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3.空蝉(仁村2)

 本社の人事部長になった私に()びを売る人間は腐るほど居る。

 そんな私に()びることなく、昔と変わらない友人としての態度を崩さないこいつは、私にとってかけがえのない同期だ。

「馬鹿だから、区別つけられないんだよ」とあいつは言っているが、あいつがそんなに器用な人間じゃないのは分かっている。

 これ以上あの屑から目を付けられない様にと、助言するしかできない。私は、なんて無力で、役に立たない人間なのだろう……。

「で、なんだよ。泣きそうな顔をしながら現れやがって、出向しろってか?」

「いや、違う。違うんだ。出向とかじゃない。あのな……あのな仁村。お前な……、お前がな、これから出世することは、無いんだ……」

「……。分かっているけど、面と向かって言われるのは、流石に(こた)えるなぁ。まぁ、何度も試験に落ちているから、受験も、もう認められないってことなのか?」

「いや、受験を認めないとか、そんな話じゃないんだ」

「なんだよ?要領を得ない奴だな?じゃぁ何だ?」

「お前の試験結果はな、全て修正されているんだ。本当は何年も前に合格しているんだ。だが、上が、あの糞役員とその腰巾着(こしきんちゃく)が、お前の結果を修正して、毎回、不合格にしてるんだ……」

「はぁ?!なんだよ、それ!あいつ等の恨みを買う様なことなどしてないのに、なんでだよ?」

「俺も分からん。分からんが、(ねた)みだと思う」

 その先の、佐川の説明は(にわ)かに信じられるようなものじゃなかった。自分が空蝉(かうつせみ)とか、いうもので、会社と富をもたらす者で、その富を分かち合う者で、その分かち合うというのが、妬ましくて、嫌がらせを長年続けているものだった。

 何だ、そのオカルト話は。本社の出世競争に疲れてメンタルやっちまったか?佐川?とおもったが、佐川に、プリントアウトした捏造された試験結果票を見せられそして、本社の極一部だけに配布される申し送り書類を見せられたら、納得するしかなかった。


「お前……こんな物、俺に渡して大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。と言うより仁村、これを何部もコピーして、誰にもばれない様に保管しろ」

「なんだよ、いきなり?」

「馬鹿やろう、こんな無茶苦茶してきた奴等だぞ?(ねた)みの感情を(こじ)らせて、今度は、捏造(ねつぞう)書類で解雇(かいこ)してくるかもしれない。あいつ等は、それくらいやりかねない」

「保険、ということか?」

「そうだ、保険だ。何かあったらこれを役員全員にメールで送りつけて脅せ!俺は未だ力が無い。本社の人事部長って言ったって、派閥の力学でなったようなもんだ。あいつ等にはまだ対抗出来ない。今は、これくらいしかお前にしてやれない。すまん……」

「気にすんな。お前は、俺に教えてくれた。そして保険をくれた。要はお前が偉くなるまで、生き延びろってことだろう?」

「すまん……すまん仁村。おれに力が無いばかりに」


 ほう?我が身を危険に(さら)しても助けようとする者も居るとはな。自分でも思っている通り、単なる保身じゃが、保身であろうとも、助けようとするだけでも良きとしよう。

 こやつには、少し手を差し伸べてやろうかの。


「あたっ!あたっ!あたってる!」

 あの日、あの時、何の気なしにコンビにで買った宝くじは、私と私の家族が別の世界の扉を(くぐ)るための鍵になった。

「ほう?今度はこれの新しいシーズンが配信かぁ……。どっちを先に見るかなぁ?あ、でもその前にこのゲームも……」

 夢に見た、悠々自適(ゆうゆうじてき)の退職生活。思っていた程には楽しくはないけど、思っていた以上に退屈じゃない。年甲斐(としがい)もなく、日がな一日ネット三昧(ざんまい)。まぁ、悪くはない。

 ストレスが無いわけじゃない。会社生活という意味でのストレスは無くなったけど、会社という背番号を背負わなくなったことで、会社員という信用も無くなった。世間的には私は無職なのだ。けれど、そうであっても、前よりはマシだ。

 私と同じ様に直ぐに退職した妻も、自分の人生を楽しんでいる。今日もなにやら、スポーツセンターにママ友とお出かけしているが、文句を言うつもりはない。

 今まで散々苦労をかけてきた、別に家の事を(おろそ)かにしているわけでもないし、彼女が自分の人生を楽しむのを邪魔するつもりもない。


「だから!君は何なんだ!」

 ひとり、なにやら先ほどから(わめ)いているが、それ以外の輩は、私を無言で見つめるばかり。私の事を戯言(ざれごと)とでも、思っていたのだろうな。

 確かに私の見かけは、幼子(おさなご)にしか見えぬからな。私を軽んじたくなる気持ちも分からんではないが……。

 それにしても、何とも愚かな者達よ。約定(やくじょう)を破っても何も起きぬから、約定(やくじょう)など稚児(ちご)戯言(ざれごと)と高を(くく)っていたのだろうな。

 なんとも愚かな、道を正すかと思い待ってやっていただけというに。

 されど、空蝉(うつせみ)への、これ以上の不義理は許せぬ。

 もはやこの店に富が訪れることはないが、約定(やくじょう)を破った(おの)が行いを悔やむがよいわ。

約定(やくじょう)を破りよったな?ようも、まぁ……やってくれたものよ」

「ま!待ってくれ!誤解だ!こいつが、福本が勝手に!」

「効く耳は持たぬ。約定(やくじょう)を破ったおぬしらに分け与える富はない。富を分かち合えぬおぬしらに、かける情けなぞない。富は空蝉(うつせみ)共に去る。空蝉(うつせみ)が味わった、苦しみ。その何倍も味わうが良いわ」

 馬鹿な奴等よの。一瞬の人の世での欲に目が(くら)み、永劫(えいごう)の富を捨て去るとは。


「今日は何にします?日替わり定食ですかねぇ?」

「お前、いつもそれだなぁ、主体性がないっちゅうか」

「自分だってそうでしょうに、何を言うやら」

「おいおいおい……。マジか……」

「部長どうされました?」

「いや、ニュースを見てびっくりして」

「ニュース?」

 突然、仁村が退職すると連絡があったときは、慌てて理由を問いただしたが、会社理由じゃないと聞いて、ああ良かった、あいつは逃げ切ったと、安堵した。まぁその後、個人的にも怒涛(どとう)の人生になったので、仁村の事など暫く忘れてしまったけど。

 手前味噌だが、私はこの業界では、精度の高い人事考課システムを作り上げた人間として、少しばかり名が売れていた。まぁ、これも仁村の一件に気づいてから、必死になって少しでもと罪滅ぼしの意味で頑張った結果だったんだが。

 それはさておき、仁村の退職から暫くして、競合の満島製作所から転職の誘いがあった。

 正直迷ったが、仁村も退職し、そして、何より執行役員の福本に、その腰巾着(こしぎんちゃく)で仁村をいびっていた、井上が大きな顔をしている会社に嫌気がさしていた私は、すぐさまその誘いに乗った。

 今思えば、大胆な行動だったけれど、今はその大胆な行動に感謝している。

 まさか、こうなるとはね……。因果応報(いんがおうほう)とは良く言ったものだ。


『……大手のひとつ、横浜製作所が、本日倒産しました。負債総額は560億円近くにのぼると見込まれています。横浜製作所は1部上場で、従業員数1万5千人近くの大企業であり、この倒産による、連鎖倒産の……』



 はてさて、別の空蝉(うつせみ)も酷い目にあっていないか見てみないといけないの。

 いつまで続くか分からぬが、この約定(やくじょう)が全て破られ消え去るまで空蝉(うつせみ)を守り続けようかの。友との約束じゃしの。


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