羨ましいやつ
「21号よ」
ひどく偉そうに性格の悪い女は呼びかけた。
「あんたは己の姿が見えていない」
そう言われて21号は「まあここでは実体がないからね」と自分の透明な姿を見回す。
「実体じゃないならなんなの?」
「だから心の一部…みたいな?」
「ねえ、あんたさっき人が好きじゃないとか馴染めないって言ってたけど、がっつり馴染んでんじゃん。
馴染んでるどころか今は人と一体化してんじゃん、心が」
このセリフには21号驚いた。
ほかの精霊内の人格たちも。
ただリーダー格のやつだけは平静だったけれど。
「言われるまで気づかなかった?あんたがっつり人と馴染む力があるじゃん。ただ馴染むだけじゃなくて仲間と協力してリア充のイケメンを不幸にするほどの呪いの力を手にしてるじゃん。
つまり、あんたらは烏合の集じゃなくて同じ共通点を持ち同じ目標のために力を合わせるという学校教育、もしくは現実社会で最も尊ばれる能力があるということじゃん」
「ふんぎゃっ」と精霊の何人かの人格は驚いて変な声をあげた。
「あ、あんたたちも俺ら友達いないし〜ひと嫌いだから〜とか思っていた口?自分と他人の境がないくらい心が寄り添っちゃってるのに?」
精霊たちはタジタジと冷や汗をかいたが、その中の一番太ったやつが反論した。
「そんな人を陥れるのに心を合わせからって褒められたもんじゃないし、別に俺ら友達じゃないから」と。
性格の悪い女はクスッと笑って話を続ける。
「なに言ってんの。
あんたら実際21号のために一生懸命汗かいてるから。
私のことを様づけで呼んだり、食料調達したり、調理したり。
仲間である21号がロージーちゃんと結婚する方法を教えてもらえるようにと。
これを友情と呼ばずしてなんと呼ぶ!」
ううっと21号は泣き出した。
そして何体かの人形が合体したような精霊の姿は少し小さくなった。
「嘘つき女よ、今仲間が何人か消えた。友だちができないことに悩んでいた者たちかが。」
「いいことじゃん。
自分も人と寄り添えるってこと気づいて、ひねてた心が実体に戻って行ったんでしょ?」
「ずいぶん偉そうに語るが…
もしここにいる全員の魂が浄化され元の場所に戻ってしまったら、イケメン二頭身の呪いは永遠に解けなくなる。
それでもよければあんたのご高説を続ければいい」とリーダー格のやつが言ったのを聞きパッと二頭身の顔色が変わった。
あ〜二頭身、そりゃ困るわな。
このままで暮らしていくみたいなことを言ったけどそれはこいつらを思いやってのことだろうし。
なんかこのリーダー格のやつだけが年齢層違うような気がするな〜
ほかのやつは多分十代二十代だと思うけどこいつは…
「ねぇ、リーダーっぽいあんた。
あんたは一体何才なの」と私が尋ねたら「アラフォー」と答えた。
アラフォーかぁ。
それがなにか?みたいなシニカルな態度がそこそこかっこいいじゃん。
おじさま好きの派遣のカナちゃんならコロッと落ちちゃいそうな…
こいつは女にもそこそこモテ、十分上手に世の中を渡って行くタイプの男だよね?
「ねえ、リーダーっぽいの、あんたは何に対しての不満があっここにいるの?」
「…」
「まあ、言いたくないならいいや。
周りから上手くやってるみたいに見えてるやつだって悩みや僻んだ心はあるもんね…
うん、まず21号問題を片付けちゃおう。
るるるるるる、21号こっちにおいで」
「や、僕は北キツネじゃないから」
21号はベソをかきながら性格の悪い女の方に向き直った。
「ねぇ、あんたはどのくらいお父さんの会社に勤めたの?」
「六ヶ月」
「と、いうことは…
あんた今30だから約8年間家にこもってるの?」
「まあ…コンビニ行くくらいかな外に出るの。
あと、お母さんに付き合ってデパート行ったりコンサート行ったりもするけど」
「ビックリ!
お母さんあんたを連れ歩くの?」
「そんなに驚く?」と21号が言うと「驚く驚く」と精霊内から複数の声が上がった。
「いや、うちの親なんか我が家のガンみたいな目で俺を見てくるし、それが嫌だから俺は家族が寝静まってからしか下に行かないよ?」と一人の精霊が言う。
うちもうちもと何人かの精霊が相槌を打つ。
その精霊たちに向かって性格の悪い女は言った。
「あんたらニート率高いんだね。
ね、あんたらの中で21号のこと羨ましいと思う人手をあげてー」
しゅたしゅたっと多くの精霊の手が上がった。
「ほら、21号.みんなあんたが羨ましいって」
「はあ…」と21号は訝しげに首をひねった。
ふぅっとため息をひとつつき、性格の悪い女は言った。
「あんたお勉強はできるんだろうけどほんとに世間知らずでおバカな男だね。
正直、30にもなって働いてない息子を堂々と連れ歩く母親なんか世間にいないって。体裁悪くって。
そうやって連れ立って歩くってことはあんたの母親はあんたのことを恥ずかしく思ってないってことだよ?」
「はぁ…」
「そういった母親のあんたへの愛情が正しいものかどうか私にはわからないけれど、あんたが愛されていることには間違いない」
「そんな大袈裟な…
親が子供を愛するのは当然と言うか…僕一人っ子だし」
そう言った21号の言葉に精霊内から反論の声が上がった。
「なんか21号って恵まれ過ぎてない?!」
「色々羨ましすぎる!」
「ちょっとズルくない?!」
などと。
「21号、あんた頭もいいし、親金持ちだし、ニートやっていても親に疎まれてる節がない…それだけでもみんな羨ましがると思うけど…」ここまで性格の悪い女言った後に精霊達の大合唱が起こった。
「一番羨ましいのはロージーちゃんみたいないい娘と同じクラスになれたことだ!!」
性格の悪い女も言った。
「私も同感だよ。恥ずかしがり屋でろくに会話も成立しないやつに話しかけ続けてくれる子なんて滅多にいないから」と。
けれど少し疲れてベッドに座って話を聞いていたイケメン二頭身は「いや、私は優しい母親がいるのが一番羨ましい。
私の母親は早くに亡くなり、継母と乳母に育てられたので」と言った。
ザッとそこにいた全員の注目が部屋の隅、ベットに腰掛けているイケメン二頭身に集まる。
「どんな人間にも欠けているところは必ずあるのだよ、森の精霊達よ。
それは一見完璧に思える私にも。
私は人生の欠けた部分は我慢しようと思う。
こんな姿になってしまったことも含めて。
でもやはり意に染まぬ妻とくらしていくのは嫌かも知れない。
欠けたものへの欠乏感より不必要なものを背負う苦しみの方が大きそうな気がするのでな。
うん、たとえ元の姿に戻れるとしても冷静になってみると私はこの性格の悪い女と結婚することはできないなぁ…」
宙を見つめそうつぶやいたイケメン二頭身に対して精霊達は「そうでしょうとも…」と深く頷く。
性格の悪い女は、あーあ、こいつら私のことを完全否定してるよぉと思いながら何かしらの絆が生まれちゃってる精霊と二頭身を交互に眺めた。