魔法少女も修学旅行へ行く
「―――お客様の中に、魔法少女の方はいらっしゃいますか?」
空の旅だった。スチュワーデスさんが、そんなことを唐突に言い出したのである。清潔感あるグレーの上着を身に着けた彼女は、この旅客機の客室乗務員。私は、そんな彼女の発言を聞いて、すぐには受け入れられなかった。
……聞き間違いだろうか。
私たちの中学の修学旅行、その行き先はサイパンだ。
青い海に囲まれた常夏の島。
そこで過ごす三泊四日を、クラスのみんなは楽しみにしていた。
この日はついに日本国外に飛び出した、旅の初日。
飛行機に乗った私たちは太平洋をひとっ飛びだ。
前略お母さん、いま空の上です。
間藤中学校二年二組の私、春風若葉は空の上にいます。
今日という日の、いやこれからという日の修学旅行のために。
同じクラスの子たち、全員も今は空の上。
数えるほどしか乗ったことのない、ジャンボジェット旅客機に搭乗しています。
行き先が海外であるという事は、現代の修学旅行ではそこまで珍しくもなくなりましたが、それでもいくらか緊張していた。
日本から離れてしまって―――そう、日本の領空にはもういない。
生徒の多くは機内でのお喋りにも飽きてしまったようで静かだった。
一部の男子生徒は元気なようだけれど。
少し離れた前の席で、肩より上だけが見えている―――何かを話している様子だ。
逆に寝息を立てている子もちらほらといるようで。
何人か、こくりこくり、舟を漕ぐ。
スチュワーデスさんが皆の前に立って、言う。
「―――お客様の中に、魔法少女の方はいらっしゃいますか?」
同じ言葉だった。
どうやら先ほどのあれは聞き間違いではなかったようだ。
私はその発言に言いようのない不安を抱いて、少し固まったあと、隣の渡良瀬ちゃんに視線を向けた。
彼女もまた、私のように困ったような顔をしていた。
囁くように、若葉ちゃん………と、名を呼ばれた。
どうしよう―――というような顔である。
「―――お客様の中に、魔法少女の方はいらっしゃいますか」
同じ発言。
スチュワーデスさん、二度目の発言だ。
という事は何かの間違いでなく、確かな意思で行ったのだろう。
この時には二年二組の面々、クラスのほぼすべての生徒が、彼女の動向を注視しているようだった。
動向と言うか、奇行というか。
皆が注目するほど、常軌を逸していることは確かである。
ずうん―――飛行機に衝撃が走る。
床が、ゆっさゆっさ、ゆれる。
機内が揺れるのを感じてまず地震を思い浮かべる。
軽くパニクって、飛行中の飛行機が地震に巻き込まれるわけがないということに思い至るのに、時間がかかった。
「な、なに―――、地震じゃあないよね、これ………?」
「地震って!おいおい―――ここは飛行機だぜ?」
ずうん、とまた機内が揺れて、狙木くんの頭部がゆらり―――とする。
原因が何なのかはわからないけれど、飛行機が揺らされていることだけはわかる。
地震じゃあないにしても、何か誰かに、意図的に揺らされているんだと、そんな気だけはした。
目がまわるかもしれないと思ったけれど、まだ大丈夫だった。
けれどこの状況が、何を意味するのかまだわからないままだ。
「雷だ」
「雷………?今のがかよ」
「すいませんスチュワーデスさん!どういうことですか!?」
男子のうちの一人が声を上げた。
「魔法少女がいなければいけないのです。彼女の力が必要………悪の組織から攻撃を受けています。魔法少女に出てきて戦えと、かれらはいっています。」
「あ、悪の組織………!」
再び衝撃が、機内に走る。
「攻撃を、受けています、悪の魔怪人組織、『スゴ・クメーワク』から」
「はぁああ!? なんでだよ!」
もともと騒がしかった男子たち。
何人か騒ぎ出す。
なぜ今こんなことを。
いま修学旅行だぜ、と。
だが文句がもっとも過ぎてこればかりは反論できない。
皆が楽しみにしていた旅行を、ぶち壊しにするつもりなのだろうか。
先生も大声を張り上げて、静かに!落ち着いてみんなと声をあげる。
わたしも、出来るかぎり反応を見せないように頑張って座っていた。
悪の組織スゴ・クメーワク。
この宇宙のどこにあるとも知れぬ悪の秘密組織で、魔法少女を倒すために大量の魔怪人を送り込んでくる正体不明なあいつら。
私の敵。
私たちの敵。
悪の組織にして魔怪人の巣窟にして世界征服をもくろむ秘密結社。
多くは謎に包まれているけれど、魔法少女である私を倒すために毎回怪人を送り込んでくる仇敵である。
ただ―――よりにも寄って修学旅行を狙ってくるだなんて。
完全に無防備な空の上で。
そうだ―――!
(ラクール―――ねえ、ラクールあなた、今は出て来れる?)
(わかったラ。どうやらあの女性は、魔法少女を御望みだラ)
ぽむん。
もくもくと、煙と共に空中に出現したラクール。彼、もしくは彼女はマジカルマスコットだ。
まるまると太った兎のような見た目をしている。
(どうやら何か困ったことがあったみたいだラ)
(やれやれ、しかし気になるのは―――どうして魔法少女が乗っていることに、気が付いたのか、ラ)
(そうね………)
正確には、まだ私を名指しされたわけじゃあないのだけれど、機内の様子からするとこうやっていつまでも座っていられるわけじゃあない。
機外から、敵が―――《《あいつら》》が攻撃を仕掛けている。
上空を飛ぶ飛行機にまでちょっかいを出せるとは思っていなかったけれど
(どうしよう、ラクール………)
(このままではみんなが危ないラ。いまこの飛行機は太平洋の上だラ。ここで問題が起きれば大変だ、緊急事態と言ってもいいラ)
そうだ、この機の、何部屋かに分割されているらしいこの部屋には、私たちのクラスの子しかいないけれど。
機内の別室も含めると、学校の二学年―――間藤中学校、二年生全員が乗っている。
その子たちが危ない。
学年中がまとめて危険にさらされている。
もしもこの飛行機に衝撃が与えられ続け、機体が上空で壊されてしまったら―――!
いや、計器類がなにかひとつ、故障してしまうだけでも大変だ。
状況が最悪であることは、素人考えでも明らかだ。
落ちたらそこに陸地は無く、太平洋。
海の上―――。
(いざとなったらキミが戦うしかないラ。だから準備しておいてね、若葉)
(………うん、わかったよ)
私は決意を固める。
春風若葉。
私は魔法少女だ。
間藤中学校二年二組の女子生徒の一人だけれど、学校が終わると生徒ではなくなる。
部活動に夜遅くまで打ち込む、というでもない。
学校とは、別の顔を持っている。
悪の魔怪人と何度も戦っている魔法少女だ。
でもなんでだろう―――何故スチュワーデスさんが、私を名指ししたのだろう。
春風若葉。
私という、魔法少女を。