2-3 ちょっとした悪戯
「よし、居る!」
このバイクか……。まずは証拠写真撮ってと。さて行くぞ。
当人の意図に関係なく、他人からすればそれは目印だというものがある。例えば、雪月亭の表に止めてある赤色のリムの黒の中型バイクは、私がその日のシフトだという印。
そんな話が世間に広まっているなんて、私は全く知らなかった。藍郷老夫婦に若夫婦、そして他のバイトさん達は何度かお客さんに聞かれて知っていたらしい。
そこは当人にも教えるべきと思うよ、みんな。
「いらっしゃいませ。ジョージさんとマキさんのテイクアウトです?」
「あー、今日はゲストさんの分も入れて、4つ。で、種類は……」
開店早々に入ってきたのは、ジョージさんの番組スタッフ。平日もよく買いに来ているらしい。スタッフという仕事も、大変だなぁ。
「すみませんマスター、今日はちょっと頼みたいことが……」
「なに?頼み事って?」
「テイクアウトの写真を番組のHPに載せて欲しいという要望が多くて、写真を載せたいのですが、よろしいでしょうか?」
「うちの店の?いや……載せてもらえる方がこっちもあり難いけど、いいの?」
「大丈夫です。それと写真でもうひとつお願いが……」
「もうひとつお願い?番組聞いた何人かに割引とか?」
「いや、割引とかじゃなくてですね。綾ちゃんがテイクアウトを持った姿で載せたいんですよ。いや……その……あのすみません。ジョージさんが言い張って譲らないもんで」
「らしいけど、綾ちゃんどうする」
なんで私なのか分からないけど、別に構わないの返答したら、スタッフの人が腰が壊れたのかと思うくうらいに何度も「ありがとうございます」と言いながらお辞儀してくる。
社会人というのは、あちらこちらに、それもこんな高校生にまで頭を下げないといけないとは……。なんて、大変なんだろう。
そういえば、骸骨模様のバフで顔の下半分を隠し、バイクの横に立っている写真も撮っていったけど、何に使うのだろう?需要ないと思うんだけどなぁ?業界の人達の趣味は良く分からないなぁ。
番組HPのお店の名前と伴にテイクアウトの写真が載ったからか、お客さんが増えているらしい。うん。それは良い事だよね。適度な繁盛はお店に良い筈だし。
それの余波なのかなぁ?土曜日だというのに、今日は混んでる。テイクアウトのお客さん、特に男性のお客さんが増えている気がする。
「お待たせして申し訳ございません。今、テイクアウトは時間がかかりますが宜しいですか?」
「オーダーを先にお伺いいたします」
昨日までは混んでも外のベンチに座って待っている程度だった。なのに今日は、立って待つお客様が出てきている。綾ちゃんが外で応対しているが、焼け石に水だなこれは。
写真が掲載されたらお客様が増えるかも?というすけべ心があったのは、確かだ。それは否定しない。しかし……、ここまでになるのは予想外だ。私の見通しの悪さが招いた大失態だ。
はぁ……、嘆いていも仕方ない。早くオーダーを作らないと。お客様を長々と待たせる訳にはいかない。
「すみません瑛莉さん、中を全部任せてて」
「大丈夫、大丈夫、綾ちゃんだって外を捌くの大変でしょうに」
「テイクアウトが何故、此処まで増えるんですかねぇ?やっぱり番組HPの影響でしょうか?」
「んー。それは違うと思うなぁ」
何が違うのか、瑛莉さんに聞いたら、生温かい目で見つめ返された。解せぬ。
季節が夏に近づき、晴れの日中は流石に辛いと感じる時期になると、お昼のテイクアウト混雑も無くなった。そりゃそうだ。この暑い中、外で並ぶなんて嫌だよ。お店には悪いけど、少し喜んだ。
陽が陰り、少し涼しくなると、なぜだか又人が並びだした。単に涼しくなる夕方にその混雑がシフトしただけだった。
外に並んでいるお客さんを捌いているとき、視線を感じるときがある。何だろう?と思って見まわしても、誰も此方を見ていない。ただ、妙にスマホやカメラでお店を撮っている人は増えた気がする。
お店には悪いけど、一寸お洒落な程度のお店を撮って何が楽しいのだろう?テイクアウト待ちの人の応対をしている私が写って邪魔だろうに。
ところで、日曜日はこんなにも混まないらしい。世の中、早々都合よく進まないことを学んだ。人生は厳しい。
ふむ。ちょいと悪戯くらいしても許されるじゃろ。あいつ等への嫌がらせにもなるしの。まさか、あ奴等が使った生業を使ってくるとは思うまい。いやぁ愉快じゃ、愉快。
「今日は、CUBEの摩利さんがバイトしていたお店、雪月亭に来ています。ところで」
「やっぱり、気になります?」
「気になりますよ。この娘も、何処かのグループのデビュー前の娘か何かなの?」
「それが、この娘は、自分は単なる高校生、単なるバイトと本人は言い張ってます」
エスカレーター式万歳。内部推薦進学も確定した高3の冬、前に協力してもらった対価として、今度TVに少し映る事になった。
映るといっても、摩利さんと他のCUBEメンバーが雪月亭に来るので、その際にバイトをしている子として映るだけ。今日ではなかった筈。うん。確か。
2次会か何かの貸し切りと思いやっていた片付けが終了した頃に、摩利さんがCUBEの他のメンバー、私でも見たことのある女性アナウンサー、撮影スタッフと共に突然現れた。
私へのドッキリのため、何も知らされていなかった私は、撮影しながら入ってきた彼等にもの凄く驚き、固まってしまった。
芸能人って綺麗だなぁ。人は人に見られると綺麗になるというけれど、TV等で露出の増えた摩利さん達は、どんどん綺麗になっている。摩利さん、元からそうだったけれど凄いなぁ……。
うん、現実逃避はここまで?というか、何で私は一緒に立たされてるんだっけ?
「ありがとうございました。では、お先に失礼します」
スタジオのワンピース姿とは打って変わって、プロテクターを装着した颯爽とした姿であの娘が帰っていった
なんだろう?最近はウルトラ童顔の女性はバイクに乗るのが流行っているんだろうか?
どこかのバンドのひとりもバイクだった様な気がするんだけど、気のせいに違いない。
さて……、次は3週間後、前期試験の後か。学業優先の約束だから仕方ないとはいえ、大学入学と共に、顔出しOKとなってからあちらこちらから出演要請があるので、調整大変なんだよね。
顔が見える様で見えない、あのCMの評判良かったしね。こうなったら良いなとは思っていたけど、いざこうなると大変だわ、これ。
「音楽と出かけよう」
ほんの30秒程度のふたつのパターンのWeb広告
ひとつめは、停めたバイクに跨り、ヘッドフォンをした女性の後ろ姿。僅かに俯くように少し横を向いた顔は、髪の毛と影に隠れて良く見えない。白黒の画面の中で、青色のヘッドフォンが浮き上がる。
ふたつめは、右手で緩く鼻と口元を隠して目元だけを見せる、赤いヘッドフォンをした笑っている女性。白黒の画面の中で赤いヘッドフォンが浮き上がる。
スキップされることが多いWeb広告の中で、最後まで閲覧された件数が多い稀有な広告。BGMも良いけれど、映像も良いからだと自負している。
番組のニューファイアーに何を推薦するか、番組のHPをみてその方向性を確認しようとした自分、偉い!何の気なしに過去画像も見た自分は、何て偉大だったんだろう!
自分を褒めてやりたい。あの時、今しかないと上司に直談判した私を褒めてやりたい。そして、それを認めてくれた上司の英断にも感謝したい。
今は顔を完全に出すことは出来ない。大学に入るまでは、完全な顔ばれは避ける条件。我慢だ、我慢。所属を確保出来ただけで、万々歳。
実際の所、あのTV放送のお陰でばれてはいる。放映された顔と、Web広告の目の形が比較され特定されている。けれど、公式にはばれていない。
若干無理があると思うけれど、他人のそら似、そっくりさんで押し通したのは、良い想い出だ。
あのTV番組の放映前に撮影が終わっていたWeb広告を、放映直後に配信できた幸運。あの娘は本当に運が良い。そして縁を得られた私達も、何て運が良いのだろう。
じゃろう?我に感謝せいよ?お主。
「あれ?綾ちゃん帰っちゃったの?!番組中に食事に誘ったの本気だったのに。頼むよぉ、マネージャーならさぁ、そこのところ分かるだろう?」
「誠に申し訳ありません。またの機会ということで」
「ま、いいや。さてと誰に連絡しようかなぁ?」
仮にあの娘が、未だ居たとしても、はぐらかして帰ってたね。確実に。
最初に雪月亭で連絡先を渡してから暫くして、初めての面会場所は、会社の中の打ち合わせコーナー。
総合受付経由で私を呼びだして、本当に所属しているか確認してから面談する用心深さ。それも、うちの会社に所属するCUBEの摩利という付き添い付き。
後日、彼女達のマネージャーで、後輩でもある佐野から謝りながら説明されたが、CUBEの他のメンバーもばらけて座っていたらしい。
何かあれば飛び掛かるつもりだっらたらしい。おれは詐欺師か何かかと疑われていたらしい。失礼な。
ともかく、高校生とは思えない、異様に用心深いしっかりした娘。そんなあの娘が、女遊びで有名なあなたの誘いに乗る訳が無いでしょうに。
「ここ、良いかなぁ?」
学食で友人達と居ると、横や前に座ろうとする男子が増えた気がする。別に私の予約席じゃないから、自由に座れば良いじゃないと思うのだが、何人かはその顔をみると辟易する。
君は、溢れんばかりの欲望を隠しきったと思っているんだろうか?この人の頭は大丈夫なのだろうか?
まぁ、友人達は男子とのコネクションが増えるので喜んでいるみたいだけど。
「今週末も有るんだよね。楽しみだなぁ。伊集院君も来るんだよね?」
今日も無駄な挑戦をしている馬鹿共が居る。なぜあいつ等は気づかないんだろう?一瞬あの娘が嫌がっている雰囲気を出していることを。
まぁ、俺も人の事は言えないか……。どいつもこいつも
「雅史!雅史って!お前も来るよな、週末?」
「……ん?!ああ、行く!行く!当然じゃん」
こいつらが俺を呼ぶのは、俺の金目当てに群がって来る馬鹿女達と適当に遊びたいから。伊達に中高とこいつらと一緒だったわけじゃない。
こいつらだって、良いところのお坊ちゃんだが、言い方はわるいけれど、俺は頭ひとつ飛びぬけている。客寄せに使うにはうってつけ。
この女達の頭の中は玉の輿に乗る事だけ。夢を見るのは個人の自由だから止めはしない。けれど、金の事しか考えていない、将来のセレブ生活しか見ていない君達は対象外だ。
浅い付き合いならお手の物。大学生活がそこそこ楽しく過ごせる程度の友人関係は構築できている。そんな無味乾燥な?ボッチよりは良いじゃない。
「あのグループの今週末も飲み会やるんだねぇ」
「坊ちゃんグループだっけ?あの娘達も?」
「ちゃうちゃう、あれは玉の輿狙いのお嬢様達。そんでもって、本気の坊ちゃんは伊集院君だけ」
この娘達は気づいていないんんだろか?あの伊集院君とやらが時折見せる、心底から嫌そうな雰囲気を。まぁ、私には関係のない世界だ。
「ここ、良いかなぁ?」
おや、また凝りもせずに別の奴がチャレンジか……。嫌なら嫌と言えば良いものを。ああ、周りの女子が嫌がってないのか……。あいつもあいつで大変なんだな。
「ご苦労だねぇ」
「ご苦労だな」
偶然、友人達と離れ丼物の受け取りレーンで隣り合った時、思わず発した同じ言葉。我が友、雅史との出会いだ。そしてこの後、意気投合した私達は話が進み。なんてことはなく
「お前、友達いないだろう?流石タレントだな、演じるのはお手の物だな」
「あんたもね。流石、お坊ちゃん、人を騙すのが巧い」
と続き、双方が丼物を相手にぶちまけようかと、一触即発になりかけた。ドラマティックでもなんでもない出会い。腐れ縁の始まりなんて、そんなもの。