2-5 詐欺師
新興宗教の教祖と同じ学生タレントが、大学にもう一人居る。美醜で言えば美しいとは思うが、名前は知らない。どこかで話をした記憶が微かにある程度の人物。
秋も深まり冬の声が聞こえだした頃、食堂に居た俺の所にその女が取り巻き共と一緒に押しかけてくるまで、俺には無縁の人物、そう思っていた。
「貴方どうする気なの?」
彼女達の御高説曰く、彼女を妊娠させておきながら知らぬ存ぜぬを貫き通す私は、金持ちの鼻持ちならないドラ息子で、下半身魔神の屑だそうだ。
中々に興味深い御高説だ。どうやったら1度も性交渉をしたことの無い相手を妊娠させられるのか?是非とも、科学雑誌に論文を出して欲しいものだ。
「だから、どうする気なのか聞いているのよっ!」
事実無根であったとしても、対処を間違えれば大火事になる。噂は1日千里を走る。嘘であろうと悪意のある噂の場合は、特にね。
その日の内に両親に報告し、顧問弁護士にも相談した。調査も始めている様だが、流石に1日で調査は完了しない。
義弟経由で船団側でも調査しようか?という話があったが、とりあえず今はそれは止めている。
噂に流され、あからさまに距離を置く者、素早く相手側に与する者、変わらぬ者。そして、自分は正義だと過信する者。
「あんた、本当に屑ねっ!」
自分が正義だと妄信している人間は、第三者から見て異常な行動であっても行いを改めることはない。なぜそうも人の事を絶対悪の様に、悪し様に罵れるのか?
友人達が座っている事で、あいつ等は机の向こうからしか罵れない。まさかの友は真の友。困った時の友こそ本当の友。何とありがたい事か。
若干1名、状況を全く理解していないのも居るが、置いておこう。
「ごめんなさい。貴方に迷惑をかけるつもりはなかったの。だけど友達が暴走して……こんなことに」
この生物は何を言っているんだろうか?お前が原因なのはバレバレだろうに。
昨日の今日なのに、女の取り巻き共が、俺と女がホテル街に消えていったとか、見てきた様な嘘を熱心に周囲に布教する始末。その行動力は関心するよ、本当に。
「ここまで皆に知られたらどうにもならないと思うの。迷惑はかけないから、認知だけしてくれたら良いから」
こいつは、新種の生物?亜人か何かか?人の頭部に見える構造物には何が入っているんだ?認知?ここまで堂々と嘘を貫き通す姿は感動すら覚える。
「いい加減、認知ぐらいしなさいよ!たった1回だろうが何だろうが妊娠させたんだからっ!男でしょ!それとも何?そこの、横に座っている売れないタレント女が怖いの?」
「あの日に一緒に居た写真もあるんだから!諦めなさいよ!」
「あんたも、この男の事なんて諦めなさいよっ!そんな風に、空気も読めない、状況判断も遅いからTVに出れないのよっ!」
なぜそこまで、嘘、全くの捏造話を根拠に、上から目線でものが言えるのだろうか?自分達が、絶対正義、だから何を言っても良いと思っているのか?
「ねぇ?貴女もこの人に、そう言ってくれない?」
おいおい……あんたらつい先ほどまで、こいつを売れない等なんだのとこき下ろしていたよな?自分達の行動には誰もが賛同するとでも思っているのか?
「あれは何者?何が起きているの?」
「いや……まぁ何だ。説明すると長くなるんだが?」
「しろ」
あいつ達の言う「たった1日」とは、俺の自宅で綾香が徹夜で課題をしていた日、いや違う、正確に言えば、俺が課題をやり、直ぐに寝落ちしようとする綾香を俺がしばき、綾香に必死に写させていた日だ。
証拠と言っているタイムスタンプ付きの写真とは、あの日、俺が買い出しに出たときに繫華街で出会った時の写真だ。
写真を見せられて思い出したが、なぜ写真を撮るのだと思っていたのを思い出した。このための写真だとはね、中国のハニトラも真っ青だよ。
アリバイがあるじゃないかって?馬鹿を言え、綾香と徹夜で課題をしてましたなんて言えるか。
やましいところは全くないが、今回みたいにスキャンダルは捏造される。綾香は末席とはいえ、タレントだ。下手にスキャンダルを捏造されるだけでも命取りになると思って黙っていた。
説明を聞いた後、呆れかえった表情を浮かべ、盛大にため息を吐いた
「じゃ、とりあえず今日は帰ろう。で、明日のお昼は食堂に集合で」
お前?状況分かってるか?いや、お前、流石だなぁ……。周囲からの刺すような視線で、友人達が挙動不審な状態で周りを見まわすなか、全く動じないのな。
「なぁ?それ何?」
友人達と居る食堂の一角に、あいつが遅れて現れた。その姿を見て嫌な予感しかない。こいつの事をそこまで知っている訳じゃないが、こいつ……身長200mくらいの猫を被ってた?
「ヘルメットに、プロテクター。バイクに乗るなら必須」
「いや……そういう事じゃなくて」
「あ゛?」
「あ……すみません。大丈夫です。えーと、ほら何だよ、スクーターでも着けるものなのか?そのプロテクターとかいうものは?」
「スクーターじゃない。オンロード250cc」
「そ・そうなんだ。やっぱり白とか、そんな感じの色の?」
「違う。黒、ホイルリムだけ赤」
周囲の友人から話続けろ、この雰囲気を何とかしろという懇願する様な視線に負けて会話してるけど、もう……限界。な・何か話題を探せ俺!頑張れ俺!
「そ・その首に巻いてるのは何?」
「バフ」
そう言って、鼻が隠れる程度にバフを引き上げて見せてくれたが、蒼い骸骨模様だよ!骸骨!お前、綾香じゃないな!いつものあいつは何処だよ!
遠くの方で「雪月亭!」とざわめきあ上がっているが、何だろうか?
纏う雰囲気が、何時ものふんわりとした雰囲気とは異なるあいつに、何故か友人一同でビビッている中、何故か勝ち誇った顔を浮かべた女と取り巻き共がこっちにやってくるのが見える。
ああ……やめろお前ら、今日のこいつは何か違うんだ。
「貴女さぁ!いい加減諦めなさいよっ!この男はね!もうこの娘のお腹の中の子供の父親なの!分かってる?!」
「あら?何かしら?売れない詐欺女と詐欺師の仲間達が何の用かしら?」
ほらみろ……、童顔だけど、こいつは本当はこういう奴だったんだよ。何でこうも当たって欲しくない予想は当たるんだ?
それ以上は止めろと視線で訴えたが、チラっと睨まれて終わった。
私は祖母との約束を違えるつもりはない。私が証言すれば、事実無根の言いがかり受けている友人を助ける事が出来る。
スキャンダルは命取り?こんなことで無くなる仕事なら、それまでの縁。
「後ろ指をさされるような人にはなっては駄目」
だから、見捨てない。今日の私は鉄騎兵。退かない。
「証拠というのは、その日時がある写真ですか?」
「そうよっ!証拠もあるの!」
「本当に、その日なんですね?」
「そうよっ!あんたもさっ!いい加減にしなよっ!」
「なら、嘘ですね。なぜならその日は、、雅史は私と一緒に居たから」
「なに嘘言ってるのよっ!私と居たのよっ!あんたと一緒に居るわけないでしょ!」
「嘘を言っているのは貴女でしょ?この詐欺師」
ふたりの言い争いに皆、耳をそばだて、妙に静かになった食堂に、綾香の声が止める間もなく響き渡る。
「ありえないから。だって、雅史と私は朝まで一緒にに居て、翌日そのまま一緒に大学に行ったんだもの」
朝まで一緒にの件で食堂は大騒ぎだ。タレントのスキャンダルと騒ぐ奴等、スマホで動画を取り始める奴等。嗚呼……本当に糞ばっかりだ。
そんな奴達を冷めた目で見まわすと。
「あの日は、課題を手伝ってもらっていたから」
なぜ、お前はその大事な部分を最後にする……。此処に居る友人達は事情を知っているから誤解しなかったが、周りは大誤解していたぞ?
「あれ?居ないな?」
いきなり集まって来た有象無象に、綾香が説明している間に、あの女と取り巻き共の姿は消えていた。
その後は、小説やTVドラマにありがちなドラマチックな二転三転もなく。潮が引くように、騒動は静まり、再び忙しくも楽しい学生生活が始まった。
「この日に、飲み会あるんだけど、来ないか?」
「先約があるんで無理だ」
幾人かが手のひらを反す様に、再び擦り寄って来たが、それをすんなりと許してやるほど俺は大人じゃなかった。
そういえば、あいつが週に何度かは、バイク通学する様になったのは、あの後からだったな。
「飲み会の誘いを断るのに都合が良い」
何とも色気の無い理由だと思ったが、見ていて思った。お前、実はバイクに乗るのが楽しいだろう?
あの女や取り巻き連中は、暫くは遠目に食堂で見かける事もあったが、俺達の近くに現れることはなく、学年が変わる頃には見なくなった。
「これも、不思議な縁と言うべきなんだろうな」
親の七光り、親の引いた線路を走る。色々揶揄される。気にならないと言えば嘘になるが、気にしても仕方ない。
直系オーナ一族の俺は、メディア部門のグループ会社に就職した。異常な速度で出世していくのも既定路線。
飛び越される諸先輩方は内心面白くはないだろうが、これがオーナ一族が君臨する大企業というものだ。
綾香は近年急速に成長しているうちの放送局に、今、俺が居るこのラジオ局に番組枠を持っている。何とも不思議な縁か。
不思議と言えば、週1回の綾香の番組。街で見かけたストリートミュージシャンや、売り出し中の新人アーティストをピックアップする、これが不思議な程に原石を見つけてくる。
そうじゃろう?苦労したからな。お主等、一向に進まんからな。少しはお膳立てせんと進まんじゃろ?