六、引上
「よしっ、みんなビビるなよ」
黒川はそう言うと、甕棺の中に頭を突っ込み、両手を底へと伸ばす。
頭部の髪の毛が触れる。
手がぶるぶると震える。
半ミイラは水を大量に含んでいて、ぶよぶよとふやけていた。
彼は二三度、強張る手で感触を確かめると首を傾げた。
そして両手を離し甕棺から身を起こした。
「これ・・・上げられるかな?」
「えっ?」
「ぶよぶよだよ。奴さん・・・上げた途端にぼろって」
「えっ!」
一瞬にして凍りつく一同だった。
が、みんなにそれを吐露した途端、黒川の気持ちは楽になった。
腹は決まった!
「・・・でも、上げるしかない!」
瞳を最大限に見開き、両手を甕棺内に伸ばす。
ミイラの両脇に両手を滑り込ませると、ゴム手越しからもぬるりとした気持ち悪い感触が伝わる。
「えーい、ままよ!一気にいくぞ!」
黒川は腰に力を入れて全力で引き上げる。
みんなは固唾を飲む。
甕棺からまず頭部が上がる。
目はしっかりと閉じられていたが、一部肉片が欠けていて、骨が露出している。
みんなは言葉を失う。
次に黒色化した腕が上がる。
静寂と化した現場はカメラのシャッターのきる音しか聞こえない。
そこで、黒川の動きが止まった。
「・・・まずい。今、一気に上げたら、奴さんがちぎれそうだ」
彼の言葉に周りは騒然となる。
「ま、マジ・・・ですか」
羽田の今にも泣きそうな声がする。
「本当に申し訳ない。羽田君、俺は足の方を持ち上げるんで、これ変わってくれないか」
「俺が・・・っすか」
「すまん」
「・・・マジっすか・・・」
羽田は完全に逃げ腰だ。
黒川は強い口調で言う。
「奴さんを無事な姿で上げたい!急いで羽田君!」
「・・・・・・」
羽田の足が震えだした。
岬は彼を一瞥すると歩きだす。
「私がするわ」
岬は決意に満ちた表情で、ゴム手袋をはめると、黒川と変わる。
彼女は歯を食いしばって、両脇を抱える。
黒川は頭を甕棺の中へ入れると、両足太腿を抱え込む。
「樋口さん、いこう!」
「はい!」
慎重にゆっくりと、二人はミイラを持ち上げる。
やがて、甕棺からその姿を現すと、白装束に吸った水や、体液らしきものを大量に落としながら、遺物保管用の巨大パンコンテナに収まった。