82話
農業用の塔を増築するから、と言って、夜中、一度人を全員ダンジョンの外へ出した。今までも『幸福の庭』の増築改築の度に同じことをやっているので、今更疑われることも無い。
そして、宣言通りちゃんと農業用の塔を造って……1FからB3Fまでに仕込みをして、B4F以降の階層を大きく作り変えた。
最初に、B4Fに作った玉座の部屋や、あぶないお薬製造部屋はB7Fの先から繋げた。
よって、このダンジョンは、1FからB7Fまで通って、最後にB4Fに繋がっている、という形になった。
B4Fには新たなエリアを設けて、B3Fの奥からは新しいエリアを繋げた。
新たなエリアにはお酒の池を設置。
あぶないお薬の池にしたかったのだけれど、池を作ると他に回せなくなってしまうので、ここはお酒で妥協した。
侵入者は皆、この池を泳ぐことになる。
お酒の池は壁で仕切られた2つの部屋にまたがるようにしてある。
そして、池を仕切る壁には、下の方……つまり、池の底の方に穴があって、通れるようになっているのだ。
先に進むには、お酒の池に潜らないといけない。
ここでうまく酔っぱらってくれれば最高。そうでなくても、お酒まみれになった体をそのままにしておいたら消耗してくれるだろう。それだけでも御の字。
B5Fは迷路。鏡と光の迷路にした。
迷路の隔壁は全て鏡。
そして、迷路の床は、底に鏡を敷いて『光石(極小)』を大量に設置してその上からガラスを掛けた仕様。
……そして、その『光石(極小)』は、赤青黄緑紫ピンク水色オレンジ白……と、派手なカラーリングをたっぷり取り揃えている。
しかも、点滅する。
……私はこのダンジョン自身だから、多少は耐性があるけれど、初めてくる人、それも、電化製品なんて無い(であろう)この世界の住人には、相当強い刺激となるはずだ。
チカチカと明滅して反射する光と、終わりの見えない迷路。
間違いなく、人を疲労させるだろう。
そして、侵入者が疲労したところに襲い掛かるトラップは、『隔壁』と『落とし穴』。
『隔壁』が作動して人を分断し、迷路の道筋を変え、そして分断された侵入者を『落とし穴』で1人ずつB6Fへ落としていく。
B6Fは、B5Fを順当に抜けてきた人達用の戦闘スペースと、B5Fを落とし穴で落ちてきた人用の個室だ。
戦闘スペースはいつも通りだから置いておくとして……B5Fの落とし穴はそれぞれ、B6Fの個室それぞれに対応して設置されている。
つまり、落とし穴に落ちれば、必ず個室に入る、という事になる。
そして、個室の中にはスライムが1体居る。
……1体のスライムが、みっちり、詰まっている。
でっかく作った巨大スライム達は、個室に落ちてきた侵入者をその豊満なボディでがっちりやんわりホールド。
そして侵入者を窒息させて落としたら、侵入者を個室から出し、個室の外に待機するゴーレム達にパス。
ゴーレム達は気絶している侵入者達を、簡易魔封じ素材である『白鋼』の手錠と足枷で拘束し、『あぶないお薬』をちゃんと『適量』摂取させ、侵入者をB7Fへ運ぶ。
B7Fは『パノプティコン』になっている。
円環状に並んだ牢獄と、中央の監視室
牢獄からは監視塔の中が見えず、監視室からは全ての牢獄が見える。
牢獄に入っている人は、監視室からいつ監視されているかを見ることはできないから、常に監視を意識していなければならない。
……という仕組み。
本来、こんなものは必要ない。だって、私はダンジョンなのだ。監視しているふりが必要だからこういうものを作ったけれど、こんなものが無くても四六時中牢獄を監視していられるのだから。
つまり、私は『人間牧場』を、作った。
……ただ、『静かなる塔』さんみたいに、人間を何年も入れておくつもりは無いから、放し飼いにはしない。
個室にしっかり閉じ込めて、簡易魔封じの『白鋼』の拘束具で拘束しておいて、更に、きちんと定期的に『あぶないお薬』を摂取させる。
ちゃんと適切な量を適切なタイミングで投与し続ければ、『あぶないお薬』は十分にその真価を発揮してくれるはず。
馬鹿も鋏もお薬も使いようだ。
ある意味、今はチャンスだ。
フェルシーナさん達の警戒も薄れてきて、また、セイクリアナ内での『酔っ払い』とそれにまつわる事件(だとフェルシーナさん達は思っているらしい)への警戒に人手が割かれている状態。
こうなったら、むしろこの状態を利用して、『幸福の庭』が動くチャンスとするのだ。
人を集められるだけ集めて、そして、その全員を『生け捕り』にする。
そして、『幸福の庭』は、大量の『人質』を抱えて、セイクリアナの兵士達を迎え撃つ。
今までの安心と信頼を全て破壊して、徹底的に敵対する。
……そして、やってきた兵士達も可能な限り生け捕りにして、人間牧場の収容人数を増やしていく。
ある程度増えたら、『国』は傾く。
その後どうやってその『国』を滅ぼすかは後で考えよう。
わざわざ王城へ出向いてもいいけれど……それができない程度の警戒はされているだろうな、という事は、分かっているから。
後は出たとこ勝負。
この国に来ているであろうストケシア姫達がどの程度、セイクリアナへ警戒をもたらしているか、そして、テオスアーレの教訓をどの程度セイクリアナが活かせるか。
そのあたりがよく分からないから、フェルシーナさん達をお薬で幸せにして、話してもらおうかな、と思っている。
いざとなったら人間牧場の中身を一気に殺せばいいとして、もっといい方法が見つかればそちらに切り替える予定。
ということで、『農業用の塔の増築が終わった』ということで、人々をダンジョン内に呼び戻し、またいつも通り、『幸福の庭』の営業を再開した。
農業用の塔には新たな農夫を雇い入れ、大量のぶどうを育ててもらうことにした。
……ぶどうがあると、ダンジョンでお酒を作るコストが安く済むから、たくさんあればあったに越したことはない。
そして、『幸福の庭』ではダンジョン内でお酒を仕込み始めた事を多くの人に伝え、ダンジョン内でお酒ができあがる6日後に、『幸福の庭感謝祭』を行う、と触れ回った。
祭は夕方から行い、無料でダンジョン産の葡萄酒を振る舞い、歌と踊りと芝居、そしてあたたかな食事と可愛いリビングドール達のサービスとで盛大に盛り上がろう、という予定。
ビラを作ってはセイクリアナ中に配ってもらい、『幸福の庭』に来た人からは口伝いに情報を流してもらい、『幸福の庭感謝祭』を多くの人に知らせた。
これで、できるだけ多くの人を集めて……彼らを一気に捕らえて人間牧場に収容したい。
問題は……フェルシーナさん達、だろうか。
彼女達の対策は、考えておかなければ。
そうして遂に、『幸福の庭感謝祭』が開催された。
予想通り、多くの人が来てくれたので、ダンジョン内が一気に賑やかになる。
……ただ、兵士が多いのは予想外だったかな。
フェルシーナさん達は勿論、西駐屯部隊の兵士達や、東、北、南、中央……とにかく、非番の兵士がたくさん来た。
多分、『非番』というのも半分ぐらいは嘘なんだろう。警戒して、民間人の警護のために来ているに違いない。
ここまで警戒されるのは予想外だったけれど、でも、まあ……うん、許容の範囲内。
「『幸福の庭』が人間の皆さんと交流できるのも、皆さんのご協力あってのことです」
そして私は、B1Fにあつらえた会場の中、壇上で挨拶をする。
会場に居る人達は全員、葡萄酒のグラスを片手に楽しげだ。
……所々、葡萄酒片手に鋭い眼光で警戒を怠らない兵士達が混じっているのだけれど……。
「今日は、皆さんへのお礼のつもりでお祭りを開きました。皆さん、どうもありがとうございます。……それから、フェルシーナ・バイラさん」
「は、え?」
呼ばれたフェルシーナさんは、突然のことに困惑している。
他の兵士達も、フェルシーナさんの事を知っている人達は皆、フェルシーナさんと私に注目した。
「この『幸福の庭』はフェルシーナさん達、セイクリアナの兵士の皆さんの協力の元、成り立っています。……特に、『幸福の庭』の開場にあたって、多大なるお力添えをしてくださったフェルシーナ・バイラさんに、改めて、御礼を。……フェルシーナさん」
私は壇上から下りて、ぽかん、としているフェルシーナさんに歩み寄り、手を握った。
「どうもありがとう。ダンジョンである『幸福の庭』に親切にして下さって……モンスターである、私に協力して下さって、本当に、ありがとう」
「……セイクリアナに来たからには、メディカもセイクリアナ市民だ。市民の平和と安全、そして幸福を守るのが、私達の仕事だから。当然の事をしたまでだ」
微笑みかければ、フェルシーナさんは少し照れたようにそう言って、私の手を握り返してくれた。
「それでは皆さん、お待たせしました。今日は楽しんでいってください。……かんぱーい!」
最後に壇上に戻ってそう宣言すれば、会場は歓声に包まれ、グラス同士がぶつかり合う音があちこちで響いた。
全員が葡萄酒を飲み、美味しい料理に舌鼓を打ち、リビングドール達の歌や踊りを見物し……会場が大いに盛り上がった頃。
「……っ!?全員、伏せろ!」
突如、『幸福の庭』が揺れた。
「……モンスターの襲撃、か!」
フェルシーナさん達、兵士達が全員、剣を抜いて、『幸福の庭』の入り口から入ってきた……黒鋼のゴーレム達に対して、身構えた。
クロノスさん、出張ご苦労様です。
前話の後書きについて補足追記です。
基本的に感想は削除しない方針なのですが、アウトな情報については削除もやむなしでいきます。
火炎瓶でもひっかかるらしいので皆さんご協力の上、布団も壁も嫌ならメッセージにお願いします。




