101 ネコ様の隠しごと
三人の再会が果たされてから、ゆっくりと落ち着いて話が出来るまでかなりの時間を要した。
あれから美玖ちゃんが泣きやんでからも、彼女はましろをぎゅっと抱きしめたまま離さなかった。
もちろん俺も月山さんも、そしてましろも、その時間が勿体ないとは思っていない。
ましろは何よりも大好きな美玖ちゃんの腕の中で幸せそうに目をつむっており、俺と月山さんはそれを見守りながら先だって話をしていた。
ましろに関することはもちろん、自分自身について情報を共有する。
相手方からは、ましろから聞いていた話を月山さん視点からもう一度詳細に聞かせてもらい。
俺からは、ましろと出会ってからのことや、今回家に来るまでの経緯などを説明した。
しばらくしてだんだんと美玖ちゃんが落ち着いてきて、そのうちに俺と月山さんの話に興味を持ち始めたので、満を持して本題に向けて話を進めることにする。
「まずは、はじめまして。美玖ちゃん、でいいかな」
「は、はじめまして。それで大丈夫……です」
出来るだけにこやかに挨拶したつもりだったのだが、美玖ちゃんはどこか怯えた様子で目を合わせてくれない。
……いやまあ、知らない男が勝手にあがりこんできたら警戒もするか……。
自分の大切な家族だった存在を我が物顔で抱っこしてきたんだ。複雑な気持ちもあるかもしれない。
「美玖様。佐藤さんはルミさんを保護してくださった方です。危ない人ではありません」
「そ、そう、なんだ……。よ、よかった」
「はは……危ない人、ね」
月山さんからのナイスフォローだったはずなのだが、心にはなぜかダメージが入った。俺、そんなに怖い見た目してるかな……。
とはいえ、確かに見ず知らずの男からいきなり話をされるよりかは、今みたいに月山さんからの言葉のほうが聞きやすいのは確かだろう。
月山さんもそれを理解しているのか、その先の説明を引き継いで話してくれた。
「ルミを助けてくれて、ありがとうございます」
一通り月山さんから説明を受けたあと、美玖ちゃんは俺に向かって深々と頭を下げてそう言った。
つい先ほどまで取り乱していたにも関わらず、丁寧にお礼を述べる彼女の姿に思わず感心する。
これが月山さんの教育の賜物だとするならば、月山さんに対しても感服するし納得も出来る。
なぜなら、その美玖ちゃんの姿がましろにそっくりだったから。同じ師をを持つ同士、ここまでしっかりと似るものらしい。
「そして、ルミさんは今、ましろという名前で佐藤さんと暮らしています」
「ましろ……」
「にゃぁぉ」
美玖ちゃんがその名前を口にすると、ましろがすぐに返事をする。
子供にとっては少し複雑な気持ちになってしまうかなとも思ったのだが、美玖ちゃんはしっかりと受け止めていた。
「別に呼び方を変えてほしいとか、そういうことじゃないから安心してくれ。美玖ちゃんの呼びやすい方で呼んでほしい」
「それじゃあ……私はルミで」
「にゃん」
ましろも多分、それを望んでる。ましろの中でも、この二人の中でも彼女はルミという名前で記憶に刻まれている。
それに、俺としてもルミという名前が、不思議と違和感なく受け止められている。
……美玖ちゃんは受け止めてくれるだろうか、ましろの正体を。
今日の目的は、まずはこの二人にネコの姿で会うこと。そしてそのあと、人の姿で美玖ちゃんに会うこと。
そろそろ、本題に入っても良い頃合いだろう。
「そして、一つ美玖ちゃんにだけ隠してることがあるんだ」
そう切り出して、俺はましろと月山さんに視線を送る。
ましろは、もちろんすぐに頷いてくれて、月山さんもその様子を見て察しがついたらしい。
「隠しごと……? 月山は知ってるの?」
「恐らくは。はい」
不思議そうな顔で月山さんを見つめる美玖ちゃん。
これまで、そんな隠し事をされたことなど一度も無かったのかもしれない。淡々と答える月山さんに対して、少し身構えるようにしていた。
「すみません。これは、私もルミさんから口止めされていたことなので」
「ルミから……?」
月山さんの言動に余計に首を傾げる美玖ちゃん。
俺は、一度美玖ちゃんに許可を得てから、ましろを返してもらう。
そして「ちょっと待っててくれ」と伝えて、ましろと一緒に部屋を出る。
行きと同じように、お手洗いを借りて人の姿に変身したあと、出てきたましろに声をかける。
「心の準備は大丈夫か」
「はい。月山さんにも気を遣っていただいているようですし、私は大丈夫です」
よどみなく答えたましろだったが、言葉にしたものとは裏腹に俺の手を取ってぎゅっと握りしめてきた。
「大丈夫じゃなかったのか?」
「……そう言ったら、どうしますか?」
「一旦帰るってのは」
「ダメに決まってるじゃないですか」
「じゃあ、こうする」
彼女に握られた手を握り返して、そのまま引き寄せる。
そのまま彼女を胸の中に包み込むように抱きしめた。
「……佐藤さんといると、安心します」
「そりゃよかった」
「あと、佐藤さんがすごくどきどきしてます」
「それは言わなくていいんだぞ」
「ふふっ」
少し前の自分では考えられないかもしれない。
ましろのことを大切に思う気持ちばかりが先行して、無意識に自分との距離にも遠慮していた。
それが今では、こんなにも近くに彼女がいる。
そして、ここが彼女の安心できる場所にもなってくれている。
「佐藤さんは、私のことをどう思っていますか」
俺の胸に顔をうずめたまま、ましろはそう問いかけてきた。
「俺はましろが……何よりも大切な存在だ」
「それなら、私は大丈夫です」
俺の言葉を受け取った彼女はすぐに肯定を返してくれて、いつもの笑顔を見せてくれる。
それに対して俺は、少しだけ自分自身に困惑していた。
俺はましろが……。なぜ、そこで言葉に詰まってしまったのか。なぜすぐにその言葉が出なかったのかが理解できなかった。
ましろのことが何よりも大切な存在であることはずっと前から変わらないことで、これまでも何度も伝えてきたことだ。
それなのに、どうして何か「違う」と感じてしまったのか。
そんな心にかかったもやを悟られないように、俺は彼女の頭に手を置いてもう一度ぎゅっと抱きしめた。




