13 はじめてのシャンプー
「よし。じゃあ、体洗うぞ」
ましろに声をかけて、持ち込んだネコ用シャンプーを用意する。
先程までのんびりとぬるま湯に浸かっていたましろも、それとなくこれから始まることを察したのか、立ち上がって俺の方を向き──すぐに視線を逸らされた。
まだ、何もしてないんですが……。
相変わらず何故か目を合わせてくれない事実に内心凹みながら、ましろの浸かるお湯をすくい上げるようにしてゆっくりと体を濡らしていく。
元々スリムなましろの体が、毛のボリュームが濡れた分さらに細くなり体のラインがよくわかるようになる。
それを見て、少しだけましろと初めて会った時のことを思い出す。
月明かりと雪に照らされたましろはひどく痩せていて、力なく寒さに震えていた。
それが今では毎日残さずご飯を食べて、こんな風にまったりとお風呂で温かくなっている。
少しはましろを幸せにしてあげられているだろうか。
少なくとも、ましろとの心の距離は確実に近づいているはずだ。
「すぐに綺麗にしてやるからな」
ましろの顔を覗き込んで、そう笑いかける。しかし、何故かまた顔を背けられる。
……やっぱりまだ俺の片思いのままなのかもしれない。
目を合わせてくれないましろに再びショックを受けながらもシャンプーを始める。
シャンプーを軽く手のひらの上で伸ばし、マッサージをするように馴染ませてやさしく洗っていく。
タオルでは落ちなかった汚れもすぐに取れ、綺麗な白色を取り戻していく。
ずっと家にいるだけなのでそれ以外の場所はそれほど汚れてはいないが、せっかくなので全身くまなく洗ってあげることにする。
脚は軽く握るようにしながら洗い、足の裏を洗うフリをしながらちゃっかり肉球を触ってみる。もきゅもきゅである。
首から胸元、お腹からお尻にかけても丁寧に洗っていく。
背中から足を洗っていたときと比べると、少し体をよじって抵抗していた。
毛が少ない分、肌が敏感でくすぐったいのかもしれない。
とはいえ、逆に言えば他よりも気を使って清潔にしておかなければならない。
「ちょっとだけ我慢してくれよ」
ましろにそう謝りながらシャンプーをし続ける。しばらくすると多少落ち着いてくれるが、相変わらず目は合わせてくれない。
そろそろ本格的に嫌われているのではないかと不安になってきた。
そもそも、お風呂に入るきっかけも元を辿れば俺の不注意であり、その時点で嫌われてもおかしくはない。
人の信頼を得ることはとても難しく時間のかかることだ。しかし、その信頼を失うのは簡単でほんの些細で一瞬の時間で壊れてしまう。
そして、それは何も人間関係に限った話ではない。犬やネコといった動物が相手だとしても同じことだ。
正直なところ、ましろとの生活に慣れてきたことでどこか慢心していることろがあったのだろう。
俺もましろも変な気を使わずに過ごせるのはいいことだが、今回のような油断をしてはいけない。
俺にとってましろは、もうただの拾いネコではない。大切な家族の一員だと、俺はそう思っている。
「よし、こんなもんだろう。それじゃあ流すぞ」
シャワーを弱めの水量にして泡を洗い流していく。毛が多い分時間はかかるが、ゆっくりと焦らず丁寧に梳いていく。
軽く体の水分を手で払ってから、浴室外からタオルを持ってくる。
最近薬局で購入したもふもふタオル。その触り心地は、ましろの毛並みにも勝るとも劣らないレベル。
抱きかかえて浴室から出して、さささっともふもふタオルで水分を拭き取る。
大きな音が出るドライヤーは使ってもいいのか分からず少し迷うが、しっかりと水を拭き取れていないままなのも良くないだろう。
試しにドライヤーを近づけてスイッチを入れてみると、最初こそびっくりした様子だったが意外にもすぐに慣れて風の当たる所へ寄ってきた。
温かい風が気持ちいいのか、頭から風を浴びながら目を細めている。とてもかわいい。
そのまま嫌がる様子もないので、すぐにドライヤーは終わりましろの毛はすっかりいつものもふもふ具合に戻った。
シャンプーの効果もあってかいつもよりも触り心地が良くなっており、自然と手が吸い寄せられていく。
あまりにも俺がべたべたと触るのが気に入らないのか手を甘噛みされたので、しぶしぶ手を離す。
そのままリビングへ戻っていくのかと背中を見つめていると、くるっとUターンをしてこちらに戻ってくる。
そして、
「にゃぁぉ」
ましろはペロっと俺の指先を舐めて、そう一言だけ鳴き声を上げてリビングに戻っていった。
俺は、いきなりのことに動揺が隠せずに裸の格好まま固まってしまう。
ましろのほうからあんな風にコミニュケーションを取ってくれたのは初めてだ。
ましろからすれば何気ないお礼のひとつだったのかもしれないが、それだけで胸がいっぱいになる。
今日だけで色々と思うことは沢山あったが、それは、確実にましろとの距離は近づいている。そう思えた瞬間だった。




