I believe you
教習が始まるまでに少し時間があったので外に出て電話を掛ける。
『只今電話に出る事が出来ません・・・』
電話を掛けた先は熱を出して寝込んでいる桜木広夢さん。
電話は虚しく留守番メッセージへと切り替わった。
まだ寝込んでいるのだろうか?!
心配でマスターにも電話を掛けてみる。
マスターと広夢さんは長い付き合いで、店舗の上の階で一緒に暮らしている。
何度目かのコールで聞きなれた声が聞こえてきた。
「もしもし広夢さんの具合ってまだ良くないんですか?」
『ああ・・・熱はもう下がったけどね。完全復帰にはちょっと時間がかかりそうだ。暫く店は休みにするから幸司は心配しなくていいぞ。』
低い声でどことなく元気の無い声。
「風邪とかじゃ無いんですか?大変な病気ですか?!」
熱が下がっても時間がかかるって・・・
『・・・・ごめん幸司・・・心配してくれてありがとう。でも今は何も言えない。でも大病ではないからその辺は心配しないでくれ・・・』
「分りました。マスターも心配なの分かりますけど元気出して下さい。」
『参ったな・・・ありがとう』
マスターの言葉を最後に会話は終わった。
色々聞きたい事はあるけれど、あまり詮索されたく無い感じだったので、聞きたくても聞けなかった。
でも大病を患っている訳では無さそうなので一先ず安心した。
「キーンコーンカーンコーン」
始業のチャイムが鳴り響く。
俺は教習車まで走る。
教習車の前で拓海さんが待っていた。
「すみません。遅くなって。」
「構わないけど貴重な時間が減っちゃうぞ。」
頭をコツンとされ、手の中に納まっていた原簿をするりと抜き取られた。
「いよいよ仮免だな!次回は良い報告待ってるぞ!」
今日は仮免に向けての最終チェック。
コース全体を何周も走る。
「試験監督誰ですか?!佐藤教官は試験監督やらないんですか?」
「俺も試験監督やるけど幸司の試験監督になれるかは神様だけしか知らないよ。だってまだ試験の予約して無いだろ?今日俺がOK出さないと予約出来ないし。」
確かにそうだ。
「今の実力なら絶対に大丈夫だから。」
不安な俺を安心させるように励ましてくれる。
「それに・・・」
拓海さんは何かを言いかけてやめた。
「何ですか?途中で止められると気になるじゃないですか!」
「・・・約束覚えてる?」
はっきり言わずに言葉を濁す。
彼がはっきり言わない理由が分かった。
監視されている車載カメラを気にしてだろう。
そして拓海さんが言う約束が何を指しているかも把握できる。
『仮免合格したら又メシ食いに行こうな』
凄く嬉しかった次の約束。
「覚えてます!だから俺がんばります!だって合格するまでお預けって事ですよね?!」
「だね!」
拓海さんは俺の言葉に笑った。
俺は拓海さんに無事合格をもらい、二段階最後の教習を終えた。
拓海さんに担当が決まった後は、拓海さんの教え方が凄く分かりやすく、スムーズに二段階まで終える事が出来た。なんだか月日が流れるのを早く感じる。仮免を合格したら、いよいよ路上に出る訳だが三段階、四段階で卒検。卒検を合格したら免許取得でもう自動車学校に来る事は出来なくなる。
そう思うと寂しくなる。
拓海さんの隣に居る時間は本当に期間限定で、卒業してしまえば会えなくなるのだ。
もしも、奇跡的に卒業後も連絡のやり取りが出来て、たまにご飯なんか一緒に行ければ少しでも会える機会はあるが、拓海さんにとっては一生徒でしかない俺に、卒業後もはたして連絡してくれるという保証は何処にもないのだ。
ましてや自分が誘った所で誘いに応じてくれるのか・・・
早く卒業して運転免許証は欲しい反面、卒業したくないと言う気持ちが今は大きくなっていた。