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俺と勇者と彼女と聖剣 上

「まっ、ざっとこんなものか」


 深紅に染まった忍剣シノブレードを鞘に収め、先ほど殺したエージェントの死体を探る。


 彼の顔はまだ幼さが残る青年といったところで、歳は二十五歳。名前をタリスマンと言うようだ。彼が身に着けていたドックタグにそう書かれていた。


 身に着けていた絹のローブは『ミリノ魔導学院』の教員服で、懐には予備のものであろう魔導書ボワッチ魔導剣サラマンダー


 さらに内側に縫い付けられたポケットには蒼宝石サファイアが大小合わせて五つと、様々な輝きを放つ硬貨が入った革の袋が入っていた。


「最近の教育機関は物騒だな。ハンナならばやりかねんが……」


 亡骸の前で十字を切り、祈りを済ませローブと革袋を拝借した。

 ローブはいつか、学院に侵入するときに役立つかもしれん。

 革袋の中の硬貨はキンキンに冷えたエールと混豚の素揚げに代えさせてもらおう。


「ねえ、あなた。あなたって死神さん? あ、あそこのお兄さんみたいにリゼを殺しに来たの?」

 声のする方にふりかえると、クマのぬいぐるみからひょっこりと姿を見せる少女の姿があった。


 金色の髪に赤い瞳という組み合わせが子供らしさを増している。年齢は恐らく十代後半だろうが、それより若く見えるのは妖精フェアリー族故の特徴か。


 良い値が付きそうな特注品のドレスを身にまとっているが、どうやら先程のエージェントに追われていたらしい。


 その外見や仕草から想像するに、妖精貴族の跡取り問題に巻き込まれたのだろう。かわいそうに。


「俺は死神なんかじゃ無い。ただの傭兵崩れだ。お前を殺そうとは思ってない」


 ここで赤目のちびっ子に騒がれたら憲兵に見つかってしまう。


 俺だって影騎士エージェント以外の無益な殺生を好まない。忍剣シノブレードを地に置き、手を頭の上に掲げて敵意のない事を示す。


「嘘が下手ね。死神さん。私たち人間はそんな頭をしていないわよ」


 彼女は俺の頭を指さしながらそう語る。頭? ああ、そういう事か。こういう仕事柄、あまり人に素顔を見られるわけにはいかない。

 

 ……あと、素顔がばれてはいけない事情もある。だから骸の被り物を被っているのだが、それがかえって彼女を怖がらせてしまった様だ。


 まあ、彼女にとってみたら、骸の死神が人を殺したようにしか見えないもんな。


「そうか。ならばお前に素顔を見せるとしよう」


 骸の被り物を脱ぎ捨てると、俺の素顔が見て取れる。短く切りそろえた黒髪に特筆して大きいわけでない黒目。身長は年齢にしては小さく、あまり気に入っていない身体。

 

 死神の正体がこんな男だと分かれば、彼女の恐怖心も薄れるだろう。


「どうだ? 娘。これが死神に見えるか?」


「……驚いた。まさか本当に生きていたのね」


 ただでさえ大きな紅い瞳をさらに大きくしながら驚く少女。


「お前と俺は何処かであったことがあったか? すまないが記憶にない」


「直接会ったことは無いけれど……。あなた、死神じゃなくて勇者様だったのね」


 チッ、やらかした。俺の前髪の一房は色が違う。


 明かりのとどかぬ裏路地でもはっきりと視認できるほどの銀色。これは先の大戦を終結させた勇者、ドレッドノートを示すトレードマークの様なもの。


 実は何を隠そう俺こそが勇者ドレッドノートだ。


 戦後の動乱に巻き込まれた結果、勇者の名を捨て、世を忍ぶ闇騎士エージェント、シノブレイブになっているのだが……。


「いや、人違いだ。よく間違えられる。俺はフリードだ」


「身分を偽らないといけない事情があるのね。勇者様」


 人の話を聞けよ。俺は勇者では無い。


 いや、本当は勇者なのだが。ともかく今はフリードだ。それ以上でもそれ以下でもない。


「勇者は十年前戦死しただろう? 他人の空似さ」


「けれど、勇者の仲間だった聖女さまは蘇生魔法の使い手よ。蘇生していたっておかしな話じゃないわ。それに王国に利用されるのを嫌い、姿をくらました可能性だって大いにあるじゃない?」


「むっ」


 ……なかなか鋭いことを言う少女だ。二つとも正解では無いが、真実である部分もある。


 ただ一つ言えるのは彼女が思うほどドラマチックな理由で蘇生した訳では無いという事だ。勘のいいガキは苦手だな。


「面白い考察だ。だがしかし考察に過ぎん。もし俺が勇者だというならば証拠を示せ」


 証拠はすでに末梢済み。そんなもの、ある筈が無い。


「証拠。そうね、あなたが持っている忍剣シノブレードって大きく改造されているけれど、聖剣アスカロンだわ。これは証拠では無い?」


「……お前、ただのガキじゃないな。どこの組織の回し者か?」


 俺は略式詠唱でライデンを発動させ、剣を形作る。そのまま少女に向ける。


「あら? 手荒な事をするのね。勇者様」


「聖剣は秘匿された神秘のつるぎ。なぜお前が知っている」


「何故って? 簡単な事よ。私がリーゼロッテだと言ったら分かるかしら」


「リーゼロッテ? ……お前が聖剣の作り手か」


 聖剣は存在が秘匿された精霊剣。それは妖精フェアリー族の鍛冶師、リーゼロッテにのみ鋳造出来る。

 

 この少女がその一族の末裔だと言うのが本当であるならば、俺が勇者であると分かるのも理解できる。


 聖剣は勇者一人一人に合わせて製造される特注品である。担い手に合わせて製造される切り札だ。


 聖剣が製造される時に作成される勇者の記録を参照すれば、俺が勇者であることは一発であろう。後で記録は回収しておかなければ。


「そうよ。リゼ達が作った聖剣が、あなたの手によって世界に平和が訪れたと知った時は本当に嬉しかったわ。ありがとね」


「そのお礼は勇者の墓前で言ってやれ。その方が彼も喜ぶ」


「それでも認めようとしないのね。ケチ」


 認めるも何も今の俺はフリードだ。ケチとか言われても困る。



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