88話
それからB1FとB2Fの祭の残骸を掃除したりして待っていたら、翌日、送り出した兵士が戻ってきた。
手には書簡を持っている。
多分、王様からだと思う。
『幸福の庭』B1Fに入ってきた兵士を出迎えると、私が待っていたことに少々驚きながらも、兵士は書簡を差し出してきた。
「国王陛下からの書簡だ」
「拝見しますね」
私が読むのを待っているらしく、兵士はおっかなびっくり、その場にとどまっている。
……ちなみに、1Fには他の兵士が数人待っているみたいだから、もしこの兵士が戻らなかったらちゃんと報告が国王に行くようになっているんだろう。
受け取った書簡を開けて中を見る。
……中身は修辞が多くてごちゃごちゃしているけれど、要約してしまえば簡単。
要は、『こちらも準備があるからあと5日ぐらい待って』という話だった。
……まあ、待つメリットはある。
多分、兵士を集めたくてこの日数設定なんだろう。
こちらとしては、攻めてきてくれる兵士が多ければ多いほど嬉しいので、それは願ったり叶ったりなんだけれど……私の処理能力を超える強さの兵士にたくさん集まられてしまうと、何かと厄介だ。
ということで、私は『あと3日なら待ちます』と返信を書いて、兵士に持たせて送り返した。
兵士は胃が痛そうな顔をしていた。
多分、国王と私との板挟みになっているからだと思う。ご苦労様。
『待て』と言っておいてその日の内に攻めてくる戦略かもしれないので、油断せずにB1F~B3Fも改造する。
使うトラップは、その多くが落とし穴。
落とし穴を使えば、兵士を分断することもできるし、単純に輸送経路としても使える。
落とし穴の下にはスライムを徘徊させておく。これで無為に死ぬ兵士も減ると思う。
また、スライムを徘徊させるにあたって、ダンジョンのそこかしこにスライムが通れるぐらいの隙間とその先の2畳くらいのスペースを作成。これでスライムの安全もバッチリ。
早速、狭い所が好きなスライムは隙間から隙間の先のスペースに潜りこんでご満悦。スライムのサイズによってはミチミチムチムチになってしまうけれど、スライム本人はむっちり詰まった状態が嫌いじゃないみたいなので、このままでいこう。
逆に、人を殺すトラップも造った。
壁から矢を射出するトラップやギロチンといったお馴染みの顔ぶれ。
このあたりは保険およびフェイクとして使うつもりですらいる。本命はあくまで落とし穴。
……さて。あとは、国王からの返事が来るのを待つばかりだ。
その日の内に、返信が来た。
おっかなびっくりやってきた伝書兵士を労ってお茶(あぶないお薬抜き)とお菓子(あぶないお薬抜き)を提供してあげた。
警戒してはいたけれどちゃんと飲んだあたり、あくまで信用の姿勢、つまり交渉の姿勢を崩さない方針らしい。
ということは、返事の方も期待できるかな。
書簡を開けて中を見る。
中身は『3日後にそちらへ行く』というもの。
まあ、元々の『5日』という時間は長めに申請してきたもののはずだし、3日でもそこそこ十分な兵士が集まる手筈なんだろう。
ダンジョン外の会話を盗み聞く事はできないから、相手の手札が分からないのが少し怖いけれど、それは仕方ない。
素直に『楽しみに待っています』と返事を書いて兵士に持たせて帰した。
『3日後に行く』と書いておいてその日の内に奇襲をかける、くらいのことはしてくる可能性があるので、やっぱり十分警戒しながら過ごす。
……折角ならもうレイナモレの方に足をのばして次の国を壊滅させる準備に取り掛かりたいくらいなのだけれど、そのためにセイクリアナの方を失敗する訳にもいかない。
大人しく待つことにした。
待つ間にやることが無いので、現在の『人間900人余りを収容している』という状態を活かし、ダンジョン強化に勤しむことにした。
その為に、『ホロウシャドウメーカー』を魂100万ポイントで作成。
……お高いけれど、仕方ない。ホロウシャドウにはそれだけの価値がある。ホロウシャドウたったの100匹で元が取れるのだから安いものだ。
ただし、この『ホロウシャドウメーカー』、『スライムメーカー』などと違って、水を入れればホロウシャドウができる、なんてことはない。
……ホロウシャドウだから影でも入れるのか、と思ったら、この『ホロウシャドウメーカー』、いわゆる『魔力』とやらを吸収して、ホロウシャドウを生み出す、というものらしい。
この『魔力』は、畑の作物を育てたり、『金鋼窟』や『ミスリル鋼窟』で金やミスリルを育てたりするものだ。
つまり、魂で代用できる。人の魂を畑の肥やしにするのと似たようなかんじで、人の魂を『ホロウシャドウメーカー』へ注ぐように意識しながらトラップで人を殺せばいい。
……ただし、勿論、そんなことはしない。
ただでさえ100万ポイント分の魂を使っているのに、これ以上魂をつぎ込む気は無い。
ではどうするかというと、『王の迷宮』さんや『金鉱ダンジョン』のレイル君がやっていたのと同じことをする。
人間がダンジョンに滞在しているだけでは『魂』は手に入らないけれど、『魔力』は手に入るらしい、というアレだ。
人間がダンジョン内に居る時、作物の育ちが速くなる。
人間がダンジョン内に居る時、金やミスリルの生成が速くなる。
それと同じ要領で、人間がたくさんいるこのダンジョンで『ホロウシャドウメーカー』を動かし、ホロウシャドウを生み出す、ということをする。
今しかできない事だし、逆に、今ならとても効率よくホロウシャドウを生み出すことができる。
早速、玉座の間の隣に小さな部屋を作って、そこに『ホロウシャドウメーカー』を設置。
ダンジョン内で育てている葉っぱに流れる分も含めて、ほぼ全ての魔力を『ホロウシャドウメーカー』へ注ぎ込む。
すると、1時間に1体ぐらいのペースでホロウシャドウが出てくるようになった。
……意外と遅い。
この状態ですら、4日以上置いておかないと元が取れないのか。
……まあ、こんなものなのかもしれないけれど……こんなもの、他のダンジョンだったら元を取るまでに年単位で時間がかかりそう。
生まれたホロウシャドウは、ゴーレムその他モンスター達に装備させる。
ゴーレムがリビングアーマーやソウルソード他、物々しい装備をしていたら相手は警戒する。
けれど、ホロウシャドウを装備していても、相手はそれに気づかないだろう。
ホロウシャドウはゴーレムの能力を高めてくれるだけじゃなくて、不意打ち要員としても重大な働きをしてくれるはずだ。
今までに手に入れたスキルオーブを大放出して、各ホロウシャドウにつき最低1つはスキルを覚えさせることにした。
大体は魔法だけれど、時々《一点突破》持ちのホロウシャドウとかが混じっている。
……魔法のスキルオーブが足りなくなりそうだから仕方ない。
多分、《一点突破》のホロウシャドウは影から侵入者を殺すのに役立ってくれることだろう。多分。
そうして、手紙から3日後。
ホロウシャドウが61匹くらい増えたあたりで、ダンジョンに侵入者達がやってきた。
……ただし、来たのは王様ではなかった。
「お。見えてきたな。あれが、噂のダンジョンか」
「ここに手がかりがある保証はないが……探してみる価値はあるだろう」
「腕がなります!あー、久々の冒険だー!」
「あーあ、嫌嫌。どー見たってあの塔、5階以上あるじゃないのよ。はーめんど」
「まあ、そう言うな。……さあ、あまり長く姫様をお待たせする訳にもいかないぞ。進もう」
ロイトさん達、ストケシア姫の近衛5人だった。
……しかも、来たのは『幸福の庭』に、ではなかった。
『静かなる塔』に、だった。
しかも、ロイトさん達が『静かなる塔』のダンジョンエリア内に入ってきてすぐ、『幸福の庭』にはセイクリアナ国王御一行が到着した。
「陛下。くれぐれも、お気を付けて。我々が付いていても、相手はあの『王の迷宮』からテオスアーレを滅ぼした者の可能性もあります」
「うむ。分かっておるとも」
国王を取り囲む近衛らしき兵士が10人。
そして、その後ろに控えた100人程度の兵士。こちらは冒険者混じりだから、一般から募ったのかもしれない。
……彼らもまた、『幸福の庭』の内部に向けて、歩を進め始めた。
……2点同時襲撃とは、やりよる。




