94話
滅ぶことが半分以上確定している町にいつまでも留まる理由も無い人達は、着々と避難を続けている。
ちょっと『王の迷宮』や最初のダンジョンに戻って周りの様子を見てみたりしたら、セイクリアナの方から荒れ地が整地されて、ある程度まで普通の馬車が走れるようになっているのが見えた。
ロイトさん達が高速移動しながら魔法で荒業整地した奴だと思う。
避難の話を『静かなる塔』でした時にそんなこと言ってたから、それを実行したんだろう。
やりよる。
ということで、人が抜けていくセイクリアナから王が逃げる前に、王を確保してしまいたい。
最悪、捕まえられなかったら捕まえられなかったでエピテミアを滅ぼせばいいから別にいいのだけれど、テオスアーレ復興の事を考えると、エピテミアには人を集めてそのままそっとしておきたい。
やっぱり、セイクリアナはセイクリアナで決着をつけてしまった方が良さそうだ。
まずは、『静かなる塔』からクロノスさん率いるゴーレム部隊をセイクリアナの都に向けて動かす。
クロノスさんの足なら1日足らずで到着するので、その時までは都より少し離れた場所で待機していてもらう。
合図は農業用塔に旗を揚げて行う事にした。
それから、影武者シカーダさんの言っていた通り、『中庭の滝の裏』の隠し通路の先に居るらしい国王の元へ手を出す。
念のため、先にファントムマントとブラッドバットを数匹ずつ偵察へ行かせることにした。
真夜中に移動させれば、それぞれ上空をふわふわ飛んで宵闇に紛れて、人の目には留まりにくい。
最悪、見つかっちゃったら見つかっちゃったで火を放って炎上オチにしておいで、という指示をしたので、多分大丈夫だと思う。
それから偵察部隊の帰りを待つ内にも、セイクリアナの都からはどんどん人が移動していく。
ロイトさん達が荒業整地した道を、普通の馬車がどんどん通っていく。
……つまり、馬車を持っていない、馬車に乗るお金が無い貧民層は避難しはぐれる、ということか。
諦めて徒歩で移動する人も居たけれど、町にはまだまだ避難できていない貧民が居る。
ふむ。
これはチャンスのような気がしたので、急いでグランデムやテオスアーレから馬を調達してきて、即席で馬車を数台作って牽かせる。
御者として、ゾンビ(綺麗めに作った)を乗せ、ファントムマントを着せる。馬車には『乗合馬車:銅貨3枚』の看板を取り付ける。『満員』の札も作った。
……これを『幸福の庭』の隅の農業用塔から、目立たないようにこっそりと発車させた。
少ししたら、馬車が中に貧民達を乗せて『幸福の庭』に戻ってきた。
火事場泥棒万歳。
火事場泥棒ならぬ火事場誘拐をしていたら、偵察部隊が戻ってきた。
「お帰りなさい。どうだった?」
尋ねると、ブラッドバット達が床の上に広がり、絵を描いた。
……なんだろう。
私には、一つ目の、角が生えた巨人の絵に見える。
「……これは、国王?」
ファントムマント達が、『いいえ』の合図として教えたように、ひらひら、と横に揺れる。
「ええと、じゃあ、こういうモンスターが居た、ということでいい?」
ファントムマント達が、『はい』の合図として教えたように、ぱたぱた、と縦に揺れる。
……どうやら、隠し通路の先にはモンスターが居たらしい。
町の避難状況を見て、翌々日の夜になってから行動を開始。
私は、農業用塔の上に、赤い旗を掲げた。
良く見えるように『光石(大)』でライトアップ。これでクロノスさん達にも見えるはず。
クロノスさん達を動かしたら、『幸福の庭』からも、炎上ブラッドバット部隊を出撃させる。
これで、『幸福の庭』から遠い方から順に町が焼けていくはず。そして、そこへクロノスさん達が追撃を掛ける予定。
『幸福の庭』の中で待つモンスター達にも準備を整えさせておいて、私は王城へ向かう事にした。
目指すは、国王……ではなく、見つかったモンスターである。
《ラスターステップ》でいつも通り、夜間飛行して都の中央、王城へ向かう。
その頃には町の端から火の手が上がっていて、兵士達の注意はそちらに向いていた。
私も、適当に城の一画に火を放って兵士の注意をそちらに向けておいて、中庭へ潜入。
ブラッドバットとファントムマントに案内してもらいながら滝の裏に潜って、その先へ進む。
……そして、そこには、大きな部屋と、その部屋の奥の通路を守るモンスターが居た。
一つしかない大きな目。5mは超えるであろう巨体。
……多分、『サイクロプス』、だと思う。
サイクロプスは、私が近づくと、その目玉をぎょろり、と私の方へ向けた。
「こんばんは」
挨拶しながら敵意が無いことを伝えるも、残念ながら、サイクロプスには愛想が無い。
……さて。
このサイクロプスが守る通路の先に、国王が居るのだろうか。
なら、このサイクロプスをどうにかして先に進みたいのだけれど。
「退いてくれないかな。この先に用があるのだけれど」
しかし、サイクロプスは退いてくれない。当然か。
……なので、私はこのサイクロプスと戦う……ことはしない。
折角、こんな強そうなモンスターが居るのだ。
これは、こうするしかないだろう。
「《一家眷族》」
『王の迷宮』さんが私に使ってきた(と思しき)スキルを使う。
じっと、サイクロプスの目を見て。『仲間になれ』と念じつつ。
すると、サイクロプスは手に持っていた棍棒を振りかぶり……私に向けて、振り下ろしたのだった。
「駄目じゃんこれ」
『王の迷宮』さんに文句を言いたい。全然駄目じゃん。
……そういえば、『王の迷宮』さんも私をテイムしようとして失敗していたし、まあ、こんなもの、なんだろうか。
サイクロプスは私を狙ってひたすら大ぶりな攻撃を仕掛けてくる。
縦方向から来る分には避けるのも楽なのだけれど、横から薙ぎ払うように来られると、ちょっとしんどい。
《ツイスター》で風を起こして飛んで、相手の攻撃を避ける。
空に浮いたところを狙ってくる攻撃も、《ラスターステップ》で避ける。
そして、ある程度サイクロプスに近づいたところで、一気に距離を詰めて……その喉を、ピジョンで斬り裂いた。
……が、私の着地と同時に、サイクロプスの傷口から滴っていた血が止まった。
代わりに、傷口から煙のようなものが上がり……。
サイクロプスの傷は、癒えていた。
それから、至近距離で魔法をぶつけたり、ホークとピジョンでめった刺しにしたり、と色々やってみたのだけれど、殺す前に治されてしまう。
成程。これは、影武者シカーダさんが私にここの情報を教えてくれた訳だ。
この先に国王が居るかも怪しいけれど、それ以上に、シカーダさんは私がここのサイクロプスにやられることを期待してここの情報を教えてくれたんだろうな、という事がよく分かった。
ある意味、私は罠にかかった事になる。
……唯一の救いは、ここでセイクリアナの兵士が後ろから私に攻撃を仕掛けて挟み撃ちにしよう、とかしないでいてくれることか。
多分、今頃兵士諸君は城の消火作業に勤しんでいると思う。
さて、このままじゃ埒が明かない。
このまま、攻撃して回復されて、攻撃して回復されて、を繰り返していたら、その内私が消耗して負けてしまうだろう。
……だから、狙うは一撃必殺、なのだけれど。
もう一度、攻撃に転ずる。
腹を刺し、胸を斬り、腹が治り始めたのを見ながら喉を割いて、そして。
「《一家眷族》!」
そしてもう一度、《一家眷族》。
さっきは駄目だったけれど、相手にダメージが入っているなら、或いは。
……間違いなく一秒以上、呼吸を止めて見つめ合っていた。
すると、サイクロプスの目の奥がぽわん、と霞んだように見え、それと同時にサイクロプスは、構えていた棍棒を降ろし、そして改めて、じっと私を見つめてきた。
一方、私の側には奇妙な手ごたえのようなものがあった。……多分、成功したんだろう。
試行回数を増やしたことが勝因だったのか、それとも、ダメージが入った状態で《一家眷族》を使ったのが勝因だったのかは分からないけれど、とりあえず、サイクロプスはすっかり大人しくなって、私を見つめている。
「ええ、と。……よろしくね?」
手を伸ばすと、サイクロプスはその巨大な手で、恐る恐る、というように、私の手をつまんで、小さく小さく(私にとっては大きく大きく)振って、握手した。
……さて。
およそ、正攻法では勝てそうにない相手だったけれども、なんとか仲間にできてしまった。
これ、時間経過でスキルの効果が切れる、とか、あるだろうか。
……ありそうで怖いな。
しかし、《一家眷族》のコストなのか、正直、《ラスターケージ》よりもずっとずっと疲れてしまった。これは気軽に使えないかな。
疲れたまま先に進んで返り討ちに合うのも嫌なので、少し休憩してから作業に戻ろう。
30分程度、サイクロプスの胡坐を布団にして仮眠をとったら幾分元気になった。
なので、今度こそ、国王を探しに行こう。
サイクロプスが守っていた部屋の奥へ進むと、そこには金銀財宝、眩いばかりの宝物、そして希少な文献らしきもの、一目で業物と分かる武具、よく分からない薬品みたいなもの……と、様々な物品が保管されていた。
「ここは宝物庫なのかな」
入り口で待たせておいた(宝物庫は狭くてサイクロプスは入れなかった)サイクロプスに聞けば、サイクロプスは1つ頷いてみせてくれた。
「ここのさらに奥、って、ある?」
サイクロプスは首を横に振る。
私もみっちり探してみたけれど、やっぱり、宝物庫は宝物庫で行き止まりだった。
それから、滝の裏の隠し通路の中を宝物庫の外も含めて全部探し回ったけれど、やっぱり国王はいなかった。
……まあ、いいか。
サイクロプスが手に入ったのだから、むしろ儲けたと思わなくては。
そして、10分後。
一つ目の巨人は手にした棍棒であたりを薙ぎ払い、兵士を薙ぎ倒し、城を破壊し、暴虐の限りを尽くしていた。
「く、くそ、何だこの魔物は!」
「宝物庫を守る魔物だったはずだが!一体誰が目覚めさせたんだ!」
「おい!こういうのって普通、城の人間を攻撃しないようになっているんじゃないのか!」
「俺が知るかよ!現に攻撃してきてるだろうが!」
……こんな調子で、城は、混乱していた。
サイクロプスはその再生能力のおかげで、放っておいても安心な逸材。
城の中庭で暴れに暴れ、兵士をひきつけ、城を破壊していった。
……そしてその陰で、1台の馬車が飛び立った。
よし。
とりあえず、《フレイムピラー》で馬車を撃ち落とした。
すっきり。