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103 月山さんの後悔


 月山さんと美玖ちゃんに会って話をするという目的が達成出来た後。

 長居は迷惑になるかもしれないし……と思っていたところを二人から全力で引き止められた。


 美玖ちゃんはもっと一緒に遊びたいという年相応の理由だったが、月山さんにも引き止められるとは思っていなかった。


「せっかくの機会です。せめて、昼食でも一緒にいかがですか」

「その……いいんですか?」

「はい。私も今日は手が空いています。夜までは美玖様と二人で過ごす予定でしたので」


 美玖ちゃんがいる手前、直接美玖ちゃんの母親のことを聞くのははばかられたが、月山さんは察し良く回答をくれる。

 もしも四人でいるところにばったりとなったら……と考えていたのだが、示し合わせたように予定がかみ合っていた。


 俺と月山さんの話もそこそこに、美玖ちゃんがましろの手を引いてリビングから連れ出そうとしていた。

 ましろから「どうすれば……」という視線が投げかけられるので「いってこい」と同じく視線で返す。


 おそらく美玖ちゃんの部屋に連れていかれたのであろうましろの姿を見送り、リビングには俺と月山さんだけが残された。


「いい子ですね。美玖ちゃん」

「ふふ。でも、美玖様があんな風に誰かに甘えることは少ないんですよ」

「そうなんですか?」

「普段は、手がかからなすぎて困っているくらいです」


 二人が出ていった扉を見つめながら、優しい表情をする月山さん。

 今日一日ずっとましろと一緒にいる所だけを見れば、育ちの良さはもちろんあったがそれ以外はしっかりと子供らしい子だと思っていた。


「ルミさんを拾ってから、奥様はもちろん、私の手を借りることもなく一人でお世話していたんですよ。今思えば相手がルミさんだから、というのもあるかもしれませんが」

「十分すごいですよ。俺も似たようなものでしたから、よく分かります」


 ネコを飼ったことなど一度もなかった自分がなんとかそれとなく出来ていたのは、向こうからの気遣いあってこそだったと今でも思う。

 でも、美玖ちゃんの年齢でそれだけ責任感を持ってお世話をし続けるのは容易なことではないだろう。


「ましろは本当に二人には感謝してました。俺からもお礼を言わせてください」

「……私は、何も。ルミさんを拾ったのは美玖様ですから」

「いやいや、月山さんの説得もあったと聞いてます。それにましろに色々と教えてくれたことも……」


 謙遜をする月山さんをたたえようとそこまで口にしてから、彼女の表情が謙遜ではないことに気づく。

 彼女の目には、どこかいつかのましろのような感情があるように見えた。

 罪悪感のような、どこか遠くを見つめる目だった。


「……ルミさんがこの家を出てからのことは聞いていますか」

「それは……はい」

「差し支えなければ、聞かせていただけませんか」


 ましろがこの家を出てからのこと。それはつまり、そこから俺と出会うまでの時間のことをさしている。

 昨日一日、ましろと一緒に歩いてきた道のりのことだろう。


 俺も詳しいことまでは教えてもらっていない。

 ネコの姿で、いろいろな人の家に転がり込み……その数だけ捨てられて。

 俺の知っている範囲でましろから聞いたことを伝えると、月山さんはまるでその経緯を知っていたかのように「そうですか」と言葉を落とす。


「ルミさんがいなくなったあとの美玖様の落ち込みようは大変でした。彼女が学校を自主欠席したのはあれが初めてです」

「………」

「もちろん、すぐに貼り紙も出しました。何件か連絡もあり、ルミさんを拾ったという方もいらっしゃいました。でも……少しだけ遅かったのです」


 暗い表情をする月山さん。連絡がきたときには、すでにましろはそこを後にしていた。そういうことだろう。

 俺の話を聞いてすぐに納得していたのもうなずける。月山さんはましろの行動を半ば推測できていたのだろう。


「……ルミさんがこの家を出ていってしまったのは、すべて私のせいなんです。私がルミさんに甘えなければ。お手伝いをさせていなければ。人の姿を発見しなければ……そうすれば、あんなことにはならなかったんです」

「………」


 どこか遠い場所を見つめるようにしながら言葉を落とす月山さん。

 確かに、月山さんの言っていることは正しいのかもしれない。

 ネコの姿のまま美玖ちゃんのもとで今もずっと幸せに暮らしている未来もあったのかもしれない。


 ……だが、この家を出たことが必ずしもましろを不幸にはしていないはずだ。

 確かにつらいことは山ほどあったかもしれない。

 今日、二人に会うきっかけとなったのも、俺と出会う前までのことがフラッシュバックして不安になってしまったことだった。


 でもましろは今日、自分は幸せだと言ってくれた。俺と出会えたことが幸せだと言ってくれた。もちろん、俺もましろと出会って幸せだと感じている。

 そう思えるのは、それだけ俺にとってプラスになることをしてくれているから。


 何かと気を遣ってくれる性格、なんでもそつなくこなす家事、中でも飛び抜けている毎日のおいしいご飯。

 そして、そんな彼女を作り上げてくれたのはすべて月山さんのおかげなのだ。

 今の幸せな生活が送れていることに感謝すべきは、一にましろ、二には月山さんと言っても過言ではない。


「俺は、月山さんには感謝してますよ。ある意味、月山さんがいなければましろとは出会っていませんでしたから」

「でも、それは……」

「それに、ましろはきっと、人としての生活をしてみたかったんだと思います。月山さんも、そう考えてましろに関わろうとしてくれたんじゃないですか?」


 俺がそう問いかければ彼女は暗い表情のまま頷く。

 ましろは、ネコと人間のハーフだ。野良ネコとして生活する以上、当たり前だがネコの姿のほうが都合がいいだろう。

 でもそれは、ただの都合の話。彼女からすれば、自分の身体の半分をずっと隠したままにしないといけないのは多少の息苦しさがあったのだと思う。


 そして、それを月山さんも何となく察していたのだろう。

 だからこそ、多少強引にましろを誘って、自分の仕事の手伝いという名目で色々なことを教えてくれたのだろう。


「ましろにとって、月山さんと美玖ちゃんは本当に大切な存在です。このことに間違いはありません。そして、俺にとっても二人は感謝すべき人です。ましろを助けてくれて、大切にしてくれて。本当にありがとうございます」


 思い切って月山さんの手を握り、しっかりと彼女の目を見つめて俺はお礼を述べる。

 俺の行動に驚き困惑した反応を見せた彼女だったが、俺の目を見つめ返してから数秒後、少し息を吐いて目を閉じた。


「佐藤さんは、私が思っていたよりお人よしな方のようです」

「それはお互い様だと思いますけど」


 少し挑戦的な視線でそう言い返せば、月山さんは「ふふっ」と誰かによく似た笑い方をした。

 そして、月山さんと握られた俺の手を一瞥する。


「こんなところをルミさんに見られたら嫉妬されてしまいそうですね」

「え。いや、そんなことはないと思いますが……」

「ふふ、どうでしょうね。ひとまずは、私たちも美玖様の部屋に行きましょうか」


 月山さんは丁寧に俺の手を解いたあと、そう言いながらいたずらっぽく笑った。




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