96話
手近な人を手当たり次第に殺し始めて、包囲網の動きが早まった。
テオスアーレでの戦争でも大活躍したゴーレム達は、その時に得た技術や知識を用いて、どんどん民衆を殺していく。
やっぱり『慣れ』というものは、それだけで強さになる。
きっと、セイクリアナの次に滅ぼす国は、もっと上手に滅ぼせるだろう。
一方、ロイトさん達も奮戦しているらしかった。
ロイトさん達そっちのけで民衆を殺し始めたゴーレム達に面食らったものの、すぐにまたゴーレム達を追いかけ始めたらしい。一時収まった魔法が、また発動し始めるのが見える。
……お互い、目的がお互いじゃなくて民衆だから、余計に複雑な盤面になっているんだろう。
ロイトさん達の近くに居るゴーレムには、できるだけ『幸福の庭』の近くまで逃げてもらいたい。
最悪の場合、民衆は放っておいて(ロイトさん達がいくら頑張ったところで、わざわざ戦闘の近くにつっこんでいく民衆は少ない)、ゴーレム達が逃げてくれさえすれば、ある程度はこっちでなんとかできる。
あとは時間との戦い、ロイトさん達との戦いだった。
……ロイトさん達も、『いつか確実に強くなる方法』を手にしているらしいから、逆に言えば、それまでは私との戦闘を避けたがるはずだ。少なくとも一度、私は彼らを殺している。それは彼らにとって、プレッシャーになるはずだから。
……だから、本格的な戦闘にはならなくて済むとは思うのだけれど、逆に、隙を見せれば……『今のままでも勝てる』と思われたら、すぐに殺しにかかってこられてもおかしくはない。
だから、できるだけロイトさん達に見つかる前に、精霊を殺してしまいたかった。
私だって、5人の絆パワーを覚醒させたロイトさん達と、しかもダンジョン外で戦うなんてことはしたくない。
いくら弱くなっていたからって、団結してかかってこられたらかなり面倒な相手である事ぐらいは分かっている。
……だからこそ、ロイトさん達には『撤退』してもらいたいのだ。
彼らはセイクリアナの人間じゃない。
とても良い人達だから、目の前で殺される民衆を見て助けようとはするけれど、第一に優先するのはストケシア姫、その次は『新しいテオスアーレ』のはず。
……だから絶対に、『落としどころ』はある。
お互い戦わずして、適当にやり過ごす方法があるはずだ。
戦う前にきちんと戦う準備をしたいのは、お互い様だろうから。
如何に速く殺すか、という戦いを強いられる中、ムツキ君とボレアスがちょっと不思議なことをした。
ボレアスが《ツイスター》で小さな竜巻を起こした中に、ムツキ君が《ファイアフライ》で火の玉を幾つも放り込んだのだ。
竜巻に煽られた火の玉は燃え盛り、それなりに激しい炎へと変わっていく。
激しい炎は竜巻に煽られ大きくなり、炎によって巻き起こった風が竜巻を大きくする。
……やがて、竜巻と小さな火の玉は渦巻く劫火となり、町を焼き尽くしていった。
「すごい」
思わず感嘆が口から洩れると、ボレアスとムツキ君はそれぞれ満足げにぱたぱたしたり、親指を立てて見せたりしてくれた。
成程、ダンジョン外の、それも開けた場所で、破壊と殺人とを目的にした時だけにできる魔法の使い方だ。
渦巻く劫火とそれに焼かれていく町と人とは中々の迫力だった。
町を火が焼き、ゴーレム達が破壊していき、どんどん民衆を追い詰めていく。
そうしてついに、サイクロプスの肩の上に立たなくても『幸福の庭』の農業用塔が見えるようになってきた。
……が、その頃にはもう、ロイトさん達の戦闘の様子がやはりサイクロプスの肩の上に立たなくても見えるようになっていた。
もう、手当たり次第に人を殺すにしても限界がある。
大分殺したけれど、まだ足りない。まだ、『幸福の庭』の奥に設置された砂時計型オブジェは、精霊の魂を回収できていない。
私はすぐ、『幸福の庭』に待機させておいたモンスター達に指示を出す。
するとモンスター達は指示を受け、『幸福の庭』の中に収容しておいた人達を殺し始める。
……火事場誘拐した分を合わせても、1000人ちょっと。
間に合えばいいけれど。
急に体が引っ張られて、動く。
すると、さっきまで私が居た所に、黒い淀みを固めたような矢が刺さっていた。
多分、闇系の魔法だと思う。
「っち、外しちゃったわ」
矢の飛んできた先には、ストケシア姫の近衛5人の中の1人、ルジュワンさんが居て、憎々し気に私を睨んでいた。
「一応聞いとくけど。アンタ、メイズ?メディカ?……それとも、初めからそんなの、どっちも居ないのかしら?ま、何でもいいけどね。アタシはアンタなんか最初っから信用しちゃいないんだから」
他の4人はいないのか。周りを見てみても、ちょっとよく分からない。
装備モンスター達とそれぞれ分担しながら全方位を索敵。
……でも、ロイトさん達残り4人らしい人達は見当たらなかった。
ということは、奇襲目的じゃなくて時間稼ぎか。
私はルジュワンさんを無視して、『幸福の庭』の方へ駆け出す。
「何よォ、ツれないわね。ちょっと待ちなさいよ」
そして、私を追いかけてくる魔法の矢が、すぐ足下に何本も突き刺さる。
……ダンジョン内なら、避けるのにそんなに苦労は要らないんだけれど。
「ボレアス、ムツキ君、さっきの」
仕方ないから、走りながら地面を蹴って半回転。ルジュワンさんの方に向き直った所で丁度、ボレアスとムツキ君がさっき同様、炎の竜巻を繰り出してくれた。
「っと、ちょ、ちょっと!何よこれっ、冗談じゃないっ!」
ルジュワンさんが炎にひるんだ隙に、一気に走って距離をとる。
距離をとりながら、逃げる民衆を辻斬りしていって、なんとか、間に合わせる努力を。
ルジュワンさんはしつこく追ってきた。
炎の竜巻をどうにかしたのか、後ろからまた闇の矢が飛んでくる。
一体、何のための時間稼ぎなんだろうか。民衆の避難?それとも、私を仕留めるための策略か。
「ちょっと、待ちなさいよ!アンタに、確認、しなきゃいけないことがあんの!」
ルジュワンさんが話しかけてくるけれど、気にせずとにかく人を殺す。
1人でも多く。
相対的により多くの人が『幸福の庭』に近い場所に居る状態で、絶対的に多くの人が死ぬように。
人を殺そうとする私に向けて、ルジュワンさんの妨害が入る。
さっきまでロイトさん達がゴーレム達を妨害していたのと同じように、ルジュワンさんは私を妨害して、少しでも多くの民衆を死なせまいとしている。
私はそれを掻い潜って、人を殺そうとする。
追いかけっこのように走り続け、ルジュワンさんと妨害し合い、人を殺し、『幸福の庭』の中で、人が殺されていくのを感じ……。
そうして急に、それは起きた。
ぴしり、とひび割れるような音が響いた。
ばし、ぴし、と、ひび割れのような音は続き、燃える町に響き渡る。
「ま、魔力が動いて……!?」
ルジュワンさんも困惑している所を見ると、ロイトさん達の策略じゃない。
……それに、私にはこれが何なのか、分かる。
『幸福の庭』の奥、砂時計型オブジェの中には、凄まじい勢いで魂が溜まっていっている。
この音が、セイクリアナの国の精霊の断末魔なのだろう。
それは案外あっさりと終わった。
拍子抜けしてしまうくらい、あっさりと。
ひび割れの音が止み、『幸福の庭』の砂時計型オブジェに魂が溜まりきってもまだ町は燃えていたし、民衆は逃げまどっていた。
ルジュワンさんのように、異変を感じた人も居たようだけれど、それでもその人達だって、『精霊が死んだ』と悲しむことも無く、ひび割れの音と異変が止んですぐ、また元のように、避難に戻っていった。
そして私はというと、もう目的を達したので、後は残った人をできるだけ多く『幸福の庭』まで追い込んで、ダンジョンエリア内で殺す、というだけになってしまった。
最悪、それができなくてもいいかな、というかんじでもある。
今回もたくさんの人を殺し、精霊を殺し、たくさんの魂を得ることができた。残りの人間は誤差の範疇だろう。
もしかしたら、彼らをわざと逃がしてエピテミアを豊かにして、『新テオスアーレ』を作る助けにした方がいいかもしれない。
何にせよ、ダンジョンエリア外で人を殺すメリットが無くなったので、空に《ラスターステップ》を掲げ、ゴーレム達に合図した。
ゴーレム達もこれで再び、人を殺すことよりも人を誘導することを優先し始めるはず。
それから、ひとまず精霊が死んだので、『幸福の庭』の人達の殺害には待ったをかけた。
ちゃんと捕まえておいておけるなら、このままにしておくのも悪くはない。残った人についてはまた後で考えよう。
「……今の、何だったのよ。アンタの仕業?」
ひとまず、人を追ってひたすら見境なく殺す事をしなくてよくなったため、ここでやっと立ち止まってルジュワンさんの話を聞く。
「さあ」
「……多分、アンタの仕業なんでしょうね。一体何をしたのかは知らないけど……長居は無用、ってトコかしら」
ルジュワンさんはあたりを見回しながら、緊張した表情で無理に笑みの形を作った。
勝手に警戒して勝手に撤退してくれる分には問題ないから、特に間違いを正す事もしない。
「じゃ、アタシは急いで姫様の所に戻んなきゃいけない訳だ。でも、その前に聞いておきたいことがあってね。……立ち止まったって事は、そのぐらいは付き合ってくれるつもりなんでしょ?」
「手短に」
ルジュワンさんの言葉の続きを促すと、ルジュワンさんは緊張と好奇と憎しみの入り混じったような、複雑な表情で言葉を紡ぐ。
「じゃ、単刀直入に聞いちゃうけどね。……アンタ、何が狙いだ?テオスアーレじゃないみたいよね。この様子じゃ。……まさか、世界でも滅ぼすつもりなの?」
「必要とあらば」
答えると、ルジュワンさんは、驚きと嫌悪の表情を浮かべた。器用な人だなあ。
「は。そ。『必要とあらば』ね。……アンタの『必要』が何か、は、教えちゃくれないか」
ここはどう答えるべきかな。
……この人達とそう遠くない未来で、再び敵対することがあるのは確実だし、1つまた、余計な情報を加えておいてもいいけれど、余計なボロは出したくない。
多分もう『メディカ』は死んだことにしてもいいと思うのだけれど、それも含めた下地の上に築き上げるとして、効果的な嘘は何だろうか。
迷っていたら、先にルジュワンさんが喋り出した。
「アンタは『ミセリア・マリスフォール』の命令で動いてるって訳?」
あ、それだ。
とりあえず、少々の驚きだけ、表面に出しておく。他は極力出さない。
ルジュワンさんはそんな私を見て、何かを読み取ったらしい。さっきより少し、笑みを深めた。
「『ミセリア・マリスフォール』ねェ。……正直、アタシはそれこそ嘘っぱちだと思ってんだけど」
正解。
「……『メディカ』なんて最初からいなくて、テオスアーレもセイクリアナも滅ぼして……風の噂じゃ、グランデムも滅びてるらしいじゃない?それにアンタが関わってないとも言い切れない」
こっちも正解。
「けど、ここまで来たらもう、『ミセリア・マリスフォール』が生きてるっていう方がよっぽど説得力があるわね。だって、アンタ1人でこれだけのことをやるなんて無理がある。それに、アンタ1人がこれだけのことをやる理由なんて、それこそ本当に『世界を滅ぼす』くらいしかもう無いじゃない。……だったら、『ミセリア・マリスフォール』がマリスフォールの悲願……『邪神復活』の為に訳わかんないことしてるって考えた方が、よっぽど分かりやすいじゃない?」
あ、急に意味わかんなくなってしまった。
……まあ、ダンジョンを使って元の世界を取り戻す為、なんて動機は、思いつきようがないか。
私の困惑をどう捉えたのかは知らないけれど、ルジュワンさんは肩を竦めて、『やれやれ』とでも言いたげなジェスチャーをした。
「ま、それはいいわ。それはこれからアタシ達がアンタを見て判断するから」
「そうですか」
ルジュワンさんは私の反応が気に食わなかったのか、ちょっとつまらなさそうな顔をして、しかし気を取り直したように続けた。
「それでもアタシ達はアンタを殺すわよ。勿論、アンタの後ろに居る誰かを引きずり出して、そいつもね」
居もしないものを引きずり出すのはさぞ大変だろうと思われる。
「……ま、ロイトとかスファーは無理やりにでも引っぱたいて気合入れてやるけどさ。姫様は……。……アンタ、もう姫様に近づかないで。あの子は優しいから、アンタに会ったら傷つくわ」
威勢の良い啖呵を切った割には、かなり女々しいお願いを付け足して、ルジュワンさんは私を見た。
私の真意を測るように、或いは、単純にお願いするために。
「約束しかねます。近づかないといけないことがあるかもしれない」
私が答えると、ルジュワンさんは憎々し気な、或いは傷ついたような顔で舌打ちした。複雑な表情をする人だなあ。
「ああ、そ。ならいいわ。姫様に近づいて来たらぶっ殺してやるんだから。勿論、姫様の見えない所でね!」
「ただ」
……このまま帰られるよりは、ちょっとでも困らせて帰したい。
少しでも惑わして、つけこむ隙を作りたい。
その一心で、私は言葉を選ぶ。
「その『必要』がなければ。ストケシア姫に近づかずに、目的を達することができる場合には。手段を選べる時には。……可能な限り」
語尾もぼかして、全体的にぼんやりした言葉を投げかければ、ルジュワンさんは皮肉さの抜け落ちたような表情を浮かべた。
「……アンタ、もしかして」
「ルジュワン!おい!何勝手に動いてるんだよ!」
そこへ丁度良く、ロイトさんの声が聞こえてきたので、私はさっさと退却する。
走りながら一度振り返ってみたら、ルジュワンさんはぼんやりと、私の方を見ていた。
ということで、『幸福の庭』に戻ってきた。
道中に居た人達はできるだけダンジョンエリア内に追い込んでから殺した。
逃げてしまった人は深追いしないことにする。
とりあえず今は、安全第一で。
「ということで、お疲れ様。いえーい!」
帰って一番、恒例となったハイタッチ。
装備モンスター達も一仕事終えた達成感に嬉し気だ。
「それから、サイクロプスも。お疲れ様。いえーい」
新しく仲間になってくれたサイクロプスは体のサイズのせいで、ダンジョンの中で座っていないと天井に頭がつかえてしまう。
……クロノスさんみたいに分解して運び入れて組み立てる、みたいなこともできないし、外からモンスターを連れてくるとなると、やっぱり大変。
サイクロプスとハイタッチ(サイクロプスにとってはロータッチ)しながら、ダンジョン改築計画を頭の中で考え始めた。
さて。今回のリザルト。
今回手に入った魂は、55,547,114ポイント分。
やっぱり精霊の魂が入ると一気に潤う。
手に入ったものもそれ相応にある。
兵士をたくさんダンジョン内で死なせることができたので、今回は結構効率が良かったと思う。
けれど、アイテムの整理の前に、最後の後片付けかな。
『幸福の庭』で殺し残した人達の処理をどうするか、の問題だ。




