2-4 エスプレッソ
「なんでだろうね?」
気づいた時には、私達は持ちつ持たれつになっていた。
「なんでだろうな?」
何の疑問も抱かず、付かず離れずの腐れ縁を続けてきた。何かの作為か、偶然の積み重ねか?今更、もうどうでもいい。
「「いつから、つるむようになったんだっけ?」」
どんな小さな集団にも、自分が中心でなければ我慢できない、そのためには平然と嘘をつき、人を陥れ、周囲を扇動する事を躊躇しない者が現れることがある。
自分より幸せそうだったから、自分より良い生活をしているから、奪い取られた相手が悔しさに歪めた顔を見て愉悦に浸りたかったから等々。理由は色々有れど、どれもこれもくだらない理由。
お金や、物や、体で、返礼に目が眩み、そんな人物に協力する者達も居る。面白そうだからと、見て見ぬふりをする者達も居る。
私は、心が欠けているけど、そこまで堕ちたくはない。
「行ってきます」
夏休みはどうしてたって?遊びに、仕事にと、忙しかったなんてことはなく、仕事は1・2回。後は雪月亭でアルバイトしてた程度。
小旅行でロマンス?何それ異国の新しい食べ物か何かかしら?
何が有ろうと、無かろうと季節は廻る。再び学業にアルバイト、そして仕事と何かと忙しくなるかな?
ま、別に予定がある訳でもなし、忙しくても何とかなるでしょ。
学生の本文たる学業に勤しまねば落単する、落単それ即ち、再履修。それは避けなければならない。
故に私は歩みを進めなければならない。私はじゃんけんに負けたのだから、行くのはやぶさかじゃない。けどね、「予定調和」、「彼氏なんだから聞きやすいでしょ?」は、誤解も甚だしい。
どうにも一部の友人、知人達の誤解が大きくなっている様な気がする。雅史は彼氏でも何でもない。単なる友人、相互防衛の同盟相手。
あいつは御曹司で、そこそこイケている容姿で、そこそこ頭が良い。何か腹立ってくるね。喧嘩売ってんのか。まぁ、今は置いておくとしよう。
私は、少し童顔方向に赤方偏移しているけど、手前味噌とは言えそこそこの容姿。ほんの少しだけど、CMやTVに出ている所謂、学生芸能人。
それ故に、知人・友人を装っている輩から集られたり、利用しようとされたりすることは多い。
似た者同士の私達は、いつの間にか至極当然の様に、学食では近くに座り、彼は私の、私は彼の下にやってくる輩をいなし、相手を守る様になった。
恋愛感情なんかじゃない、同類相哀れむ。ただ、それだけ。
周囲には、そんな私達の行動は、恋人同士が相手を誰から守るための行動に見えたのだろう。人は見たい結果しか見ない。訂正してもどうせ信じてくれない。そんなことよりも、今ここにある危機を打開するのが先。
「お願いがあるでござる」
「何だ?藪から棒に?」
「雅史様、昼食1回でどうでありましょうか?」
課題提出は明後日。何とかせねばならないが、私は全く理解できない。一般教養の選択科目とはいえ、なぜこんなものを選択したのだろう私は……。
友人達は、役に立たない。なぜなら私と同じく、お手上げ状態だからだ。私達は鳩首会議の上、助っ人を確保することに決めた。
突っ張るだけでは駄目、引き際を見極めることが大事。未来に繋げるために頭を下げるなんて、安いものよ。
今此処でこいつに膝を屈するのは屈辱じゃない。未来のため。業腹だけど、背に腹は代えられない。
夜の街路に敵が現れた。どうしますか?【戦う】【逃げる】
綾香と雅史は【逃げる】を選択した。残念!回り込まれてしまった。
「雅史……あんたまさか?」
「雅史?!あなた何をしているの?!彼女は……中学……高校生?!」
「違うわっ!」
徹夜になるかもしれないので、空いているカラオケボックスを探していたところ、買い物から帰宅中の雅史のお母さんとお姉さんに出会った。
盛大な誤解から始まった出会いは、何とか回避できたようだけど、バス停のWeb広告と私を交互に見比べるのは止めていただけないでしょうか?雅史のお母さんとお姉さん。
「ごめんなさいね。高校1年生くらいに見えたから、雅史がなにやら犯罪行為していると思っちゃったのよ」
何人かが、綾香に気づきだし、あれ以上あそこに居ると騒ぎになるのは確実。母さんと姉ちゃんを何とか宥めすかし、タクシーに全員で乗り込み、帰宅。そして今に至るわけだが、よしそこの馬鹿母、良い根性だ。
「映っている広告の娘と一緒じゃない?とか、TVで見たことあるかもって。もう驚いちゃった」
「で、思ったのよ。この馬鹿に、貴女みたいな良い彼女出来る訳ないじゃないって。あははははは」
よし、そこの馬鹿姉、ちょっと話がある。表に出ろ。
結局のところ、なし崩し的に雅史の家で課題を行う事になった。勿論、部屋ではなない、リビングでだ。
確かにこの場所は、女性の身には安全ね。しかし、しかしだ、時々注がれる探る様な視線の雨を除けばという条件がつくけれど。
まぁそりゃそうだよね。資産狙いのハニトラを警戒するよね。家族にしてみれば、いきなり息子、弟が連れてきたどこの馬の骨とも分からぬ女だもの。雅史は腐れ縁、ただそれだけ。そもそも、住む世界が違うもの。
「安心して欲しいんだけどな」
「ん?何か言ったか?」
「ん?!何も言ってないよ?」
如何なる苦渋を嘗めようと、如何なる屈辱をも忍び、恥辱に塗れても、明日のために我慢しなければならない。頭を下げる事で人は大人になる。
「……本気で分からんのか?」
「本気で、分からんでござる」
「ええい!貸せ!俺が解いた方が100万倍速いわっ!」
答えが記載された課題を持って帰るのが私の使命。友人達の希望の光なのだ。私は、屈辱に耐えなければならない。
「なんで、これが分からないわけ?馬鹿?いや、馬鹿だろうお前?」
ちくせう。ブラインドタッチ出来ない癖に。後で絶対に泣かせてやる。けど、今は我慢だ。友人達の希望を背負っているのだ。
私はなぜ……なぜあの時、チョキを出したんだ。
驕れるものは久しからず。盛者必衰の理をあらわす。何か例えが間違っている気がするけど、多分気のせい。きっと、そう。
「うらぁっ!ちょっと買い出しに行ったら、なにお前だけ寝ようとしとるんじゃぁ!とっとと飲めやぁ!」
「カフェイン剤を!せめて、カフェイン剤おぉぉっ!」
「やかましいわっ!エスプレッソもカフェインじゃぁ!飲んで目を覚ませやぁっ!」
おのれブルジョアジー、家庭にコーヒーマシンだぁ?エスプレッソも出来ますだぁ?ちょっとあんたが買い出しに行った間だけ、目を閉じてただけじゃないかよぉ。くおぉのぉ、立場が上なのを良い事に……覚えてろぉ。
「雅史のあの態度はどうかしら?あれじゃぁ、彼女に振られるんじゃないかしら?」
「彼女じゃないって言い張ってるけどねぇ。怪しいよねぇ。あの雅史が家に連れて来てまで守ろうとしたものねぇ」
「調べる?」
「それは、もう少し待ちましょ」
私の目の前には鬼畜がいる。いや、悪魔か?
「マグカップサイズのエスプレッソなんて飲んだら、死んでしまいます」
「黙れ。誰のせいだ?あん?課題終わってないの誰だ?飲んで、とっとと書き写さんかいぃっ!」
「うわーん」
ちくせう。今だけだ。今回だけだ。次は私が上の立場になってやる。今に見てろぉっ!
あの時、もう少し注意深く見まわしていれば、狂った目で此方を見ている女が居た事に気づいた筈だ。
「綾香神様じゃ。綾香神様じゃ。皆の衆崇めるのじゃ」
今、俺の目の前で新興宗教が生まれた。じゃねぇよ。その課題やったの俺だろうが、綾香じゃねぇよ。こっちを崇めろよ、お前ら……。
というか、お前も両手を挙げて応えてるんじゃねぇよ、綾香。教祖かお前は。
「ん?なんだ?」
まぁ気づいたからといって、その後の展開が変わったのか?といわれると疑わしいが、少なくとも、驚きの余り固まってしまう事は無かった筈だ。
確かな事は、あの時、彼女でも何でもないこいつの課題を手伝いの為に、なぜ俺は今から徹夜するんだと思いつつも、ああ、腐れ縁だから仕方ないかと独り納得して、課題を手伝うと決めた自分自身を褒めてやりたい。
であろう?感謝せいよ?お主はあ奴を助けてくれたしの。少しばかり幸運のおすそ分けじゃ。
しかし、ほんに手のかかる奴等じゃの。ま、あやつもああ見えて、大概、強情じゃしの。
私は、人より幸運だと思う。だけど、人生は幸運だけでどうこうなるものじゃない、努力が必要。けれど、努力しても駄目なときは駄目だし、どんなに願っても得られぬ望みがある。
大学1年の夏休みに、私は天涯孤独になった。
「人に後ろ指をさされる様な人間になっては駄目」
祖母との約束を、私は違える気はない。
「馬鹿でしょ貴方?人はね、残酷なの。妬み僻みは怖いのよ?人が堕ちていくのを見れるなら、それが嘘だろうが、捏造だろうが関係ないの。
自分が目立てるなら、何だってする人間なんてごまんと居るの。それに協力する人間もごまんと居るの。
将来あの会社の重鎮になるんでしょう?見ず知らずの人が笑顔で馴れ馴れしい態度で近づいてきたら、疑うことを覚えておかないと駄目よ」
あの後直ぐに綾香に言われたこの言葉は、今でも胸に突き刺さり忘れてはいない。