I believe you
最悪だ。
今日は車校休みたかったのに仮免受けるまでに必要な学科がまだ一つだけ残っていた。
今日受けておかないと次の講義は来週のこの時間までやっていないのだ。
流石に今日を逃す訳にもいかずいつもより遅い時間に車校に向かった。
ー前日ー
『もしもし幸司!』
電話の声はバイト先のマスターのものだった。
車校に通っている間は大して忙しくないから免許取得するまで休んで良いよ。と、マスターの配慮で休んでいた。そのマスターからの急な電話。しかも声がちょっと焦ってる?!
「どうしたんですか?!何かあったんですか?」
『それが広夢が熱出してね・・・流石に俺一人では、店回せそうにないから、もし可能なら店出てくれないかな?!車校終わってからでもいいから。』
俺のバイト先は昼間はカフェで夜はバーをやっているお店。店内はさほど広くは無いがメインでお店をやっているのが、電話を掛けて来たマスター事、岩井嶺二さんと、桜木広夢さん二人で切り盛りしていた。
普段は十分二人でも大丈夫なのだが流石に広夢さんが抜けるとなると店は回らないであろう。
「分かりました。今から講義入っているんでそれ終わり次第向かいます。多分十六時ぐらいには行けると思うので。」
『悪いな・・・』
マスターはすまなそうに電話を切った。
俺は車校に電話を入れ教習の予約をキャンセルした。
凄くお世話になっているマスターと広夢さんのピンチに『行かない』と、言う選択肢は俺にはなかった。
しかしあの丈夫そうな広夢さんが熱を出すとは何があったんだろう。
見た目は色が白くて、すらりとした体形をしていて見ように寄っては、か弱そうにも見える彼だが、知れば知るほど見た目とは裏腹な広夢さん。今でも謎な所は沢山ありすぎる人だ。
店に出るとまだ夕方のせいかお客さんはいなかった。
マスターは夜の仕込みをしていた。
「すまないな。予約が入っていなければ休みにしても良かったんだが。」
狭い店だが個室がひと部屋だけ完備されている。
普段はあまり使われないが個室は別料金で完全予約制だ。
不定休で営業している店だが、流石に予約の入っている日は休みには出来ない。
「いや俺は全然大丈夫ですけど、広夢さんが熱出した何てどうしたんですか?」
「ちょっと色々あってね・・・」
神妙な表情でマスターは答えた。
「大丈夫なんですか?広夢さんが治るまで俺、店でましょうか?」
おしぼりを保温庫に入れながら口にする。
「いや、暫く予約も入っていないし、俺も広夢の事が心配だから店は休みにするよ。それに幸司も車校大変だろう?!車校の方は順調か?!」
広夢さんそんなに重病なのかな?
熱があるぐらいならマスターもそんなに心配しないだろうし。
ただの風邪って訳でもないのか?
「聞いてるか?」
「えっ・・・あっ・・車校はもうすぐで仮免です。」
「そうか。免許取れたら買い出しも頼めそうだな!頑張れよ!」
マスターは笑いながら個室の準備をする為か個室に入って行った。
夜に入り席が埋まりだす。
予約は二十一時からとなっていたが時間を過ぎてもまだ来店されていなかった。
まぁ三十分の誤差はよくある話だ。
そう思っていると店の扉が開き男性が二人入って来た。
俺は初めてみる顔だった。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」
マスターが男性客を個室へと案内する。
「凄く久しぶりだが元気にしてたか?!」
男性客の一人がマスターの肩を叩きながら親しそうに話し掛けている。
マスターとは知り合いなのかな?
「まぁ~それなりに」
笑いながら個室へと入っていった。
二十三時を回った所でいつもの俺の定時。もう少し大丈夫だが終電がなくなると帰れなくなるからだ。
「幸司今日は本当に助かったよ。今日はもう上がっていいぞ。」
「でも大丈夫ですか?まだ個室のお客様もいらっしゃいますし。店内にもまだ・・・」
「大丈夫だよ。個室のお客様も飲食は殆ど終わってらっしゃるし。それより電車なくなったら困るだろう。今日は流石に送ってやれないからな。」
店が混雑している時などはたまにマスターや広夢さんが送ってくれる事もあるのだが、今日はマスター一人なので送ってもらう事は出来ない。
「じゃぁお先に失礼します。又何かあったら電話してください!!」
「分かったよ。頼りにしてるよ幸司くん!」
笑いながらマスターが言うとカウンターに座っている常連のお客さんも笑っていた。
「幸司くんバイバイ!」
「またね!」
声を掛けてくれたお客さんに挨拶をして店を後にした。
久しぶりのバイトな上広夢さんがいない分仕事量はいつもの倍で俺は心身ともに疲れていたのだ。
そのうえ今日は朝から講義が続いていて休む間が無かった。
その上遅い時間からの車校。
学科の教室に入る。もし居眠りしても目立たないように後ろの窓際の席に座る。
始まって暫くして眠たさはピークに達し睡魔と暫く戦っていたが途中から授業の内容は全く記憶になかった。
「おいっ!!授業とっくに終わってるよ!!!いつまで寝てんの?!!!」
揺さぶり起こされて呆然とする中頭を上げると教室の中には既に誰もいなかった。
「す・・すみません!!」
「今日の授業全然聞いてないだろう?印鑑押さないよ!」
「えーーーそれは困ります。本当にすみません!!」
教官は大爆笑する。
「ハハハハハ冗談だよ!ハイ」
原簿を渡されて中をみるとちゃんとノルマの印鑑が押されていた。
「それより最終だからバス大丈夫?」
教官の言葉にギョッとして時計を見たらヤバイ・・・バス発射まで3分しかない。
しかもここ五階だし・・・
最悪だもう乗り遅れた。
そう思いながらも「ありがとうございました!さようなら」と、授業担当教官に挨拶を残してダッシュで教室を後にした。エレベーターのボタンを押したものの、全然来る気配がないので階段を駆け下りる。
大体終わってすぐに起こしてくれたらいいものを・・もしかして端っこ過ぎて気付かれてなかったのかな?!乗り遅れたら駅まで歩きかタクシー使うしかない・・・
マジで最悪だ・・・
下につく頃には時は既に遅し・・・
バスは姿を消していた。
俺は愕然とロビーの椅子に座り込んだ。
階段を駆け下りて来て疲れたのと、どうやって帰ろうか途方に暮れながら暫く椅子に座っていた。
「あれ?!幸司どうした?」
佐藤教官の声だと気付き顔を上げた。
「最悪です。バス乗り遅れて・・・」
「馬鹿だなぁ~何してたんだよ?」
「ちょっと居眠りしてて・・・」
笑いながら『ちょっと待ってな』と言い事務所の奥へと入って行った。
暫くすると責任者の名前何だったかな・・?責任者の人と佐藤教官が俺の所にやって来た。
「乗り遅れたのは君か?」
責任者の人に言われ俺は椅子から立ち上がり頭を下げた。
「今日はしょうがないけどこれから気を付けるように。じゃぁ佐藤君後は任せたよ。直帰していいから。」
「はい。責任持って送り届けます。」
佐藤教官がそう言うと責任者の人は事務所の奥に戻って行った。
「と、言う事で特別に今日は俺が幸司の事送ってあげるからね。着替えて来るからここでちょっと待ってて!」
佐藤教官は嫌な顔一つせず、それどころか終始笑顔で俺の送迎を引き受けてくれた。
責任者の人に話を通してくれたんだ。
なんだかすごく申し訳ない気持ちでもあったが、それよりも佐藤教官の車で送ってもらえるなんてまさに棚から牡丹餅で・・・。あんなにバスに乗り遅れた事にショックを受けていたのに、今の俺はバスに乗り遅れて良かったと冴え思っている。自分で言うのもなんだが現金だよなぁ・・・。