87話
「フェルシーナ!フェルシーナああああああ!」
目の前でフェルシーナさんが血飛沫を上げるのを見て、兵士長さんが叫びながら拘束を解こうともがく。
「くそ、おのれ、おのれえええええ!魔物め、許さん、殺して、殺してやる!」
このまま暴れられ続けると本当に拘束が解ける恐れもあるので、兵士長さんにはまた床の下に戻っていってもらおう。ぼっしゅーとです。
落とし穴を作動させて空いた穴からゴーレム達に兵士長さんを持ち上げてもらって出す、という、実にアナロジカルな方法で出してもらったので、もう一度同じ要領でゴーレム達に兵士長さんをひっこめてもらって、落とし穴を閉じればいい。
ついでに、ほとんど死にかけのフェルシーナさんとマリポーサさん他、重症の兵士達数名を落とし穴の下に蹴りこんでおいた。
ちなみに、この下はパノプティコンの『中央監視室』にあたる。
下ではゴーレム達が拘束具や薬やあぶないお薬を持って、落ちてきた兵士達を拘束して治してあぶないお薬を摂取させて……と大活躍。
兵士長さんも、フェルシーナさんとマリポーサさんも回収できたから、山場は超えた、だろうか。
さて、残った兵士達ももうひと踏ん張りして処理してしまおう。
残った兵士達は半分自棄になりながら襲い掛かってくる人と、もう撤退を決め込んでいる人との半々ぐらいだった。
指示を出す人を優先して落としているから、部隊はどんどん混乱していく。
「床が動くことが初めから分かっていりゃ、対処のしようもあるんだよ!」
その中でもことさら元気な人……フェルシーナさんの部隊に居たグリージョさんが回る床を加速に使いながら走ってくるところだった。
でも、この床も私の一部なのだ。
「もらった……っ!?」
グリージョさんが踏み切ろうとしている床を急に逆回転にしたら、思いのほか綺麗に転んでくれた。
やっぱり足場って大事なんだね。
そこに物理法則を無視した振り子をぶつけて吹き飛ばせば、一丁上がり。
……私は1人だけれど、この通り、勝てない勝負じゃない。
最初の魔法みたいなのにだけ気を付けていれば、あとは全て、『私の中』で起きる事なのだから。
『地の利』は私にある。それこそ、完璧に。
「これでもくらいなさい!《カースブラスト》!」
ただし、魔法に関しては割とどうしようもない所がある。
相手は回る床を警戒して、回る床の範囲外から魔法を撃ってくるのだ。
魔法は距離を無視して飛んでくるものもあるし、相殺に手を割いている間はこちらの手数が減ってしまうし、そもそも、私が効果を知らないものが多い、というのも面倒な所。
魔法の効果も分からないのに下手に受けて変な事になったら嫌なので、こういう時は回避一択だと思う。
魔法が飛んできたのを見計らって、《ラスターケージ》でひとまず壁を作って防ぐ。
それと同時に、《グリッター》をリリーの最大出力で出してもらう。
私の最大出力だと、精々『写真加工して色白にしてキラキラさせた』を再現した程度にしかならないけれど、リリーが最大出力で《グリッター》を使えば、『目くらまし』になるのだ。
……目くらましに十分な輝きが現れたところで、私は足元の落とし穴を作動させて、落ちる。
元々居た場所がよく分からない黒っぽくどろどろした靄みたいなものに包まれたのを『ダンジョンとしての目』で確認しつつ、私は落ちた先でスライムにキャッチされた。
「……居ない!?」
そして、B6Fで魔法を放った人……コクシネルさん、が戸惑っているのを見つつ、コクシネルさんの足下の落とし穴を作動させた。
「っ!?」
流石の兵士、と言うべきか、ギリギリ落とし穴を回避しコクシネルさんは、回避した先にやってきた振り子をも更にまた避ける。
コクシネルさんが避けた振り子が、後方で集まっていた他の兵士達に当たって、彼らをまとめて吹き飛ばす。
……コクシネルさんがそちらを向いた、その瞬間に、私はコクシネルさんを落とそうとした落とし穴の下へ移動し、そこでスライムに協力してもらって、落とし穴を下から通ってB6Fへ戻る。
つまり、振り子を回避したばかりのコクシネルさんの背後にいきなり現れることができる。
「ど、どこから!?」
まさか、がんばって伸びあがって私を持ち上げてくれるスライムが階下に居るとは知らないコクシネルさん、落とし穴から私が出てくる発想は無かったらしく、流石に焦ったらしい。
でももう遅い。
あとはホークとピジョンが働いてくれて、コクシネルさんの右腕を切断。それから右足も切断して、落とし穴の中に放り込む。
下ではスライムとゴーレムが待ち構えているから、応急処置と拘束とあぶないお薬の投与を行ってくれるだろう。
部屋全体を1つの分かりやすいコンセプトトラップでまとめることで、相手にある程度『地の利』めいたものを与える。
しかし、回る床は私の意思1つで止まったり逆回転になったり高速回転したりする。
振り子は物理法則を無視して振れることがある。
回る床の範囲外も、落とし穴だらけ。
……でも相手は回る床や振り子を警戒した上で動く。
その結果、『地の利』がむしろ足枷になって、油断を生んでくれたり、行動を制限してくれたりする。
だから、見切ったと油断して逆に回る床を利用しようとした人をさらに逆に罠に掛け、回る床を警戒して範囲外に集まった人をまとめて振り子で吹き飛ばすことができる。
見え見えのトラップ、というものは、それ自体がまたある種別の罠として働いたりする。
とても便利。
「か、勝てない……!撤退、撤退だ!」
誰か1人がそう言って後方へ走っていくと、残っていた兵士達の半分ぐらいがそれに追従して逃げていった。
彼らは放っておこう。どうせ光と鏡の迷路の落とし穴で回収できる。
「……ここで散ることになろうとも構わん!」
そして残っていたもう半分ぐらいは、一斉に襲い掛かってきた。
剣と魔法が一気に私の方を向く。
……これをまともに対処するのも馬鹿らしいので、私はさっさと落とし穴で戦線離脱。
対処は面倒でも、所詮は指揮者を失って自棄になった兵士達の攻撃だ。どうせ彼らだってもう、死ぬ気でいるのだから、攻撃をぶつけていくのもそう難しいことじゃない。
あとは回る床を動かして人の移動を制限して、振り子を操作してぶつけていき、どうしてもトラップ範囲外に居る人は落とし穴からこんにちはして直接殴ることにした。
それから光と鏡の迷路に落とし穴の逆走で入って、そこで逃げてきた人数人を殴ったりする作業はあったけれど、概ね問題なく、防衛は終わった。
「お疲れ様。いえーい」
でも、今回はハイタッチは無し。
……拘束して、あぶないお薬を投与して、独房に入れてある……とはいえ、敵を大量に、自分のダンジョンの中に収容しているのだ。
装備を解くなんて油断、できない。
それでも多少はほっとしつつ、今回のリザルト。
今回手に入った魂は、348,269ポイント分。上手に捕獲できずに殺してしまった兵士の分だ。
そして手に入ったものは、兵士合計256人。兵士長さん他、フェルシーナさんとマリポーサさん、フェルシーナさんの部隊の人達、フェルシーナさんの同僚……と、そこそこ強い人達も捕獲できた。
というよりは、強い人の方が捕獲しやすかったのだ。
強い人の方が死ににくいから。
……捕獲失敗する理由は、相手が死んでしまう事にある。
……さて。
B6FとB7Fでは、兵士を拘束して、必要に応じて治療して、あぶないお薬を投与する、という作業が行われていた。
私はそれらを確認しつつ、新たに収容された人の中から、できるだけ最初の方で捕獲された人、かつ、弱そうな人、という条件で人を探した。
その結果、最初から2番目に落とし穴の餌食になった兵士を選んで、彼を独房から引きずり出した。
引きずり出した兵士はまだ気絶していたので、そのまま担いで運んで、B3Fまで連れていく。
B3Fの豪奢な部屋……今回、予期せずして兵士の皆さんにショックを与え動揺させることになった『ご主人様』が寝ている部屋に連れてきた兵士を降ろして、そこで手紙を書く。
宛て先はセイクリアナ国王。
内容は、『直接会ってお話したい。こちらには900人弱の人質がいます。護衛を連れてきてもかまいません』というだけのシンプルなもの。
書いた手紙を封筒に入れて、ちゃんと封をする。
この世界では封筒の封に封蝋を使うみたいなので、私もそれに倣って封蝋で封をした。
ファントムペスト医部隊の合図用に手紙を偽装した時に使った封蝋の余りがあるので、折角だから使おう、ということでもある。
手紙ができたら、兵士を起こす。
「もしもし」
揺さぶって起こすと、兵士は呻きながら目を開いた。
「うう……んっ!?」
そして起きてすぐ、首筋に添えられた刃に気付いて身を固くする。
「暴れなければ殺しません。でも、暴れたり抵抗したりするようなら、すぐ殺します。お願いを聞いて頂けない時もすぐ殺します。これはあなた達にとっても有益な話です。無駄にすることのないように。いいですね?」
確認すると、兵士は恐怖と混乱に固まったまま、小さく何度も頷いて見せた。
よろしい。
「では、まず、状況の説明を。……あなた達セイクリアナの兵士は、ここ『幸福の庭』に侵入しました。ここまでは覚えていますか?」
「あ、ああ……」
「では、その後、落とし穴に落ちた事は?」
「……覚えている」
あなたが最初から2番目に落ちた人です、という説明はしない。
ちなみに、最初に落ちた人は強そうだったから今回はパスした。
「その後にどうなったかは分からない訳ですね?」
「……な、なあ、仲間は、仲間達はどうなったんだ。兵士長は。部隊長達は……」
なんとなく、察するものがあったのかもしれない。
兵士は恐る恐る、そう聞いてきた。
なので素直に教えてあげよう。
「何人かは死にましたが、他は生きていますよ」
「よ、よかっ」
「ただし全員厳重に拘束した上で牢に入れています。……重傷を負っている兵士も居ますね」
現在の状況を教えてあげると、兵士は目を見開いて、小さく「嘘だろ」と呟いた。
多分、薄々分かっていたんだろうにそういう反応をするのだから、律儀。
「……ということで、今の状況は分かりましたね?あなた達は負けた訳です。そして、私の手元には人質が……900人弱、居ます」
兵士からの反応は無い。聞いていなかったらもう一度言えばいいのだから、別に咎めないけれど。
「ということで、私はこの900人弱の人質を使って、あなた達と交渉します」
「……こう、しょう」
「はい。……こちらに手紙があります。セイクリアナの国王陛下宛てです」
兵士の目の前に、さっきの封筒を出す。
「あなたにはこれを、国王陛下へ届けて頂きたいのです。できるだけ、早く。……さもなくば、人質が死んでしまうかもしれないので」
勿論、人質はちゃんと治療しているので早々死なないとは思うけれど。
「て、手紙の中身は。内容は。呪いじゃないだろうな」
「それはあなたが知らなくてもいいことです。……国王陛下があなたに話してもいいと考えたならば、知る機会もあるでしょう」
私がそう返せば、兵士は口元を引き結んで黙った。
……彼の口ぶりからして、読んだだけで掛かる呪いとかがあるっていうことだろうか。それはちょっと気になる。
「どうしますか。あなたはこのお願いを断ることもできます。その場合、あなたはここで死ぬわけですし、私は人質を900人弱殺さなくてはいけないので、できれば引き受けて頂きたいのですが」
「や、やる!必ず国王陛下へお届けしよう!」
兵士の目の前で封筒を軽く振ってそう煽れば、兵士はすぐ返事をくれた。
良い返事だ。
「ありがとうございます。くれぐれも、手紙を紛失したりすることのないように。……では、出口までお送りしましょう」
兵士の拘束を解いて、兵士を立たせる。
「歩けますか」
「あ、ああ……ふらつくが、なんとか」
あぶないお薬を投与してから時間が経っているから、効果は薄れているんだろう。
兵士はふらふらしながらも自力で歩いてくれた。
念のため、私がクロウ片手に支えてあげたけれど。
『幸福の庭』B1Fの出口まで兵士を送ったら、そこで兵士を見送った。
1Fには伝令らしい兵士が待機しているから、私の姿を見られるのは何かと面倒だ。
もしかしたら、ストケシア姫もダンジョンエリア外のどこかに居るかもしれないし。
兵士が無事、1Fに出て、そこで伝令の兵士と合流し、ダンジョンエリア外へ歩いていったのを確認して、これで私の仕事は一段落だ。
……あとは、王が来るのを待つだけ。
そして、王が来たら、王も人質にして人を集めるか、或いは、王が連れてきた護衛の数によっては、そのまま全員殺してしまってもいいかもしれない。




