俺と勇者と彼女と聖剣 下
「ねえ、リゼのお願い聞いてくれる?」
「……傭兵崩れが叶えられる範疇であるなら考えよう」
忍務は多く、予定は埋まっているが聖剣の鍛冶師に恩を売っておくことは悪くない。
なにせ聖剣には散々お世話になったからな。
「アンリエット姉さんを助けてほしいの」
「……その話長くなるのか?」
「まあ、それなりには……」
「俺についてこい。話はそこでじっくりと聞こう」
先ほど生成した雷剣を明後日の方向に投げ捨てて、忍剣を拾い、赤目の少女の腕を引き、竜の足跡に向けて駆けだした。
「ちょっと、いきなり勝手に決めないでよ」
「いいから黙ってろ。追手だ。恐らくさっきの魔導騎士を追っていた夕凪騎士だろう。後ろを振り返ってみろ」
そう言い終わると同時に、明後日の方より大きなものが落っこちたような鈍い音が聞こえてきた。ビンゴだ。
「……殺したの?」
「そうだ。お前を狙っていたからな」
夕凪騎士団は王国から独立した影騎士集団だ。彼らは対王国用の切り札として聖剣を欲している。
そんな彼らにとって聖剣の鍛冶師は何としても手に入れたい存在だろう。
恐らく先ほどの魔導騎士を殺して、リーゼロッテの保護を名目に連れ去れるとしていたのだろう。
「ありがと」
「なに、放っておいたら俺が死ぬ羽目になるから殺した。お前は関係ない」
それに俺は騎士殺し。ただ仕事をこなしただけだ。
『アビー、他に敵の反応は無いか?』
精霊回線を開き、協力者であり、腕利きの精霊通信手のアビゲイルに連絡を入れる。
『ええ、確認できないわ。だけど死体を発見した浮浪者が憲兵に知らせに言っているわ。早いとこ裏路地を出た方がいいわね。それにここじゃ支援は上手く出来ないわ』
いくら使い魔であるフクロウが夜行性で目が聞くといえど、月光さえ拒む路地裏では十分に活動できないそうだ。
『了解、ついでに俺の忍務の空きを調べておいてくれ。リーゼロッテの依頼を受けようと思う』
『ハイハイ、何とか都合を合わせておいてあげるから、とっとと馬車に乗り込んで』
精霊回線を閉じ、裏路地の出口を目指す。魔導蝋の光が見える。あと少しだ。
「……という訳だ。お前の依頼を受けよう。報酬などは後でゆっくりと話そうか」
「頼んでおいてなんだけど、あなた本気? 見ず知らずの妖精の依頼をいきなり受けるだなんて……。それにまだ依頼内容さえ聞いてないのに」
リーゼロッテは息を切らしながら、尋ねてきた。
「そんなの簡単な事さ。だってお前、放っておけないんだ。危なっかしくて」
昔、見殺しにしてしまった少女そっくりなんだ、とは言えなかった。
「呆れた。勇者様がこんなにもバカだったなんて」
肩をすくませ、やれやれとジェスチャーしてくる。これだからガキは苦手なんだ。
「そう幻滅するな。俺はフリード。傭兵崩れのバカだ」
少女の問いにそう答えながら彼女を抱きかかえ、竜の足跡に止めておいた馬車に勢いよく乗り込んだ。