酒屋にて 2
それから俺たち二人は混豚の素揚げを口にしながら精霊通信手の到着を待った。
しかしいくら待てどアビゲイルは一向に現れない。何かトラブルでもあったのだろうか?少し気になるな。
そうしてしばらく待っていると、酒場のドアが勢いよく開かれた。
アビゲイルかと思ったが、店に入ってきたのは、若い男女五人組だった。
格好からして恐らく『路地裏の子供達』だろう。路地裏の居酒屋では無く『竜の足跡』に面したこの酒場に来るとは珍しい。何しに来たのだろう?
「……ねえ、そのアビーって人本当に来るの?」
リーゼロッテは三皿目の混豚の素揚げを食べながら尋ねてくる。
「ああ、もう少し待ってくれ。なんなら他の料理を頼んでもいい」
「やったぁ! 流石勇者様」
「おい、その名で呼ぶな。人違いだ」
「はいはい、傭兵崩れさん」
影騎士は世を忍ぶ仮の身分、即ち表の顔と名前を持っているが、周囲の人間の証言などによってすぐに影騎士だとばれてしまう。
俺が勇者であるという過去は周囲に知れると面倒くさい。それなのにこのガキは俺の事を勇者と呼ぶ。情報の取り扱いには細心の注意を払ってほしいものだ。まったく。
四皿目の混豚の素揚げを食べ終えたタイミングを見計らって先程の不良集団のリーダー格が声をかけてきた。
「ねえ、そこの赤目のお姉さん。そこのしけた男じゃなくて私たちの所に来ない?」
「スカウトなら他を当たってくれ。迷惑だ」
「お前には話しかけてねーんだよ、黙ってろ。小僧」
不良集団はそう言いながら俺たちのテーブルを囲む。はぁ~、面倒のに絡まれたな。だからガキは嫌いだ。
「ここを出よう。リーゼロッテ」
「えぇ~、まだ混豚の素揚げ食べたい――じゃなくてアビゲイルさんが到着していないじゃない」
リーゼロッテは事態には気づいていない様で、呑気に五皿目を催促している。気に入ったのだろうか? 混豚の素揚げ。
「いいから行くぞ。次の店では幼飛龍の手羽先食べさせてやるぞ」
「幼飛龍の手羽先ッ!? なんなのそれは! ……じゅるり」
驚くほど分かりやすく食いついたな。貴族の娘など舌が相当肥えているものだと思っていたが、大衆料理もいける口の様だ。
ただ、その見た目で混豚の素揚げの様な酒のつまみが好みといったら驚かれるだろうな。ギャップが凄い。……一部界隈でも需要はなさそうだが。
「幼飛龍の手羽先は大陸南部の民族料理なんだが、香辛料が効いていて旨いんだ。発泡酒と一緒にいただくと本当にたまらないんだぜ。ああ、自分で説明してたら食いたくなってきた。早くいくぞ。店が閉まっちまう」
口からあふれ出してきた涎を拭いながら、リーゼロッテの手を強引に引っ張り、不良共を無視して店の出口へ向かう。あの店は何時まで空いていたっけな。
「あの方は何としてもそこの少女を連れてこいと言った。早く渡せ。そして早く失せろ」
驚いた。弱い犬ほどよく吠えると言うが、こいつらは本当に何も分かっていない。
「まあ待て。今の俺は感情的だ。リーゼロッテとはどのような関係か知らないが、騒ぎを起こさないで欲しい」
「黙れ。クソガキ。怪我するぞ」
リーダーの男は今にも掴みかかってくるほどの距離まで近づいて睨んでくる。おお怖い、怖い。
「ねえ、早くいきましょ。こんな下民の相手をする必要はないわ」
「そうだな。それではご機嫌よう」
「ケッ、おままごとはおしまいかい? 幼女趣味のお兄さん」
――よろしい。そちらがその気ならば仕方ない。影騎士以外は敵でも無いのだが、このたわけ共に恐怖を教えてやろう。喜べ、滅多な事ではない。むしろ誇るとよい。元勇者の”教育”を受けられる事を。