二、状況
黒川は市役所から車を走らせること、数十分で発掘現場へと着いた。
現場は町外れの人通りの寂しい所にある。
今回は、某飲食チェーン店がこの町にも進出するということで、そこの土地を調査することになった。
ユンボ(ショベルカー)で数十センチ掘り下げると、いきなり近現代墓の遺構が現れた。
遺跡がでると、当然、発掘調査を行なうこととなる。
梅雨の長雨が続き、調査期限も直前に迫っている。
この晴れ間は貴重な一日だった。
発掘調査は期日までに、いかに満足できる調査が出来るかというのがある。
遺跡の規模や内容によっては、延長やその土地の保存なんてこともあり得る。
一方、工事業者にとっては、それは許し難いことであり、きっちり期日まで、場所を渡して欲しいのが常である。
その辺のせめぎ合いや、やりとりが非常に面倒なのだ。
早速、工事業者の城辺が黒川に話かけてくる。
「今日はするんですか、発掘」
「ええ」
「すごいですね。ここ一面、プールみたいになっていますよ・・・ま、頼みますよ、期日までにはお願いします」
チクリと痛い一言だ。
「はい」
「いつも、道楽の穴掘りで、ウチの仕事がシワ寄せにあっちゃうんですから・・・って、失礼」
黒川は城辺の言葉に、少しムッとしながらも、
「その通りですから」
と、大人な態度を見せた。
たしかに傍から見たら、趣味の延長にしか見えてないのではという悲しい自覚は彼にはある。
が、発掘調査の意義を知らずに、業者の目先の気持ちだけでものを言われても困る。
発掘調査を行う以上、しっかりしたものを後に残したいという思いが、この仕事に携わるみんなにはあるのだから。
城辺は「お願いしますよ」と釘をさし、去って行った。
黒川は彼が去っていく背中を一瞥した。
黒川は発掘の為に、調査区の土を脇にまとめてある土山にのぼった。
そこから現場を一望すると、腰に両手をあてて唸った。
ここ数日の長雨で、20~30㎝は水が溜まっている。
城辺が例えたプールとはよく言ったものだ。
「うーん、こりゃ参った。午前中は水あげだな」
黒川は一人そう呟き、真向いの仮設テントへ向かった。
「おはようございます!」
補助員の末崎が、一番深い遺構に水中ポンプの設置を終え動かすと、黒川の元へやって来た。
補助員とは、書いて字の如く調査員をサポートする役割で、待遇は嘱託職員。
それから掘り方さんと呼ばれる遺跡を掘る方々がいる。
「よっ、末崎君おはよう」
黒川は軽く手をあげる。
「黒川さん、テントの中に掘り方さんが集まっています・・・でも、これじゃあ、ポンプがある程度、水を汲みあげるまで時間がかかります」
「まっ、いいさ、掘り方のおっちゃん、おばあちゃんには、水がはけるまで、草むしりや道具の整備をしてもらうさ」
「そうですか・・・黒川さんところで」
末崎は急に真顔となる。
黒川は彼が言わんとすることが、すぐ分かったので頷き、
「ああ、やるよ」
と、答える。
「やっぱり・・・マジですか」
「大マジだよ。僕はホトケさんを引き上げるから、写真の撮影頼むね」
黒川は途端に緊張で顔が強張る末崎の肩を、ポンと叩くと仮設テントの中へ入った。