語り部が語る聖夜の奇跡
これは、とある男の話です。
ある日、男は彼女にこう言いました。
「僕と結婚しよう。僕は必ず君を幸せにしてみせる」
すると彼女はこう返しました。
「私には夢があるの。大勢の前で歌を歌い、踊り、万雷の拍手を浴びてみたい」
互いに思う願いがあるが故、話の流れは平行線。
終には男は口にします。
「夢見がちな君の事だ、そろそろ現実を見たほうがいい」
結果、二人は別々の道へと歩みを進めることとなったのです。
これが遠い夏の日、大輪の花火の下で行われた二人だけのやり取り。
それから幾ばくかの月日が経ち、2018年12月24日。今日はクリスマスイブと呼ばれる日です。
街は賑わい、多くの人が笑顔を見せ、世界中が活気づいてゆきます。
その中で、男は今日も事務所にこもり、仕事に打ち込んでいました。
男の仕事は万人に誇れるものではなく、それでいながらも男の生活には欠かせないものでした。
昼休み。男はいつも通りデスクに座り、インターネットを介してニュースを見ます。
内容は様々、しかし、男にとってニュースとはただの暇つぶしでしかありません。
特段これといって見たいものがあるわけでもなく、だからこそ、今日も同じように目を通すだけでいたのです。
男の操作するマウスは古く、たまに誤グリックをしてしまい、広告ページへと誘われることがしばしばありました。
今日という日にも、マウスはその悪戯心から持ち主の意図せぬページへと男を誘ったのです。
だからこれは偶々、偶然に開いてしまっただけの広告先の記事。
そこには光輝くテーマパークの模様が映し出されていました。
幾人もの人間が派手な衣装に身を包み、これまた派手なイルミネーションをバックに踊っていたのです。
普段なら即座にブラウザをバックさせる男ですが、今日だけは違いました。
男は画面をじっと見つめます。じっと見つめた後、それでも男が選んだ選択肢は、やはりブラウザのバックボタンでした。
男の定時は17時。この季節にしては冷え込みも薄く、それでも日はどっぷりと沈んだ頃です。
いつも通りの挨拶を同僚に向け、男は仕事場を後にします。
男には日々、大した用事はありません。だから今日が何という日であったとしても、男の行動に変わりはないはずでした。
しかし、その日に限って、男は帰路とは別の電車へと体を向けます。
満員電車に揺られながら、たどり着いたその先とは、言うまでもなく昼にインターネットで見たテーマパークでした。
男は列に並び、チケットを入手します。
QRコードをかざしただけで入場できるシステムに感嘆しながらも、ようやく入場できたのは19時を回ったあたりです。
煌びやかなイルミネーションが輝く中、人々は我先にと一点へと足を向けていました。
男はその大勢の中に混ざり、歩みをすすめて行きます。
大きな……それはそれは大きな広場へとたどり着きました。
そこでは今まさに、特大のイリュージョンを交えたクリマスショーが公演されていたのです。
互いを思う恋人の話。小さな兄妹の話。天使の話。
壮大な音楽と映像の中、そこでは多くの演者が舞台で舞い踊っていたのです。
男はその光景に胸をうたれました。
「ああ、そうか……これが彼女の目指した……」
それ以上の言葉もなく、男はその場で舞台を見続けます。
そこにあの日の彼女がいたわけでもなく、そこにあの日の彼女がたどり着けていたわけでもありません。
そのような奇跡、起こり得るはずもありません。
男はただ、その光景に胸をうたれたのです。
あの日、夢追い人として自分のもとを離れた彼女を、男は今の今まで理解出来なかったのです。
その夢にどのような価値があり、その夢の先にどのような景色が見えるのかを、男は理解しようともしなかった。
それでも今、現実として彼女の望んだ風景が男の目の前にあり、それが色をなしてゆくのです。
男はただ、その軌跡に胸を打たれたのです。
ショーの終わりに花火が打ち上がりました。
それは派手でありながら繊細で、辺りに光を撒き散らしてゆきます。
それと同時に、今まで光をともなわなかったクリスマスツリーに光が灯されます。
多くの人が感嘆の声をあげました。
多くの人がその光景を思い出にしようとカメラを掲げます。
しかし、男はその場を後にしようと群衆の中を逆行したのです。
男は己の狭量を恥いていたのです。
どうして自分は分からなかったのだろうか。
どうして自分には、夢の形が見えなかったのだろうか。
人の夢とは、こうも素晴らしく、こんなにも儚いものではないかと。
たしかに男は現実を主義とし、その思想に間違いはなかったのかもしれません。
しかし、その思想を持つが故に、夢追い人を遠ざけたのも事実です。
だからこそ、男には今でも忘れらない面影が出来てしまっているのです。
男は後悔の中、群衆をかき分けて出口へと進みます。
するとその時、誰かが男の名前を呼びました。
男は振り返り、自身を呼んだ誰かに目を向けます。
すると、そこにはあの日のままの彼女がいて、和かに男に笑いかけていたのです。
「ねぇ、あなたはいま、幸せですか?」
男はその言葉、その光景に胸をつまらせます。
その中で何とか絞り出せた答えが、
「ああ、きっと幸せだよ。今更かも知れないけれどね」
彼女はその言葉を聞くと、一瞬、寂しそうに、それでも満面の笑顔を浮かべました。
「そう、それなら良かった」
彼女はそう告げると、踊るように回り、イルミネーションの一角へと姿を変えます。
それは、黄金色の天使の彫像。
男はその光景に驚くでもなく、ただ笑ったのです。
人知れず起こった聖夜の奇跡に、ただ一人、笑ったのです。
そうして男は帰路につきます。
男は電車に乗り込むと、最寄駅を越えてなお、北へと身を委ねます。
到着したのは、かつて二人が過ごした思い出の場所。
そうして男がたどり着いたその場所には、かつて彼女だった人の墓石がありました。
男は今日、はじめてこの場所に立ち、はじめて彼女に語りかけます。
さて、そこで男がどんな言葉を紡いだのか……
この先は二人だけの秘密とさせていただきましょう。
語り部としての私の話はここでおしまい。
どうです?
少しは眠気も覚めたでしょう?
願わくば、貴方様のもとにも、聖夜の奇跡が起こりますように。
それでは、お目汚し、失礼しました。
願わくば、また出会える日を。