9話
やっぱり、薬草を畑に植える時間は無さそうな気がする。
ダンジョンに入って左側の通路から一気にB2Fまで向かう。
草地の部屋に薬草の苗を適当に置いたら、リビングアーマー君と一緒にB2Fのトラップ部屋で待機。
そうこうしている間に、侵入者がやってきた。
今回の侵入者は5人。
男性3人に女性2人だけれど、今回は全員武装している。
全員さぞ強いことだろう。多分、全員が剣士さんとか両手剣の戦士さんレベルの強さなんじゃないだろうか。
……だがそれはつまり、殺せば魂がたくさん手に入るだろう、ということでもある。
どっちにしろ、私が用意する選択肢は『殺す』だけだ。
『殺される』にならないように気を付けながら、今回も頑張っていこう。
+++++++++
きっかけは、テオスアーレの都に向かう道中でテロシャ村に泊まった俺達に、緊急の依頼が舞い込んできたことだった。
夕方遅くになってから、村で騒ぎがあった。朝早くから薬草摘みに行っていた女性2人が戻ってきていないらしい。
そして、村を警護する役割を担う戦士の姿も見えないという。
警護の戦士が居ればそいつに女性2人の捜索を頼むが、姿が見えない以上そうもいかない。しかし、都やエピテミアまで依頼を飛ばしている時間の猶予も無い。
……そういうことで、たまたま村に滞在していた俺達のパーティに女性2人の捜索依頼が出されたって訳だ。
ま、うちのリーダーはお人よしと正義感の塊みたいな奴だからな、当然、引き受けやがった。
金が貰えるなら文句は無いが……夜に森の中を探索させられるってのはちょっと、な。
「ジャス、そっちは?」
「人の痕跡すらねーよ」
リーダーであるヘンブレンに返しつつ、地面を探すが、やっぱり人が居た痕跡は無い。
俺が探してるのは専ら、血や骨……つまり、『死体』だ。
……森から帰ってこない人間の末路なんて、大体そんなもんだろ。俺は生憎、ヘンブレンほど明るく前向きな性分じゃないもんだからな、帰ってこない女性2人の生存ははなから信じてない。
「そうか……イルファ、そっちは?」
「駄目ね。こっちの方に行ってみるー、って女性2人は言ってたんでしょ?ならもうちょっと先まで見た方が良いんじゃなーい?」
イルファは射手だから、目も耳もいいし勘も鋭い。こいつが先まで行った方が良いって言うならそうなんだろうな。
「……もう、魔物に食われて死んでたりして……」
「ケヴィ、よしなさい。そんなこと……冗談でも言うものじゃないでしょう」
ケヴィの台詞は尤もだが、あんまりそういうことは言うもんじゃない。ミサが悲しむ。
ミサはクールなようで根はやさしい女性だ。きっと、薬草摘みの女性たちの死体を発見しちまったら、深く悲しむだろう。
……だから、まあ、できれば、ミサより俺が先に死体を発見できりゃ、いいんだけどな。
が、俺達が発見しちまったのは、死体よりも厄介な代物だったのかもしれない。
「……ダンジョンか、これは」
「そうだと思うわ」
「もしかして、女性2人はここに入っちゃった、ってわけえ?うわー……」
暗い森の中、白く浮かび上がる祭壇。
昼間に見ればまだそんなに不気味でも無いんだろうが……月光に照らされるダンジョンの祭壇はどこか現実離れしていて、不気味に美しく、目に焼き付く。
「……入ってみよう。皆、いいな?」
ヘンブレンが振り返ってパーティメンバーに尋ねる。
勿論、反対する奴は居ない。
仮に、ここに女性2人が居なかったとしても……ダンジョンに潜らない冒険者なんて、冒険者じゃねえよ。
ダンジョンに入って最初に目についたのは、壁に書かれた数字と記号だ。
……ま、ちょっと時間をかけりゃ、俺でも解けなくは無いが。
「これはなんだ?ケヴィ、分かるか」
「解無し」
だが、俺が考えるまでもない。こういうことが得意なケヴィがさっさと解を導き出してくれた。
流石、エピテミア魔道学校の首席様は違うね。
「答え、無いのぉ?んー……この先に『解無し』を使う仕掛けでもあるのかな」
「あれじゃないかしら」
そして、答えを使う場所はすぐに見つかった。
次の部屋へのドアには、数字が刻まれた輪が4つ連なった仕掛けが取り付けられていたのだ。
「えええ、答え、無いんでしょ?なら、なんで……え?え?」
勿論、イルファあたりは混乱しちまう訳だが……こんなもん、答えは簡単だ。
「こういう事だろ」
俺が蹴り飛ばすと、ドアはあっさり壊れた。
『解無し』。つまり、答えは無い。数字の鍵はフェイク、って訳だ。
このダンジョンを作った奴は中々センスがあるな。ま、魔物の考えなんざ俺の知ったこっちゃねえが。
蹴り壊したドアの先は、また部屋だった。
が……部屋の中には、ドアが2つ。そして、ボタンが2つ、だ。
「開かないな……おい、ジャス。これ、開けられるか」
「ドア自体には鍵も何も無い。多分、そこのボタンを押せば開くようになってるんだろ」
凶悪な罠の気配が無いことを確認してから、足元のボタンを踏む。
……が、何も起こらない。
「え、ちょっと、何も起こらないじゃない」
「多分、そっちのボタンも押さないと開かないんだ」
ドアは2つ、ボタンも2つ。
……これだけで、仕掛けの意図が分かるってもんだ。
多分、このボタンを両方押したら。
「ボタン……これかしら?」
「あっ」
「あ」
「うそーん」
……ボタンを押したら、どうなるか。
それを証明するように、ミサがもう1つのボタンを押してしまい……俺達は、現れた壁によって2手に分断されてしまった。
「ミサ!ミサ、聞こえるか!」
「聞こえるわ」
「んもおおおお、ミサったら、こういう時抜けてるんだからあああ!」
「ごめんなさい」
……ミサはこういう所が時々抜けてる。
凄く強い剣士ではあるんだが……どうしたもんか。
「入ってきたドアも塞がれたな……ミサ、そっちからも出られないか」
「駄目みたい。……でも、進む扉は開いてる」
……どうする、なんて、分かり切ってるんだけどな。くそ……。
「じゃあ、先へ進もう。多分、この先で落ち合えるはずだ」
「分かった。ヘンブレン達も、気を付けて」
短いやり取りの後、壁の向こうでミサが先へ進んだ気配があった。
「おい、いいのかよ、ヘンブレン!」
「良いも何も、こうするしかないだろ、ジャス。……大丈夫だ、ミサは強い。それに、ちょっと抜けてるところはあるけれど、トラップに易々と引っかかるような奴でも無いさ」
……俺も、分かってはいる。分かってはいるんだが……くそ、ミサ、無事でいてくれよ。
「ミサよりもこっちの心配した方がよかったね」
「ああ、全くだ!」
ミサに追いつくため、俺達も先へ進んだんだが……進んだ先にあったのは、凶悪な迷路だった。
道が幾手にも分かれていて、正解の道が分からない。
螺旋階段を上ったり下りたりして、2つの階層を行き来しなきゃいけない。
トラップが多すぎて、気配でトラップを探すことができない。
……こりゃ、最悪だな。
「……ここ、さっきも通った」
「そう言われてみれば、この柱、見覚えがあるな……」
「私もう嫌あ!モンスター出てこないし!トラップばっかだし!」
「落ち着けって。多分、さっきの螺旋階段で方向が狂ったんだろ。もう一回階段まで戻るぞ」
凶悪な迷路は俺達を肉体的にも精神的にも疲労させていった。
トラップに気を付け一歩ずつ進み、かつ、狂いそうになるマッピングを進め、道に迷い、引き返し、時々トラップに引っかかりそうになり、負傷しつつそれでも先に進み、しかし先へ進んでいる実感はなく……。
これで、疲労しない方がおかしい。
……そのせいだろう。
「あ、見てみて。さっきの階段の裏に落とし穴があるよ?……これ、落ちたら今まで行ってない場所に行けるんじゃない?」
道を見つけたイルファが、階段の裏へと駆けていき……そして。
「あっ」
一瞬のことだった。
床が、音もなく伸びあがった。
上にイルファを乗せたまま、床は伸びていく。
そして、重い音を立てて、床だったものは柱になった。
「……イルファ?」
天井と柱の間から、赤いものが染みだしてくる。
俺達はそれを茫然と見守るしか無かった。
それでも、茫然としている暇はない。
こうしている間にも、俺達と別れて進んでいるミサが危険な目に遭っているかもしれないのだから。
誰からともなく、攻略を再開した。
イルファが見つけた落とし穴は、イルファの言う通り、新たな道へ繋がっていた。
そして、俺達は進み続け……ついに、迷路を抜け出すことができたのだった。
+++++++++
……まさか、侵入者が1:4に分かれるとは思って無かった。
というか、もう一度ボタンを押せばシャッターが開くことに気付かないとも思わなかった。
相手にとって有利な編成を組まれることを避けるため、ヒント無しにしたけれど……こういう事故で折角の分断チャンスが台無しになるのも考えものだ。……ヒントを入れなきゃだめかもしれない。
……いや、でも、今回はこれで良かったと思おう。
少なくとも、割と強かったであろう剣士を1人、簡単に潰せたのだから。
鉄球に追われて駆けてきた女性剣士を出待ちして、トラップにかける。そこを、リビングアーマー君と一緒に叩く。そういう手筈だった。
……けれど、女性剣士は、トラップを避けた。
咄嗟に判断が利かないであろう状態で、である。
冷や汗が出たけれど、迷わず次のトラップを作動させながら、私とリビングアーマー君とで攻撃をしかけて、なんとか仕留めることに成功した。
……しかし、これが『冒険者』か。
最初の3人組とか、その後の薬草摘みの女性とか、そういう人達とは全然違う。
こんなのが、5人も。(1人減ったけど。)
……私は敵を、見誤っていたかもしれない。
迷路に進んだ4人も、致命的なトラップは悉く回避していった。
勿論、飛んできた矢が肩口を掠るとか、トラバサミに足首を噛まれるとか、そういう事はあったけれど……矢を心臓や喉で受けてくれる侵入者はいなかったし、床から飛び出る槍にクリンヒットしてくれる侵入者も居なかった。
……10人20人ならまだしも、4人ぐらいだと案外身動きできちゃうらしい。
今回の侵入者達は、私にとって最悪の条件を揃えて迷路を攻略してくれていた。
けれど、最後の最後で射手を潰せたのは良かったと思う。
4人を一度に相手取るのが3人になっただけでも大分違うし、それに、近距離攻撃に遠距離攻撃が混ざる可能性を1つ潰せたのだから。
……いくらトラップがあって私の思い通りに動かせるバトルフィールドだからって、限度はある。
私の頭脳は1人分しかない。その1人分の頭脳で、私を動かして、トラップを動かす。
相手の近距離攻撃に気を付けながら、更に飛んでくる矢にも気を付ける。
……それは流石に、遠慮したい。
そして、女性剣士の死体を目立つところに置いておいたところで、ついに、3人の侵入者が私とリビングアーマー君の部屋に入ってきた。
……戦闘開始。
「ミサ!」
真っ先に、侵入者の中の1人……身軽そうな恰好の、ナイフを装備している人……ジャスさんが死体に駆け寄っていった。
このために死体を回収しないで置いておいたのだから、こうなってくれなきゃ困る。
「ジャス!罠だ!」
リーダーのヘンブレンさんが叫ぶけど、遅い。
死体のそばに仕掛けておいたトラップを発動させれば、死体に気を取られていたジャスさんはトラップに引っかかってくれた。
トラップは、大きなトラバサミと天井から降ってくるギロチンの刃だ。
トラバサミに骨を砕くほどの力で足を挟まれ、つんのめって転んだ先に降ってくるギロチンの刃。
……しかし、咄嗟に即死は回避したらしい。ギロチンの刃は侵入者の腕を斬り落とすにとどまった。
仕方ない、とどめは手動で刺すしかないか。
「させるか!」
……しかし、そうはさせてもらえないらしかった。
目の前に振り下ろされた剣を咄嗟に避けて、数歩、後退。
そこに飛んできたナイフは、リビングアーマー君が弾いてくれた。
「……お前がダンジョンのボスか」
そして、私達に向き合う侵入者2人。
リーダーの剣士のヘンブレンさんと……てるてる坊主さんからてるてる要素を抜いたような恰好をしている、ケヴィさん。なんだこいつ。もしかして魔法とか使ってくるんだろうか。
「薬草摘みの女性が2人、ここに来なかったか」
頭の中で、使えるトラップを考える。
「質問に答えろ!」
私は問いに答えない。というか、喋らない。そんな余裕は無い。
……そして、私が頭の中で戦略を組み立て終わったとき。
「《疾風怒濤》!」
「《スプラッシュ》!」
一斉に、侵入者たちが攻撃を仕掛けてきた。
ヘンブレンさんの剣を止めたのは、リビングアーマー君だった。
私とヘンブレンさんの間に割り込んで、盾で防いで、剣で防ぐ。
とにかく速い攻撃を何度も何度も何度も繰り出すヘンブレンさんとリビングアーマー君は、そこで完全に拮抗する。
私も黙って見ていたわけじゃない。いきなり現れた水玉を避けながらケヴィさんの足元で落とし穴を作動させて、そこに壁から矢を放つ。
「っ、《キャタラクト》!」
が、落とし穴は避けられて、矢は現れた大滝によって防がれる。
すかさず、反対側から矢を飛ばし、床から槍を突きださせる。
「《スプラッシュ》!《フリーズ》!」
今度は、矢は水玉に当たって軌道を逸らし、床からの槍は凍らされて防がれてしまった。
……手数が足りない。
あと1手。あと1手加えれば、この魔法使いも防ぎきれないだろう。
なら、やることは決まっている。
手が足りないなら、私がその手になればいい。
壁から矢を射出しながら、床の落とし穴を作動させて……さっきと同じように避けられたところで、私は、スコップを振りかぶった。
「ジャス、今だ!」
が、罠、だったらしい。
「くらえ!」
トラバサミに挟まれて、片腕を失ったままのジャスさんが投げたナイフが、私に迫る。
刃の鋭い煌めきを目の端に確認して、私はすぐ回避に移り……そこで、別の鋭い輝きを見た。
リビングアーマー君の攻撃を受ける危険を冒して、私への攻撃に移った、ヘンブレンさんの剣が、私に迫っていた。
「《一刀両断》!」
距離を取ろうと地を蹴ろうとして、足が動かない事に気付く。
見れば、ブーツが床に凍り付いてしまっていた。
……回避が、間に合わない。
なら、せめて。
私はスコップを《一点突破》のために構えた。
衝撃と痛みを覚悟した私の目の前が、鈍色に染め上げられた。
それは、鈍色の金属板。鎧の胸部パーツ。
倒れ込むようにしながら、私とヘンブレンさんの間に割って入った、リビングアーマー君の姿だった。
凄まじい音と共に、ヘンブレンさんの剣が、鎧の板金を切り裂いた。
傾いだリビングアーマー君はそのまま床に倒れる。
鎧の金属が床にぶつかって、また派手な音をさせた。
そして、倒れたリビングアーマー君に降り注ぐ第二撃。
リビングアーマー君に振り下ろされる剣を見て、私は。
「合成!」
『この場にある、このダンジョンのものである鎧』に、リビングアーマー君を合成した。
そう。
『今、私が着ている鎧』だ。