クリスティーヌちゃん
「え?何?この子イライザちゃんじゃないの?!」
二頭身の意外な呼びかけにびっくりして素っ頓狂な声が出てしまった。
そしたらクリスティーヌちゃんとやらに、にらまれた。
彼女は私をにらんだあと二頭身に向き直って話し始めた。
「シャール様…おいたわしや…そんなお姿になられて…
私は知らなかったのですが、シャール様は密かにお城出入りの靴磨きのイライザと結婚の約束をしていたのですね?
シャール様が行方不明になった後のイライザの異常な落ち込みを不思議に思った公爵家の三男のノア様が彼女からそれを聞き出し、その事実を皆が知るところとなったのです」
二頭身はそれを深刻な顔をして聞き「そうか…それで彼女は今?」とクリスティーヌちゃんに尋ねた。
「えっと、あの…言いにくいのですが、もともとイライザを気に入っていたノア様が彼女を慰めてるうちにとても親密な仲になり、先月二人は結婚したのです。
国では『靴磨きの娘の玉の輿物語』という題の小説まで出て、イライザは国中の女の子から羨ましがられております」
そう言ってクリスティーヌちゃんは恐る恐る二頭身の顔を見た。
私もなんとなく憚りながら二頭身を見た。
そんでもって精霊たちも遠慮がちに二頭身を見た。
意外なことに二頭身は心底ホッとしたような顔をしていた。
結婚を約束していた女の子が他の男と結婚してしまったというのに。
「そうか…そうか…
イライザはあっさりした娘だったからなぁ。
新しい恋を見つけケロッと私のことは諦めたのだな」と言いながら彼は天を見上げた。
その拍子にでかい頭の重心が狂って少し後ろによろけた。
よろけながらも二頭身は明らかに喜んでいた。
彼女に今の姿を見られずにすんだことを。
彼女が新しい幸せを掴んだことを。
そして彼女が自分のことを思い出だす時は元の姿のままであろうことに。
ふむ。これは恋人は失ったけど男のプライドは保てた…ということに安堵してるのかな。
ん、ところで…
「ねぇ、こんな深い森に二頭身を訪ねて来たクリスティーヌちゃんていったい何者?」
そう尋ねたらクリスティーヌちゃんは「私はフラン王国(二頭身の出身国)の社交界の花なのです」と答える。
あークリスティーヌちゃんてば自分でそういうこと言っちゃう系?
私はちょっと残念に感じてしまったのだけれど、森の精霊たちは彼女を眺め相変わらずニタニタしてる。
ほんと、かわい子ちゃんに弱いね、あんたたち。
「いやいや、そういうことじゃなく二頭身…えっとシャール様?との関係性を知りたい」
この私の問いに答えたのは二頭身だった。
「クリスティーヌは私のストーカー的存在だった。
あ、言い方が良くないな、失礼。
彼女は私の熱烈なファンだった。
何度告白を拒んでもへこたれずつきまとってくる」
精霊たちはそれを聞いて、はあ?っという顔をした。
怒り、というのか僻み、というのか妬み、というのか…まあそんな感情がごちゃまぜになった顔。
そうだよね。
こーんなかわい子ちゃんに付きまとわれるって男の子の夢だもんね。
それを無下にする二頭身に言い知れぬ嫉妬を感じるわな。
「ねぇ、二頭身はなんでクリスティーヌちゃんを受け入れなれなかったの?イライザちゃんはクリスティーヌちゃんよりもかわい子ちゃんだった?」
「いや、容姿的には全然クリスティーヌの方が魅力的だ。
だが私は彼女の粘着質なところが苦手だった。
イライザのようなあっさりした性格の娘が好みだったのだ、が」
「が?」
「いや、なんでもない」
二頭身は慌てて私から目をそらした。
あー
あーわかるよぉ〜二頭身!
天下御免のイケメンで人気者だった時はうざっと思っていたけど、自分に会うためにこうして来てくれたクリスティーヌちゃんのぼろぼろの姿見てほだされちゃったんでしょ?
結婚を約束していた恋人は自分のことをサクッと諦めて、チャッチャッと他の相手と結婚しちゃったのにクリスティーヌちゃんだけは自分のことを想って危険を顧みずこの森の奥深くまで探しに来てくれた…
今、彼女の愛情をひしひしと感じちゃってるんでしょ。
も、一瞬で好きになっちゃったよね?クリスティーヌちゃんのことを。
だけど、だけど今の自分はおぞましき妖怪の身、いまさら彼女をどうすることもできない。
ああ、悩ましきこの心!
二頭身の心中を思いやりくうっと唇をかんだ私を見て「何変な顔してるんだ?もともと変な顔だけどー」と言ってきた精霊に「うるさい、あんたらは黙ってな」と返す。
そうしたら「え、私たち何にも言ってないけど…」とクリスティーヌちゃんはきょとんとした。
クリスティーヌちゃんには精霊の声が聞こえてないみたい。
よかったね、精霊たちよ。
呻くようにかわいい、かわいいと言ってる声を気持ち悪がられずにすむぞぉ〜
彼女にはお前らの不気味な姿も見えてないわけだから、心ゆくまでデレデレするが良い!
「ふははははは」
「シャール様、性格の悪い女様はどうしてしまわれたのです?いきなり怒ったり笑ったり」
「気にするな、彼女はもともと変なのだ。
それよりクリスティーヌ…お前は私のこの姿が不気味ではないのか?
森の精霊に呪いをかけられたこの姿が」
この会話を耳にした私や精霊はドキッとした。
来る、きっと来る、この物語のクライマックスが!と予感して。
「意外と平気。
だって私はシャール様のお顔が大好きだったから、そのお顔が大きくなって得した気分!
なんなら森の精霊にもマジ感謝!」
まるでギャルのようにそう言ったクリスティーヌちゃんの言葉は明らかに強がりだった。
頰がヒクヒクしてたからね。
滑稽な姿になってしまった二頭身に対する彼女の思いやりに私はすっかり感動してしまった。
クリスティーヌちゃん、この化け物を前によく…
「うおおおお〜クリスティーヌちゃん!ええ子やぁ!!!!!」
なーんて精霊も大声で叫んでる。
うん…結婚、させてやりたいなぁ。
クリスティーヌちゃんと二頭身を。
だってクリスティーヌちゃんてばこんなに二頭身のこと慕ってるんだから。
でもクリスティーヌちゃんにはしつっこさは感じられても、性格の悪さは感じられないから、彼女と結婚したら二頭身の呪いは解けず一生このままってことになっちゃうなぁ…
なんて考えていたら、静かに、とても静かに二頭身が私に語りかけてきた。
「性格の悪い女よ、頼みがある。
森の精霊とともに彼女をこの森から出る案内をしてやってくれ」と。
それを聞き「いやっ帰らない!私はシャール様と結婚してこの森で暮らすっ」とクリスティーヌちゃんは大きな声で叫んだ。
そんな彼女を見てかわいいっかわいい〜って精霊たちは言い切れない。
あ、21号もみんなと一緒に唱和している。
ほうほう、ロージーちゃん一筋と言うわけではないんだね?
「クリスティーヌよ、私にかけられた呪いはこの性格の悪い女と結婚しなければ解けないものなのだ。故に私は彼女と結婚しようと思っている。
お前も私のことは諦めて国に帰りイライザのように良き人生の伴侶を探すがよい」
二頭身がこんなことを言ったもんだから私はクリスティーヌちゃんにすっっっごい形相でにらまれるハメになった。
二頭身は私にそっと目配せして話を合わせろと要求している。
ん〜悪いけどそれは拒否させてもらうよ。