魔法少女の昼メシ
魔法少女、矢水アキラには妥協しないものが二つある。
怪物退治と昼メシだ。
◆
「いただきます」
矢水アキラは両手を合わせて箸を取った。5月の日差しが降り注ぐ高校の屋上は、アキラだけの特等席だ。
膝に載せたお弁当箱を開ける。明け方にせっせと詰めてきたご飯とおかずが、空腹のアキラを待っていた。
雲のように真っ白なご飯。香ばしく焼かれたウィンナー。ブロッコリーと卵焼きが、彩りという名のアクセント。
すぐさま食べたくなるのをぐっと我慢する。
鞄から取り出したのは、水筒型の保温ケース。中を開けると、まだアツアツの味噌汁が「これぞ日本の味!」と言わんばかりにお味噌の香りを漂わせた。
完璧である。
「ふっふっふ」
好物の卵焼きは冷めても美味しいように工夫してある。噛みしめるとぎゅっと出汁の味が広がって、幸せな気分にさせた。
お味噌汁を挟んで、次はご飯に。汁物以外は冷めているけどそれがいい。お弁当にはお弁当の美味があると思うのだ。
「うん、美味しぃ……!」
アキラは長い黒髪をポニーテールでまとめた、シャープな印象の娘である。容姿の自覚はあるのでお弁当で喜ぶのは恥ずかしいが、だからこその屋上だ。
「昼飯でなにを笑っているピョン」
ウィンナーを頬張ったところで邪魔が入った。
じろりと切れ長の目で横を睨む。アキラが顔を向けると後頭部でポニーテールが揺れた。
「率直に言って怪しいピョン」
話しているのはウサギのぬいぐるみだった。魔法少女になると、一人につき一体、このような人形がついてくるらしい。
本人は可愛いマスコットを自称するが、実態は口うるさいマネージャーといったところか。
ちなみに他の人には見えない。ダッシュで逃げてもどこまでもついてくる。
助かるときもあればうっとうしい時もあった。
「そんなだから友達も恋人もできないピョン」
そして今はうっとうしい。
「昼の時は邪魔しないで」
アキラはしっしっと人形を追い払った。
名前をウサリスという。確かに基本デザインはウサギっぽいが、顔を見ているとリスに見えてくる。さらによくよく見ると、ウサギにもリスにも見えなくなってきて、そもそもウサギってどんな顔だっけ?と見当違いな疑問がわいてしまう。
アキラは必要な時だけ構うように決めていた。
「食事の時には、話し相手が必要だと思うピョン」
ウサリスは言った。
「たとえば、同じ仲間とか」
また始まった、とアキラは思った。
「わたしは一人でやるの」
アキラは孤独が好きなタイプだった。
魔法少女としての能力も、強力で連携を必要としない。秘密が多いせいだろう、クラスでもちょっと浮きがちだ。
自分を周りに合わせるよりは独りがいい。
同じ理由で、寂しい感じはしても広々とした屋上が好きだった。
「でも……アキラはもう高校2年生だから、そろそろ魔法少女の引退が近いピョン。活動履歴は優秀だから、今からでも仲間を作って技術とノウハウの伝承をしてほしいピョン」
「……お、思ったより真面目な事情ね」
「われわれは常に業界全体のことを考えているピョン。大事なことピョン」
アキラはちょっと目を細めた。小言はいつものことだが、ここまで踏み込んでくるのは珍しい。
「……何かあるの?」
「立場を説明しただけピョン」
腑に落ちないもの感じながらアキラはスマホを弄った。この『魔法少女』というシステム、妙なのは今に始まったことではない。
『怪物』という異次元からやってくる脅威に対し、魔法の力で対抗する乙女達。
ふわっとしたイメージしか世間には伝わっていないが、それは情報統制という意味もあるのだろう。基本的に魔法少女の正体は秘密だ。
アキラは小学校時代から戦っていたベテランとして、国やインフラ会社を巻き込んだかなり大規模な仕組みだと知っている。
魔法少女一人一人への対応もシステム化されていた。
イメージとしてはスマホアプリを通したアルバイトに近い。
怪物の場所も何かの連絡も、基本的にはアプリを通してスマホに来る。どうしても働きたくない時は、これまたアプリを使って自分の情報を『活動中』から『休業中』に変えるだけでいい。
「報酬もアプリで来るしね~」
そんな風に食事を中断していると、持ったスマホが振動を始めた。
「怪物だピョン!」
「うへぇ」
「やる気ゼロ!?」
「まだ昼休み中だし」
ウサリスが騒ぎ始めた。
「あーはいはい」
アキラは渋々立ち上がった。指をぱっちんと鳴らす。
「はい変身」
光がアキラの体を包むと、魔法少女の装束をまとわせる。
全身にフリルがついた、青を基調としたコスチューム。
駆け出しの頃は数十秒かけて変身していたが、熟練と共に秒で終わるようになった。アキラの場合、秒で終わるのは変身だけではないのだが。
「あ~。温泉とかマッサージ行きたいよぉ」
「娯楽のラインナップが女子高生とは思えないピョン」
「よっこらしょ」
アキラが召還した武器は、弓。それも長さがアキラの身長を上回る大弓だった。
弓道部が持っている和弓に近い。
ただし太さはペットボトルと同じくらいだ。あちこちに可愛らしい模様があるが、そのゴツさは誤魔化せまい。
「さてと」
アプリで怪物が現れたおおまかな方向を確認する。
「千里眼」
アキラが唱える。と、網膜転写方式で遠く離れた位置にいるはずの怪物の姿が映し出された。
「甲殻型だ……」
カニを乗用車サイズに巨大化させて、一番下の足を無理矢理に引き延ばし直立させる。そんな容姿の怪物だ。
アキラのスキルは次々と情報を映し出す。標的との高低差、風向き、気温、気圧、そして何よりも大切な、正確な距離――
「13キロ437メートルか」
「大丈夫ピョン?」
「ん」
矢を召還し弓につがえる。当然ながら建物があるせいで直接は怪物を狙えない。
直接は、ね。アキラはにんまりと笑う。
「楽勝」
ばつん、と大砲みたいな音がして、矢が大空へ放たれた。
◆
新米の魔法少女、小暮ユウは窮地に陥っていた。赤の装束はところどころ土がつき、破れ、可愛らしいレースは見るかげもない。
「ギチギチギチ」
カニ型の怪物は、口が小さいくせに笑い声だけはいやに不気味だ。
「吾輩は、居酒屋の生け簀で長期滞留した毛ガニの怨念から生み出されし怪物――カニメデ!」
赤い甲殻からにょっきりと突き出した目玉がユウを睨みつけた。
「貴様のか細いレイピアでは、吾輩の装甲に傷をつけることもできぬだろう」
くっ、とユウは唇を噛みしめた。
短髪で、よく日に焼けた運動好きそうな少女である。手には細い剣。普段は勇ましく敵に突きつけられているその切っ先は、今は地面を向いていた。
「いつもなら――!」
違和感はあった。
いつもより力が出ない。スピードも遅い。トドメとばかりに頭もイマイチ回らない。
「もしかして、ご飯を抜いたから……!?」
そう、彼女は昼メシを抜いていた。正確にはエネルギーバーを一本ぱくついて、それで空腹を紛らわせてしまっていた。
「ギチギチギチ! なにを意味のわからんことを」
カニメデがかぎ爪のようになった足を振り上げる。
その時、天を裂く音。
「……なに?」
怪物もユウもぽかんと頭上を見上げる。
「ふごっふっ!?」
カニメデの脳天に、電信柱かと見まごうばかりの巨大な矢が突き刺さっていた。
唖然としたままのユウの目の前で、カニメデはその装甲ごと砕け散り消えていく。
からん、と缶詰のようなものが怪物のいた場所に転がった。
「な、なんなの?」
原因不明。でもとにかく勝利。
「や、やった-?」
歓声をあげようにも盛り上がらないわけで。
空から声が降ってきた。
「やっぱり先客がいたのね」
ふわり、と地面に別の魔法少女が舞い降りる。
直感的に分かった。この人が助けてくれたのだ。
ユウは慌てて頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
「ふぅん」
きれいな黒髪ポニーテールが激戦後の熱風になびいている。新たな魔法少女はユウを上から下まで眺めた。
「新米ね」
ぐっさりと言われて剣を落としそうになった。事実、その通りなのだけれど。
「あ、あはは……こ、今年の3月から始めました、小暮ユウであります! 高1です、その、は、はじめまして!」
「今年の? じゃあまだ2ヶ月ってわけね」
二人で話していると、ユウの足下からのそのそと手のひらサイズのカメが這いだしてきた。
「私からも礼を言わせてください」
これがユウのマスコットだ。カメゾウである。
カメゾウは新たなる魔法少女とユウを見上げた。
「あなた様がいなければ危ないところでした。しかしその弓、その力――あなたがかの有名なアキラ様?」
「えぇっ」
とユウは声を出した。目がきらきら光ってくる。
「一騎当千、最強の魔法少女といわれた、あのアキラ様?」
「これ、恐れ多いですぞ」
ユウは魔法少女という存在そのものに憧れていた。かつて助けてもらった思い出は、おっかけじみた熱意になっている。
次々と情報が思い浮かんで、ユウは夢見るように手を組み合わせた。
「功績ランキング歴代1位! 怪物退治数も当然1位……!」
アキラは無視してカニメデがいた場所に近づいていく。
感激するユウの言葉に知らない声が混ざった。
「あと、彼女にしたくない魔法少女ランキング3年連続1位ピョン!」
「そうそれも!」
どこからか湧いてでた発言にユウは思わず同意してしまった。
かつん、と頭に何かがぶち当たる。
「いたっ」
「馬鹿なことを言う前に、腕を磨きなさい」
ユウは頭をさすって飛んできたものを確認する。
「……カニ缶?」
「こいつが怪物の核ね」
怪物を生み出す怨念は、何かを核にして実体化する。今回の場合、このカニの缶詰が怨念の拠り所となり、あの大カニを産んだのだろう。
原理は謎だが、説明がくることはない。
アキラは油断なく辺りを警戒しながら教えてくれた。
「食品ロスって多いから、食品関係の怨念って多いのよね。みんな残さず食べればいいのに」
食べ物の話を聞くと、ユウのお腹がぐうと鳴った。アキラが眉をひそめる。
「あなた、ご飯は」
出し抜けに聞かれて頭をかいた。
「え、あ、あはははは。実は、お昼ご飯抜いてて」
「それはよくない」
アキラの目が厳しくなった。ただでさえ目付きが鋭いので、見つめられたら穴が空いてしまいそうだ。
「ご飯は大事。とっても大事。その様子だと朝もカロリンメートくらいでしょう」
「う……!」
アキラは腕を組んで仁王立ちした。
「いい? ご飯に妥協しちゃダメ! 魔法は食事でできてるのよ」
「はいそこまでピョン」
突然、ウサギのマスコットが会話に割り込んできた。ふよふよ浮かびながら、二人の間を行き来する。
「アキラ、思いついたピョン」
「なに?」
「この子ピョン! 近くに後輩ができたのも何かの縁、この子を育てるピョン!」
◆
アキラのマスコット、ウサリスはうざいやつだが仕事は早い。
具体的に言うと宇宙にあるという魔法少女の本部に連絡し、さっそくアキラとユウにコンビを組ませてしまった。
昼休みの話からして、おそらく予定していたのだろう。伏せていたのはどうせ反発するだろうという読みからか。
アキラとしては迷惑な話だが、今まで一人でやってきた分、後輩も育てろと言われたら、まぁ、素直に従うべきなのだろう。魔法少女の数は少なく、怪物は多いのだから。
結果、アキラはユウの家でフライパンを洗うことになった。
「まさか一人暮らしだったとはね」
殺風景な1LDK。女の子の部屋というより独房だ。
「め、面目ありません……」
ユウはベッドの上でぐったりとしている。
朝ご飯も昼ご飯も少ない状態で、あれだけ動いたのだ。アキラは激戦後のユウを家まで運んでやり、ついでに昼食を作ってあげることにした。
昼食を中断したため、お腹にはまだ余裕があるし、少量を一緒に食べてもいいだろう。それに魔法で戦う時には体が強化されるせいか、かなりのカロリーを消費するのだ。
ベッドに突っ伏したまま、ユウはぽつりぽつりと語り始めた。
「親同士が、その、上手くいっていなくて。親戚の家にも居づらくて、ここで一人でやってます」
複雑な家庭環境のようだが、アキラからすぐに問いかけるのは憚られた。
「……そうなの」
一言だけ応じて、アキラはゴシゴシとフライパンを洗い続けた。
ちらりと部屋の隅にあるゴミ箱を見やる。エネルギーバーに、菓子パンの空き袋。トドメとばかりに宅配ピザの空箱まで、分別もせずにゴミ箱に突っ込まれている。
境遇はさておき、根本的に生活力にも問題があるようだ。これでは戦う前に体を壊す。
アキラはぴくぴくと眉を震わせた。
「……少し待ってなさい」
冷蔵庫には作り置きのご飯があった。レンジで温め、その間に卵を割ってほぐしておく。
「ネギ――はあるわけないか」
「というか野菜の類いが一つもないピョン」
やむなく魔法の力に頼った。アキラの家の冷蔵庫から、ネギを召還する。
魔法少女の契約を結ぶと、私的な空間からであれば物質を召還できるのだ。
「……先輩、もしかして、料理を」
いつの間にか先輩と呼ばれていた。確かにそうだが、くすぐったい。口元が緩んでしまうくらいには。
「今は寝てな」
昨日スーパーで買ったネギを刻み、半分はタッパーに入れてユウの冷蔵庫に入れてやった。
「さて」
コンロ、強火。
洗ったばかりのフライパンに、油をしき、まずは卵を投入した。油と一緒にふんわり混ぜて、できるだけ細かく固まりになるように。
「できました?」
「まだよ」
卵の匂いでベッドから身を起こす後輩にいらっとする。
次はレンジで温めたご飯を投入。フライパンを振りながら、ぱらっとするように炒めていく。ここでネギも投入だ。
「先輩、できま――」
「まだっ!」
半身を起こしていたユウが、アキラが手に持っているものを見て目を見開いた。
カニ缶である。
「……それ、まさかっ?」
ユウが慌てて駆け寄ってくる。
アキラは得意気にお玉を振った。
「さっきの怪物の核になっていたやつだけど、賞味期限は問題なし。食品ロスの怨念から生まれた怪物。その核になっていた食品は、捨てるよりも、食べた方が供養になると思わない?」
「いやいやいや」
ユウの涙目の奥には、先ほどのカニメデが笑顔で手を振っているのかも知れない。アキラは無表情のままカニ缶を皿にあけ軟骨を取り除いた。
「あれ倒した後でよくカニ食べられますねっ? っていうか、やです、これで完成でいいじゃないですかぁ~!」
「ダメ」
アキラはカニをフライパンに投じた。
きらきらとした切り身が、香り振りまきフライパンにイン。
「ああ! ああ! あああああ!」
うるさい後輩は無視。
この料理は、最後まで気を抜けない。ご飯がぱらっとしているのを確認してから、アキラは器に盛り付けた。きれいな半丸形に形を整えるのを忘れない。
「……完成。魔法少女式、カニチャーハン!」
ユウはしばらく複雑な面持ちでご飯きらめくチャーハンを見つめていた。
「すごく、おいしそうっす」
「当たり前でしょう」
アキラはさっさと食べ始める。ユウも我慢できずにスプーンを手にした。
カニチャーハンはなかなかの出来栄えだった。
アキラは口元をほころばせてしまう。ごま油をからめたご飯と、カニの身が口内で二重奏を演じるのだ。
後輩の反応が気になって薄目を開けてみれば、ぽろぽろと涙をこぼしていてさすがにぎょっとした。
「おいしぃ……! おいしいぃよぉ……!」
「そ、そんなに言わないでも分かるわよ」
引き気味のアキラに構わず、ユウはすごい勢いでカニチャーハンを頬張り始めた。
「誰かのご飯食べたの久しぶりで……! でもこんな美味しいなら……次はマグロの怪物がいいかも……うへへ」
ぼそっととんでもないことを言っている。現金なやつだ。
いい機会なので、アキラは休息の大切さを説くことにした。
「いい? 毎日の料理は、わたし達の体を作るの。さっきも言ったけれど、魔法は料理でできてるのよ」
「へぇ~なるほど~」
ユウは気のない返事。
まぁいいとアキラは腹をくくった。この部屋を見た時点で、なにをせねばならないかは分かっていた。管理栄養士志望をなめるべからず。
「わたしね。けっこう色々なところに飛び回ってたのよ。でもその内、無理がたたって、死にそうなほどボロ負けをしてね」
「は、はぁ……」
「お休みが足りなかったのね」
アキラはインスタントの玉子スープを飲んだ。温かいものはほっとする。
「だから私は休息に妥協しない。あなたも、せめて食べ物はいいもの取りなさい。朝は体温が下がってるから、温かいお茶か、できればお味噌汁飲むだけでも違うから」
くどくど言うアキラに、ユウは目をぱちくりさせていた。
手がかかりそうな後輩で、アキラは早くも疲れて頬杖をついた。けれども、どうしたことだろうか。おバカを叱りながら食べるチャーハンは、自分一人でつまんでいた昼食よりも、美味しく感じた。
◆
「それで、たまにご飯を作ってあげてるピョンか」
日課になっている屋上での昼食をこなしながら、アキラは頷いた。
「だって、あの状況じゃ力出して戦えないじゃない。あの子も朝に味噌汁くらいは飲むようになったわよ」
「ふむ……ウサリスは、それ以外にももっといい影響がある気がするピョン」
なによ、と問おうとした折りだった。
スマホが振動する。
「来たわね」
スキル、千里眼を発動。見る間に新たな怪物の姿が網膜に映し出された。
プロレスラーみたいな巨体で両手に棍棒を握っている。注目すべきはその頭だ。
「魚……?」
まさかユウが望んだようにマグロの怪物が現れたのか。しかしよくよく目を凝らせば、頬に走るイエローのラインはブリの特徴である。大衆魚ということは、また食品ロス関係かもしれない。
「やるか」
「待つピョン!」
ウサリスが慌てて止めた。
「……ユウが戦っているみたいピョン」
確かに、アキラの視界には戦うユウが映し出されている。足取りには力がある。レイピアで鋭い突きを何度もくり返しているようだ。
「……敵は魚人型か」
体は人間で、頭が魚。どうしてここ最近海産系が多いのだろう。
「マジカル国防省が早速判定したピョン。驚異度はAピョン」
「ちょっとあの子にはきついかな」
弓を召還し、矢をつがえる。
これで手を離せば矢は解き放たれ、遠く離れた怪物を穿つだろう。打ち上げた矢は曲線の軌道を描き、標的に空から突き刺さる。
それが最適解ではある。アキラは独力でありとあらゆる怪物を倒してきたのだから。
でも。
「……昨日の夜は、二人で食べた。昼にはお弁当」
先程まで見ていたスマホには、ユウからのメッセージが届いていた。彼女は割と素直なタチで、アキラを真似して自分で弁当まで詰めだしたのだ。
最初はご飯と梅干しだけで閉口したが、今はきちんとなっている。
炒めた豚肉には元気を作るビタミンB1。またタンパク質は脳のやる気物質セロトニンに欠かせない。パプリカとナスには体を守るビタミンA。熱に弱いビタミンCは、オレンジで補っている。
「考え得る限り、最高の献立よ」
素直なよい後輩をアキラは信じることにした。
「あんたの全力、見せてみなさい!」
スキル『千里眼』が見せる網膜転写方式で、後輩の戦いを見守る。
◆
ユウは自分の全力に驚いていた。
足が動く。頭が回る。まるで翼が生えたようだ。
「よく動く娘だ」
怪物が憎らしげに言う。ユウは口元を引き上げた。
「当然よ、マグロ魚人!」
「BWRYYY! 俺様はブリの化身、ブリダイコーン様だ!」
そう言って半魚人は手に持った棍棒を振りかざす。棍棒の先端に、青々とした葉っぱが見えた。
あれはなんだ。
見慣れた姿。スーパーにあった。白くて、固そうで、特売で――。
はっとした。
「大根じゃん!」
「魔界製超硬度大根、折春根よ」
今まさに棍棒(大根)が魔法少女をとらえようとしたその時。
ユウの足が動いた。
後ろ足から踏み込み、レイピアを突き出す。繰り出された無数の斬撃が棍棒(大根)を切り刻んだ。
「なんと。カニメデの装甲以上の硬度を持つ、この棍棒が……!」
「ごはんをしっかり食べたもの!」
「それしきのことで!」
ユウは首を振る。先輩は一緒にご飯を作ってくれて、そして休日には一緒に食べてくれた。
きっとそれが、こんなにも戦意を沸き立て、心と足を軽くしてくれているのだ。
「BWRYYY! 食いちぎってくれる!」
「食いちぎる……?」
ユウはさらに踏み込み、レイピアで半魚人の脳天を貫いた。
「もっといいものを食べなさい!」
レイピアを天に向け、勝利のポーズ。新米の危なっかしい勝利を、遠くからは大弓を背負った魔法少女が見守っていた。
◆
それから数日後。
アキラはいつもの屋上で、弁当箱を開けていた。
「もうあの子のところにはいかないピョン?」
「必要ないでしょう。後は、勝手に自立していくわよ」
そう突き放したはいいけれど、ふと魔法少女の気配を感じてアキラは箸を止めてしまった。
「……あのバカ」
遠くから、魔法少女で飛んでくる。彼女は屋上に辿り着くと、変身を解き、着地した。
小暮ユウは悪戯好きな笑みを見せてくる。
「もう一人でやるって決めたでしょ?」
「確かに、でも」
ユウは言った。
「お昼ご飯は、二人で食べた方が美味しいと思いまして!」
勝手にしろ、とアキラはため息をついた。ユウは早速アキラの隣に腰かけ、自分の弁当を広げる。
「……あなた、まだ自分で作ってるのね」
「はい! 美味しいお弁当は工夫しがいがあります」
「いい心がけ」
「先輩の薫陶であります」
静かだった屋上が少しだけ騒がしくなる。けれどもなぜか、不快なものではない。
「いただきます」
「いっただきます!」
いつもよりちょっとだけ騒がしくなった屋上に、二人の少女の声が重なった。