I believe you
「ところでさぁ~幸司って彼女いるの?!」
クランクの二回目の角を曲がろうとした時に唐突な言葉に俺は思いっきり脱輪する。
「あぁ~あ」
声を殺しながら笑う佐藤教官。
「ちょっと人が集中している時に変な事言わないで下さいよ!!」
回を重ねる度に佐藤教官との距離は縮まり会話に緊張感はなくなり、生徒と教官の主従関係は保ちつつ若干フランクな感じに変化していた。
慌ててシフトレバーをバックに入れアクセルを踏むと今度は後ろのタイヤが脱輪する。
「ハハハハ・・・慌てないよ、慌てない・・・」
俺のあたふたしている姿を見て更に笑う。
大きく深呼吸して体制を整える。一旦冷静になれるように深呼吸すると良いと教えてくれたのは勿論佐藤教官で・・・何度か乗るうちに運転もだいぶん上達して来たと自分でも思っている。
このクランクでも普段は滅多に脱輪する事は無かったのだが、唐突な質問にブレーキのタイミングを外してしまった。
クランクを抜けた所で教官が質問を繰り返してきた。
「いません!教官こそどうなんですか?!」
思わず勢いで聞いてしまったが後悔した。
だって、いない訳ないじゃん。
こんなにモテる人に彼女がいない訳ない。
「何?興味ある?!」
意地悪に聞き返してくる。
「べ・・・別に・・・」
「ふ~ん」
そうなんだと言わんばかり。
「だって返って来る答えは分かってますから・・・」
自分で聞いておきながら虚しくなってきた。
「幸司は俺の事そんなに知ってくれてるんだ~。答えは今度ね!」
答えなんていらないのに・・・
「けど幸司モテそうなのに、本当に恋人いないの?!」
「教官が言うと余計に嫌味に聞こえますって!俺モテた覚えないですよ。」
モテるなんて俺には永遠に無縁の言葉だ。
「それはきっと幸司が鈍感だからだよ」
そう言いながら教官はクスクス笑っている。
「そんなところも幸司の良いところかもね。可愛いなぁ~」
楽しそうに笑っている彼の横顔をチラリと横目で見る・・・
ちょっと馬鹿にされているのかもしれないけれど楽しそうに笑っている彼の事が好きなので反論するのは、やめておこう。
教官が俺の事を可愛いだの、頭を撫でてくれるのも、初めの頃は彼の言動が、一々気になっていたが多分彼にとっては自然な言動なのだとここ最近では思えるようになって来た。
慣れって怖いもので、少々の事では動じなくなっている自分に最近気付いた。
「キーンコーンカーンコーン」
終了のチャイムが構内に響き渡る。
「つい楽しくて時間忘れてた!慌てなくて良いから、信号の方曲がって。信号守ってね!」
信号を通過しようとすると黄色から赤に変わる。
「大丈夫ですか時間?」
「心配ないよ。ここで信号無視する方が断然駄目でしょう!実際急いでいても信号赤なら止まらないと大事故だよ」
教官の言う事は最もである。
信号は青に変わり無事到着。
楽しい教習の時間は終わった。
「もう少しで仮免の試験だね。学科の試験勉強もしっかりね。過去問やってれば絶対合格するから!」
そう言い俺の頭を優しい笑顔で撫でてくれる。
俺も笑顔を彼に向ける。
「頑張ります。今日もありがとうございました。」
俺の言葉に頭に伸びた彼の手が、肩をポンポンと叩く。
またね・・・と言い残し足早に事務所に戻って行った。
その背中を眺めながら俺もロビーに向かった。
本当はもう少し一緒に居たいと言う気持ちでいっぱいだったが、教習時間をオーバーしてしまったので彼にとっては時間が無い状態となってしまっていた。
ロビーに戻ると時間に余裕がないせいか寄って来る女の子達を笑顔でかわしながら忙しそうにしていた彼の姿があった。
どんなに忙しくてもあの笑顔。
本当に尊敬します。
そしてちょっと妬ける・・・
佐藤拓海。
彼は憧れの存在。
最近はそうじゃない・・・
でもこの気持ちだけはどうしても認めたくはない・・・
認めてしまったらどうなる・・・?
男の俺が同じ男の彼を好きだなんて・・・
そんなの自分の周りでは絶対に在り得ない事・・・
しかも俺自身が・・・
俺は頭を振る。
考えない考えない・・・
呪文のように心の中で繰り返した。