98話
……普通に考えたら、おかしい。
マリスフォールを滅ぼしたのはテオスアーレだから、マリスフォールにあったものがテオスアーレにあるのは分かる。
でも、セイクリアナは?
……セイクリアナも昔、マリスフォールと交流があった、っていうことなんだろうか。
「ねえ、サイクロプス。この本はいつ運び込まれたんだろう」
駄目元でサイクロプスに聞いてみたら、サイクロプスは宝物庫の宝物を漁り始めた。
しばらく漁っていると、目的の物を見つけたらしく、それを私に差し出してくる。
差し出されたのはティアラだった。
ミスリルでできているらしい不思議な色合いのティアラは、繊細な細工とあしらわれた宝石によって、相当に高価なものだと分かる。
裏返してみると、『親愛なる妻、ウィアへ』と打刻してあった。
今度は、セイクリアナの家系図みたいなものを探す。
宝物庫から運び出した書物を全て漁ると、家系図らしき巻物が見つかった。
今度はそれを広げて、『ウィア』という名前を探す。
ガイ君やボレアスと一緒に家系図を眺めていると、案外すぐにその名前は見つかった。
『ウィア・セイクリアナ』。今の王様と思しき名前から、2つ上にある名前だ。
「……先々代のお妃様、だったみたい」
つまり、割と最近の人。
……場合によっては、マリスフォールが滅びた時に重なる人。
ちなみに、ウィアさんから繋がる家系図はあるのだけれど、ウィアさんに繋がる家系図は無い。
つまり、ウィアさんは『特筆すべきではない』血筋から嫁に来た人なんだろう。
「サイクロプス、この本を運び込んだのは、お妃さま本人?」
サイクロプスに聞いてみると、肯定らしき頷きが返された。
サイクロプスは手近なところにあった織物(見事な草花の織り模様が入った敷物らしい)を手に取り、頭に被って、フードのようにした。
「……」
そして、背を丸めてこそこそ、というように歩くジェスチャーをして見せてくれた。
「隠れて来た、っていうことかな」
尋ねれば、肯定の意が返される。
成程。となれば、このウィアという人は、マリスフォール関係者で、セイクリアナ王家に嫁いできて、そして、隠れ忍んで自らこの本をセイクリアナの宝物庫にこの本を隠した、という事になる。と思う。多分。
……この人がマリスフォール王家の血筋かは分からない。
でも、その可能性も、あるかもしれない。
ウィアさんの本は、手書きらしい文字が並ぶものだった。
ウィアさんが手書きしたのかもしれない。
……内容はごくごく普通の歴史書、といったかんじ。
特に変わったところは無い。
今から7代くらい前から4代前くらい……つまり、ウィアさんの時代前までの3世代分ぐらいについて、簡単に書いてあるだけのもの。
ちなみに、この中には『マリスフォール滅亡』も『テオスアーレ建国』も書いていないから、多分、マリスフォールが落ちたのはウィアさんの世代か、その1つ後の世代だということだろう。
……結構最近だった。
しかし、歴史書の内容はとても薄い。
本当にただ、『誰でも知っているような歴史をまとめました』とでもいうような、ごく一部の国周辺のごく大まかな歴史だけが書き連ねてあるだけなのだ。
私の目から見ても手を抜いて書いた感じがするのだから……多分、『歴史書』はフェイクだろう。
となれば、この本の中に、もっと重要な何かがあるのだ。
疑いつつも特に何も発見できないまま歴史書のページを捲っていったら、ある1ページがとんでもないことになっていた。
「読みづらい!」
そのページには、普通に歴史書の内容が書いてあった。
……が、それに被せるように、赤いインクで別の内容も書いてあったのである。
文字が被って滅茶苦茶に読みづらいそれをなんとか読んでみた。
内容は大体、『邪神について』。
邪神がいかに素晴らしいものかが記され、その後に『邪神を復活させることは王家の崇高な使命である』というような内容が続き、最後には『邪神を復活させるには邪神の力の体現であるダンジョンに大量の魂を捧げる事』と記されていた。
……レイル君や『静かなる塔』さんが言っていた事を補強する形になった、だろうか。
しかし……この時点で、つまりマリスフォール陥落前から、『ダンジョンが邪神の力の体現である』という認識があったという事になる。
しかも、『ダンジョンに大量の魂を捧げる』と邪神を復活させられる、とも。
なら。
なら……グランデム王の言葉を思い出す。
『魔を呼ぶほどの姫君が、戦に巻き込まれて死ぬとも思えぬ』と。
……ということは、多分、ミセリア・マリスフォールさんの死体は見つかっていない、んだろう。
そしてもし、本当にミセリア・マリスフォールさんが生きているとしたら。
……きっと、ダンジョンに居るんじゃないかな。
なんとなく先行きが不安になったところで、次のページも見てみた。
次のページは普通のページ。つまり、薄っぺらい歴史が書いてあるだけ。
ただ、そこから10ページちょっと進んだら、また滅茶苦茶に読みづらいページが現れた。
……そのページには、ウィアさんが編み出したと思しき魔法について記してあった。
真っ先に目に入ったのは、『ダンジョンを見つける魔法』。
数種類の薬草と模様を描いたお札みたいなものと魔石とを一緒に手提げ香炉にくべると、煙が一番近いダンジョンの方へ流れるのだそう。
これは早速役に立ちそう。
その他には、人を石にする魔法、異教徒(つまり、邪神じゃない神を信仰している人だと思う)を呪う魔法、死んだ人をゾンビにする魔法……と、結構真面目で堅実な魔法が並んでいた。
『ヴメノスの魔導書』と比べると、規模が小さくて、ジョーク成分が無くて、効果もそれ相応に『掌握できる範囲』に留まっているような……つまり、『結構真面目で堅実』な印象を受ける。
……ええと、これは単純に比較になるけれど。
『ヴメノスの魔導書』の著者が本当にミセリア・マリスフォールなら、彼女の人柄は……。
……やめておこう。
宝物庫の中身を一通り検分したら、『王の迷宮』に運び込んでおいて、私はゴーレム達を率いてまたセイクリアナの町へ向かう。
尤も、今度はそんなに念入りに家探しするつもりは無い。
薬屋と武器屋と宝飾店を漁って、必要なものを持って行くだけ。
そんなに時間もかからず、町の探索も終わった。
収穫はそこそこ。
武器屋で手に入れた剣やナイフは、メーカーにつっこんでモンスターにしよう。
薬はいくらあっても足りない事は無いだろうし、宝飾品も多分、役に立つ事もあると思う。
それから、丁度『幸福の庭』までの帰り道の途中にあったので、西駐屯部隊の詰め所にも寄ってきた。
案の定、予備の物らしき武具や薬が備えてあった他、割と広域の地図なども置いてあったので貰っていくことにした。
それから、『要警戒!』と手書きされた紙が貼りつけられた木箱の中に、小さな箱や手紙がたくさん入っていた。
小さな箱にはそれぞれ、ささやかな(時々ささやかじゃないものもあったけれど)宝飾品が入っていて、手紙は……。
……手紙は、大体が、『メディカ』に宛てたものだった。
そして、その大半が恋文の類だった。
時々、熱烈な愛のポエムがしたためてあった。
なんとなく嫌な予感がして漁ってみたら、私が書いた物もここに入れられていた。
……こいつはひでえや。
……それから。
詰所の横にあった倉庫には、黒いマントがたくさんあった。思わず笑みが零れる。
マントをつんつん、と軽くつついたら、マントはもぞり、と動く。
「お疲れ様!いえーい!」
マントの山に向けてハイタッチの構えをとると、マントがしゅばばばばっ、と舞い上がり、ふわふわ人型っぽくなりながら一列に並んだ。
順番に皆とハイタッチした。
町のあちこちに『押収』されて散らばったファントムマント達は、ハイタッチしたばかりのファントムマント達が連れてきてくれることになった。
ファントムマント達がふわふわと出ていったのを見ながら、私は『幸福の庭』へ戻った。
早速、次の侵略の目標を決めよう。
……次に侵略する国は、レイナモレか、セイクリアナの隣国オリゾレッタ。
けれど、国の侵略と同時か、或いはその前に、やっておきたいこともある。
『静かなる塔』さんが言っていた、『恋歌の館』と『常闇の洞窟』。
これらのダンジョンは、邪神復活のために動いている、と聞いている。
ならば、私の持っている『世界のコア』を狙っている可能性もある。
……だから、早めに潰しておいた方がいいんじゃないか、という気がする。




