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酒場にて

 王都のメインストリート『竜の足跡』に位置している酒場『アクロス』。

 ここが精霊通信手オペレーターとの合流場所だ。

 しかしアビゲイルはまだ到着していないようなので、リーゼロッテとここで待つことにした。


「なんでも注文していいぞ。蜂蜜牛乳でも頼もうか?」


「好意だけ受け取っておくわ。さっきまで血生臭いところにいたから食欲不振なの」


 げんなりした表情を浮かべながら、リーゼロッテは机に突っ伏す。まあ、目の前で人間の首が切断させるところを目撃してしまったのだ。こうなるのも仕方ないだろう。

 特に世間知らずのお嬢様にはちと刺激が強すぎたか。


「そうか。けれど飲み物は飲んだ方がいい。親父、黄金酒エールと蜂蜜牛乳一つずつ頼む。あと混豚の素揚げも」


「はいよ、旦那。お代はいつものところにつけとくよ」


「ああ、よろしく頼む」


 アビゲイルは精霊通信手としても一流だが、税理士としての資質もあり、今回のお代も経費で落としてくれるだろう。真面目な顔して嘘を振り回すのが得意なのだ。

 彼女は。大酒飲みにとっては嬉しい限りだ。


「それでお前の姉さんのことだが。どういう依頼なのか詳しく教えてもらおうか」


「リゼのお姉ちゃんは三日前にさらわれたわ。お父様はお姉ちゃんを助けると言って家を出たきり帰ってこなかった。居ても立っても居られなくなったリゼは、姉さんの情報を聞いて回り、気づけばあの路地裏にいたわ。そしてあなたにあったのよ。それでええっと……」


 物事をきちんと整理して話せと言いたいところだが、ここで怒鳴っても仕方がない。それになんとなく言いたいことが分からない訳でもない。


 要はリーゼロッテの姉が何者かにさらわれたから救出してくれって事だろう。


「大体事情は掴めた。お前の姉さんは『ミリノ魔導学院』に拉致されたと見て間違いないだろう。そしてお前の父は……」


 恐らくは死んでいるだろう。末端の魔導騎士エージェントが彼女の父の友人を装ったことや、ミリノ魔導学院がリーゼロッテの暗殺を試みたことと合わせて考えるとその結論にたどり着く。


「ああ、なんてこと……。お父様。ねえ、嘘でしょ。なんでお父様があんな奴らに殺されないといけないの?」


「彼らは非情な影騎士エージェントだ。邪魔になる存在は誰であろうと殺す。それがこの業界だ」


「そんな……」


 リーゼロッテは机に伏せたまま、嗚咽をあげる。ああ、クソっ。だからガキは嫌いなんだ。あの時の事を思い出してしまう。


「お前の姉さんのことだが、俺がなんとかしてやれる。彼女はまだ生きている。恐らく拘束されているだろうが、まだ助かるだろう。だから……」


「ぐすっ、だから何よ」


「泣くのはよせ。まだ何も終わっていない。泣いていいのは全て終わってからだ。姉さんを助けた後、共に泣け。いいな」


「……勇者様がそう仰るのなら」


「違う。俺はただの傭兵崩れだ」


 全く、これじゃ富も名声も顔も捨てて別人フリードとなった意味がないではないか。

 

 ようやく店の親父が持ってきた黄金酒を胃に流し込み、混豚の素揚げを口にする。ううっ、たまらないぜ。この一杯の為にエージェントやってると確信できる。


「……人が傷心しているのに随分と楽しそうね」


 相変わらず机に突っ伏しながら、ぼそりと恨めしそうに呟いてくる。


「長い忍務が終わった後なんだ。お酒ぐらい勘弁してくれ」


 王都の影騎士エージェントを排除する長期忍務は今日でおしまい。しばらく休暇を取ろうと思っていたが、そうもいかなくなったのだ。今夜ぐらい許してくれ。まあ、リーゼロッテにとっては関係ない事情かも知れないが。


「混豚の素揚げ、食べさせてやるから顔をあげろよ。折角の美人が台無しだ」


「……でも子ども扱いしかしないじゃない。勇者様は」


「再三言うが俺はフリードだ。それに子供を子ども扱いして何が悪い」


「さっきから子供って言ってるけど、妖精フェアリー基準に乗っ取れば、リゼだって良い歳したお姉さんよ。それなのに蜂蜜牛乳とか馬鹿にしてるのっ。リゼだってお酒飲めるんだから」


 自分が子ども扱いされるのがよほど癪に障ったのか、机から顔をあげ、前のめりで抗議してくる。けれどそこで噛みつくのだからまだまだ子供だと思う。


「やめとけ、ここの酒は度数が高い。まず混豚の素揚げをだまされたと思って食べてみろよ」


「そうなの? それなら一口食べてみるわ」


 先程までの怒りは即座に忘れ、箸を手にするリーゼロッテ。

 種族的な特性上、感情豊かなのは理解しているがこの変わり身の早さは見ているものを不安にさせる。この娘を一人にして大丈夫なのだろうか?


「う~ん! 美味しい。ねえ、勇者様。これとっても美味しいわ。お屋敷ではこんなもの食べたこと無かったわよ」


 赤目の少女は弾けんばかりの笑顔を見せながら、興奮気味に混豚を頬張る。彼女はお屋敷では食べたことがないと評していたが、それもそうだろう。


 混豚はもともと魔界に生息しており普通の豚と違い卵生で、卵を地中深くに埋めると木が育ち、混豚の実をつけるという名前通りカオスな育ち方をする豚だ。めちゃくちゃ美味しいが鶏肉の様な食感がする。王都ではここ『アクロス』でしか味わえない珍味だ。


 俺も初めて魔界で食べた時はこんな風にはしゃいだっけな。もう十年も前のことなのか。懐かしい。


「もっといっぱい食べていい。遠慮なく追加注文していいからな」


 これで元気を取り戻してくれるなら安いものだ。子供は笑っている時が一番だ。面倒がかからない。


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