89話
複数のダンジョンに同時に侵入されるなんてことは十分にあり得ることだし、今まで起きなかったのが幸運だったわけなのだけれど(そもそも国が滅びたりして攻略する人が居なくなったからという理由は置いておいて)、流石にこれはちょっと困った。
『静かなる塔』にはロイトさん達ストケシア姫の近衛5人。
『幸福の庭』にはセイクリアナ国王と10人の強そうな近衛達と100人程度の兵士達。
……『静かなる塔』に向かったロイトさん達は悪魔によって生き返って弱体化しているらしいけれど、それでも十分な強さが見込まれ、一方、『幸福の庭』に来ているセイクリアナ国王は、『私との対談』を目的に来ている。
……これは、これは……。
私は、どちらに行くべきなんだろうか。
相手の目的はさて置き、私の目的を整理しよう。
まず、『幸福の庭』とセイクリアナ国王。
こっちの目的は、『国王の捕獲および殺害』。
国が滅ぶ条件が今一つ分からないから、とりあえず国王は殺しておいた方がいいかな、というのが、今回国王を招いた一番の目的。
だから、国王は最低でも殺害、あわよくば捕獲しなくてはいけない。
ついでに何か面白い情報が手に入ればいいかな、ぐらいで、お話することは別に必要でもなんでもない。
続いて、『静かなる塔』とロイトさん達。
こっちの目的は、『防衛』。
……とても単純明快だ。
防衛する。防衛しなくてはいけない。
さもなくばロイトさん達に『静かなる塔』を奪われる可能性すらある。
……今まで私は、複数のダンジョンを持つダンジョンに出会ったことがない。
だから、複数のダンジョンを持つダンジョンを奪った時、どういう事になるのかまるで分からないのだけれど……もしかしたら、『1つとられたら全部とられる』かもしれない。
そうなると自然と『世界のコア』も奪われることになるから、私の目的の失敗に直結してしまうのだ。
だから、『防衛』。
是も非も無く、『防衛』。
最悪、セイクリアナを諦めることになったとしても、絶対にロイトさん達に『静かなる塔』の最深部へ入られないようにしなくてはいけない。
これは、確定事項。
さて。
つまり、優先度としては、当然、ロイトさん側の方が高いことになる。優先度というか、危機度というか。
……ただ、だからと言って、こちらで国王御一行様を放置したくはない。
ここで国王が逃げたら最後、二度と国王がダンジョンを直々に訪れる事は無くなるかもしれないし、チャンスをわざわざ逃す必要もないし。
それに、こちらは人質900人弱を抱えている訳だから、国王を強請るネタには困らない。
……国王だって、ここまでのこのこ来ているのだから、何か目的はあるはず。
それが『人質の救出』ではなかったとしても、一応、『人質の救出を望むふり』はしてくれるはず。
最低でも『強請られるふり』はしてくれるだろう。つまり、何らかの情報は絶対に出る。
だから余裕があれば、国王とお話するのもアリだと思う。
そして、ロイトさん達の方は……一応、まだ猶予がある。
『静かなる塔』の玉座の部屋へ到達するためには、最短でも1Fから登って9Fまで到達し、9Fの隠し通路から下り階段でB1Fまで下りる、という行程が必要になる。
勿論、道中にモンスターはほとんどいないけれど、迷路や仕掛けの類はあるのだし、そもそも道が長い。
だから多少の時間は稼げる、と、思う。
そこで私は考える。
セイクリアナ国王の目的はまあ分かる。とりあえず、900人弱の人質の救出とそれに関わる取引のため。或いは、私を殺すことかもしれないけれど。
……では、『ロイトさん達の目的』は、なんだろうか。
どうも今回の同時襲撃、2者の意思疎通の上での同時襲撃っぽくはない。
ロイトさん達がセイクリアナ国王を支援する目的で『静かなる塔』へ侵入しているわけではなさそう、ということは、彼らの会話の端々からもなんとなく分かった。
では、ロイトさん達の目的は何なのか。
……ロイトさん達と『静かなる塔』を結ぶものがあるとすれば……それは、1つしかない。
『私』だ。
ロイトさん達は多分今、ストケシア姫と一緒にセイクリアナ国王の所でお世話になっているのだと思う。
ならば、セイクリアナ国王が手に入れた情報をある程度知っていてもおかしくはない。
ストケシア姫が『襲撃後』の『幸福の庭』に来た時に、そのあたりの事情は大体知っていたし。
……ついでに、手紙を託した兵士がもし、『襲撃前』の『幸福の庭』に一度でも来ていれば、『メディカ』と『手紙を託した人物』の顔を照合できたことになる。
となれば、余計に『メディカ=メイズ』説が濃厚になるわけだ。
なら、『メディカが連れ去られた方角にあるダンジョン』を怪しんでもおかしくはないか。
しかも、その『静かなる塔』で、『襲撃前』にメディカがセイクリアナ国民を救出している、という情報も合わさったなら、尚更。
よし、分かった。
多分、ロイトさん達が探しているのは、『メイズ』か『メディカ』なんだ。
なら話は早い。私が出て行って話をすればいい。
手紙を運んだ兵士が『メディカ』と『手紙を託した人物』の顔が同じだったと証言したとしても、『ダンジョンでは同じ顔のモンスターくらい生み出せます』とでも、『双子です』とでも、なんとでも言い逃れはできるのだ。
だからロイトさん達はまだ決定打を持っていないし、私はまだ、『人畜無害なメディカ』のふりをできる。
……いや、できる、じゃなくて、する。
する。決めた。する。
その為に今、取り急ぎ私がすることは3つだ。
1つ目。『静かなる塔』の9Fの隠し通路の先の下り階段の先に、『牢屋』を作った。
2つ目。『牢屋』の鍵をキラキラに、鍵ではなく装飾品のレベルにまで装飾して、10Fのトラップであるデスネックレスに持たせた。(デスネックレスはネックレスの一部に鍵を誂えてご満悦。)
3つ目。……ちょっと、『幸福の庭』B3Fの客間とその上、B2Fの部屋に、それぞれモンスターを配備して……落とし穴を増設した。
そして国王御一行が『幸福の庭』B1Fへ下りてきた所へ、お出迎えに行った。
「セイクリアナ国王陛下であらせられますね?」
「うむ。……そちがメディカ、か」
おお、さっそくカマかけてきた。(それとも深読みしすぎかな。)
「いいえ。私は『メイズ』。……お聞き及びかと存じますが、『王の迷宮』を用い、テオスアーレを滅ぼした張本人にです」
はっきりそう言ってやれば、王は恐れや緊張の入り混じった表情を浮かべた。
「どうぞこちらへ。……兵士100人でも入れる部屋を用意しております」
付いてくるよう促せば、王は近くに居た兵士達と頷き合って、私の後をついてきた。
そしてその後を100人の兵士達もぞろぞろついてくる。
しっかり全員が侵入してきたことを確認して、私は入り口のシャッターを閉めた。
「なっ」
「どうかなさいましたか」
当然、兵士達は慌てたけれど、もう遅い。彼らも文句を言う愚かさは分かっているのか、私の顔を見ても目を逸らすばかりだ。
そのまま進んで、B3Fの客間に王と兵士達を通した。
100人以上が入ると、流石に広い部屋でもいっぱいになる。
「どうぞおかけください」
テーブルには椅子が11個。(リビングドールに椅子の数を整えてもらっておいた。)
そして、壁際にぐるりと100個以上の椅子が並んでいる。
その内の1つに私が腰かけると、近衛兵達が腰かけ、王が腰かける。
壁際で兵士達はそれぞれ座ったり座らなかったり。
警戒する人は座らないままだけれど、まあ、しょうがない。
リビングドール達がやってきて、お茶とお菓子を出してくれる。
王と近衛兵達の前にお茶とお菓子が配されると、彼らは一層の緊張をその顔に浮かべて、じっとお茶の水面を見つめている。
「毒なんて入っていませんよ」
一応、私が一口先に飲んで見せたけれど、彼らの警戒は変わらない。まあ、妥当な対応だと思うけれど。
「リビングドール。そちらの兵士の皆さんにもお茶とお菓子を」
そしてリビングドール達に指示を出し、壁際に居る兵士達にもお茶のカップとお菓子を渡していく。
私はその配膳を待ちながら、リビングドール達に注視し……そして、王達の視線が私に集まっているのを感じながら、ふと、リビングドールの動きに何か気づいたようなふりをした。
「ああ、リビングドール。お茶とお菓子が足りなくなったら下で新しいお茶とお菓子を。缶のクッキーが」
そして、そんなことを言いながら……おもむろに、落とし穴を作動させた。
「わーっ!?」
そしてその瞬間、王が綺麗に落とし穴の中に落ちていき、助けようとした近衛兵達は咄嗟に『足を引っ張られたかのように』動けず、王を床下へと見送ることになった。
近衛兵の内の2人はその場で落とし穴に飲み込まれて王と同じく床下へと消えていき、壁際に居た兵士達も何人か落とし穴に落ちていく。
……それだけでは無い。
「天井からスライムがっ!?」
作動させた落とし穴は、B3Fだけじゃない。
B2F、この部屋の上で待機していたスライム達を巻き込むようにB2Fの落とし穴も作動させれば、天井からスライムが降り注ぐことになる。
また、B3F、客間に居るモンスターは、ホロウシャドウ。
彼らは王やその近衛、そして壁際の兵士達の中でも強そうな人を選んで、足を引っ張り、落とし穴へ落ちる様に仕向けた。近衛が王を助けられなかったところを見る限り、うまくいったみたいだ。
「た、助け……ごぼぼもむむむ」
そしてそこかしこでは、降ってきた巨大スライム達に飲み込まれ、一緒に落とし穴の中へスライムごと落とされる兵士が相次いだ。
「たかがスライム程度、倒せなくてどうす……」
勿論、スライムへ攻撃しようとする兵士達もたくさん居た。
けれど、リビングドールの魔法やホロウシャドウの不意打ち妨害、私と装備モンスター達の攻撃や魔法……そして何より、際限なく天井から降ってくるスライム達の勢いに押され、彼らもまた、落とし穴の中へと落とされていく。
やっぱりホロウシャドウが良い働きをしている。
どんなに優秀な兵士でも、ホロウシャドウによって一瞬隙を作られたらもう終わりなのだから。
うん、ホロウシャドウを大量生産したのは間違っていなかった。
そうして最終的に兵士20人程度と近衛1人はやむなく殺してしまったけれど、他はなんとかスライムやホロウシャドウ達の協力の元、落とすことに成功したのだった。
「じゃあ、あとはお願いね」
気絶した兵士達の拘束をある程度までは手伝ったけれど、そろそろタイムリミットが近づいてきたので私はここらへんで引き上げる。
あとはスライムやホロウシャドウやゴーレム達に任せて、王や兵士達をパノプティコンの独房へ放り込んでおいてもらうだけ。
……お話を聞くだけなら別にいつでもいいのだし、とりあえず王とは『静かなる塔』から帰ってきてからお話をしようと思う。
さて。
セイクリアナ国王の方は出落ちでなんとか無理矢理処理したけれど、おかげで『静かなる塔』にはモンスターを回せなかった。
でも問題ない。
私は『静かなる塔』へ鏡経由で移動した。
そして、作ったばかりの牢屋の中に入って、外から鍵を閉めておいた。
……つまり、セルフで閉じ込められた。