帰路にて
「うえぇ~、気持ち悪い。飲み過ぎたわ」
顔を真っ赤にして酔っ払ったリーゼロッテが俺にしがみついてくる。
酒場を出た後、幼飛龍の手羽先を雷来亭に食べに行ったのだが、そこで手羽と酒の相性の良さに気がついたリーゼロッテは調子に乗ってジョッキ八つを空にした。酔っ払うのは当然だ。
ちなみに彼女は酒が入ると笑い上戸になる様だ。気品あふれるその格好で、王国兵の下品なギャグに大笑いしていたのはある意味で衝撃だった。意味を理解しているかどうかは不明。
長命族も地底族も妖精族も、森の種族は皆外見と中身が一致しないな。
「当然だ。あれだけ飲めば誰だってそうなる」
「けど、あんたは全然酔っ払ってないじゃん。リゼより飲んでいたはずなのに……」
「それは経験の違いだ」
リーゼロッテにはそう返すが、それは真っ赤な嘘だ。
確かに俺は人より酒に強い。また酒を飲む機会が多かったのも事実。しかし、ジョッキを六つ空にして全く平気なほど強いわけではない。ではなぜリーゼロッテよりも多く飲んで平気かと言うと、事前に解毒魔導をかけておいたからだ。
それに護衛対象と一緒に酒を飲んでいざ敵襲の時に酔っ払って戦えないという訳には行かないだろう。ちなみに解毒魔導は単純に毒殺防止にも使える。要人との会食の前に用心してかけておくのも良い。
「なんかムカつくぅ~。そんな澄ました顔してぇ」
不満げな表情を浮かべながら、リーゼロッテは俺の顔に指をさす。マナーにうるさい妖精貴族にあるまじき光景だな。しかも指先から魔導が漏れて、ガンドを形成している。どうやら魔導炉まで酔いが回っているらしい。
「大丈夫か? セイレムまではあと少しだから、頑張れよ」
ちなみにここで”休憩”するという選択肢はない。目に優しくない魔導蝋の看板をした”宿”は多く見られるが、そこは風俗嬢に化けた淫魔や、王国要人の愛人に扮した吸血鬼といった『ソロモン公卿家』の魔血騎士の巣窟である。
敵の本拠地でのうのうと休めるはずが無いだろ。
「へべろけ~。リゼもう歩けな~い」
意味が分からぬ擬音を発しながら、その場に座り込んでしまうリーゼロッテ。あ~あ、高そうな服が泥まみれだ。彼女の執事が見たら、その場にぶっ倒れてしまう事間違いなし。
「仕方ない。ちょっとの間我慢しろよ」
俺は一言断りを入れて、リーゼロッテを抱きかかえた。……軽いな。妖精族である事を考えても、これは異常だ。
「ち、ちょっと。これ、姫君への忠誠じゃないッ。おろしなさいよ~」
リーゼロッテは抗議の意を込めて俺の胸元をポカスカと叩いてくる。ああ、そうか。横抱え、改め姫君への忠誠は、挙式の時に行う儀式になっているのだっけ。
なんでも勇者が捕らわれの姫君を助け出した時の抱きかかえ方にちなんで行われているらしい。
「そんなに気にする事か? これは知人から聞いたのだが、勇者はロマンチックな理由で姫君への忠誠を行った訳でない様だ」
「えっ!? そうなの?」
当事者から言わせてもらえば、この横抱きは姫君を護衛する上で一番楽な方法を選んだだけである。
腰への負担と運びやすさを考えると鱗人族運搬が一番だがそれでは後ろからの敵襲に対処できない。
そこで魚人族が人間の若い娘を酔わせて略奪婚をする時の――ではなく、動けなくなった女性を抱きかかえる時の抱き方を参考に姫様を抱き上げた。
この横抱きは腰こそ負担がかかるものの、抱きかかえた人物が前方に来るため、大変護衛がしやすいのだ。
今の様な儀式になったのは結婚式場と王国の思惑が一致したためとアビゲイルから聞いている。
「……うえぇ~、知らなくちゃ良かったわ。全然面白くなーい」
「そうだろ。真実なんてつまらないものだ。吟遊詩人はいい事しか歌にしないのさ」
「じゃあ、姫様と接吻したというのは?」
「嘘だ。そんな事実は無い」
そんな事する訳ないだろう。そんな事したら六英雄に殺される。忠誠を誓ったのは事実だが接吻なんてしていない。恐らく勇者派閥による反乱を恐れた王国が流布したガセネタだろう。
「そうなの? じゃあ宿でお楽しみだったって言うのはぁ~」
「……これだから吟遊詩人は。そんな事実は無い」
実際には宿の部屋は別だったし、六英雄(全員女性)と共に眠った為、夜這いなんて出来る訳が無い。する気も無いが。
これは宿屋のおっさんのジョークを真に受けた吟遊詩人が書き加えた嘘だ。全能神に誓ってもいい。
「ふふふっ、そうだったのね。勇者様。歴史的な大発見だわ」
調子に乗って話し過ぎたか。いくら解毒魔導をかけていたとはいえ、少し酔っているのかも知れない。気を引き締めないといけないな。
「……というのを知り合いから聞いただけだ」
「ふ~ん。まあそう言う事にしておいてあげる。フリード」
そう言って悪戯っぽく微笑むリーゼロッテ。彼女の赤い瞳を見ていると全てが見透かされている様な気持ちになる。これだから妖精族は苦手だ。