい顔ながらも肌は白く、髪も雪のように綺麗に輝いている。
その髪から生えているネコ耳も白くてもふもふしており、時折方向を変えたりピクンと動いたり…………えっ、どうなってるんだ、あれ。
「な、なあ。君」
「はい、なんでしょう」
「そのネコ耳、触ってみてもいいか?」
「えっ……? べ、別に、いいですけど」
彼女は一瞬困惑を見せるが、おずおずといった様子ながらも頭を差し出してくる。
俺の方へ体を寄せて目をつむって待っている姿は何か変な想像が膨らんでしまい、ぶんぶんと頭を振って邪念を追いやる。
先程まではピンと立っていたネコ耳が、まるで俺から触られるのに怯えてるように俯いている。
彼女自身も少し恥ずかしそうな表情をしているため、その感情を表しているようにも見えた。
繊細な動きといい、感情に連動している点といい、あのネコ耳は一体どんな仕組みをしているのだろうか……。
その謎を解明するために俺はアマゾンの奥地……ではなく、彼女のネコ耳へと手を伸ばす。
……ちょん。
「にゃっ……」
俺がそのネコ耳に触れると、彼女は小さく声をあげる。
ネコ耳は俺の手の動きに合わせてぴくぴくと反応しする。その感触は見た目通りもふもふしており、そして人肌のように温かかった。
正直、手品にしてはリアリティがありすぎる。本当にそのネコ耳は彼女の体の一部であるようだった。
しかし、余計に彼女へのナゾは深まるばかりだ。俺のことを知っていて、前に会ったことがあり、本物のようなネコ耳の生えた美少女。
考えれば考えるほど分からなくなる。俺の記憶の中に、こんなにもかわいくて、綺麗で真っ白な髪の──
…………まっしろ?
なぜかその言葉が頭の中で引っかかった。
……雪のような髪色、茜色の綺麗な瞳、そしてどこか見覚えのあるあのネコ耳の形。
自然と候補から外していただけで、俺は確かにその特徴を持ってる存在を知っている。
これまでのことも、非現実的すぎるという一点を除けば、彼女の言動、行動すべてに納得がいってしまう。
でも、まさか……な?
微かな可能性と期待、そして不安感を胸にしながら、俺はふと顔をあげる。
もし、この憶測が正しいのであれば……そう思い、俺は部屋の中を見渡す。
ベッドにもソファにも『彼女』の姿はない。逃げ出した痕跡も当然ない。
それはつまり、つい先程玄関で出迎えてくれたのは彼女は『彼女』ということであり……。
「ましろ……なのか?」
彼女に向けてその名前を口にする。
目の前に座っているのは紛れもない人間の女の子だというのに、何故か違和感なく名前を呼ぶことができた。
そして、ネコ耳の生えた銀髪の美少女は、その言葉に聞いて小さく口元だけで微笑み、
「はい。佐藤さん」
そう頷いて、俺の名前を呼び返してくれた。




