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私は戦うダンジョンマスター  作者: もちもち物質
幸福の庭と静かなる塔
81/135

81話

 ファントムペスト医は多分、働いている。

 実際に、あぶないお薬の中毒者も出ている。

 順調だ。とても順調だ。

 ……少なくとも、順調に、見えた。


 ……が、予想外な事が起きた。

「いやあ、メディカちゃん、悪いな。なんか昨日は酔っぱらっちまって迷惑かけたみたいで」

「いえ、お元気になられて何よりです。お酒はほどほどにして下さいね?」

「ははは、気を付けるよ」

『幸福の庭』に『酔っぱらって』やってきた人は、翌朝、元気になって帰っていった。

 元気になって、帰って、いった。

 ……これは、事前に人間を適当に捕まえてきて人体実験しておくべきだったなあ、と思わされた。

 そう。

『あぶないお薬』、中毒性が、思いのほか薄かったらしい。




 何故か手紙は届かないけれど、ファントムペスト医達は働いているらしい。

 セイクリアナ国内では町のあちこちで急に『酔っぱらって』暴れたり、眠りこんだり、へらへら笑いながら不審な行動をしたり……という人が増えているらしい。

 それに伴い、フェルシーナさん達が来ることが減った。どうも、『これは何かおかしい』ということで、セイクリアナ中央の人達が厳戒態勢に入ったんだそうだ。

 たまに来るフェルシーナさん達は、疲れた顔でそれ関係の愚痴を聞かせてくれたので、情報には困らなかった。

 ……しかし、あぶないお薬を『酔っぱらって』担ぎ込まれてきた人達は、例外なく全員、翌朝になったら元気に帰っていった。

 そう。

 あぶないお薬を摂取した人は多いのに、それで廃人同然になってくれたり、依存してどうしようもない状態になったりする人は居なかったのである。




 多分、もっと効率よく、バンバン飲ませてガッツリ薬漬けにすれば違うんだと思う。

 けれど、『幸福の庭』と『あぶないお薬』の関連を疑われないことを優先しすぎて、依存させて薬漬けにする方は結構疎かにしていたものだから、どうにもうまくいっていないらしかった。


 町にぽっと出没して、食べ物に混ぜたあぶないお薬を摂取させる。

 これだけだと、『次の摂取』をさせるのがとても難しい。

 固定したあぶないお薬配布場所が無いことは、兵士達の目を掻い潜りやすくなると同時に、連続したあぶないお薬の配布を困難にする。

 そして、固定した配布場所が無いから、『あぶないお薬の摂取』は、使用者任せになってしまう。

 今回は食べ物にあぶないお薬を混ぜているから、『一口だけ食べる』人と、『一度に全部食べる』人の間でお薬の摂取量が大分変わることになる。

 ……実際、フェルシーナさんや西駐屯部隊の兵士達の話から推測すると、『食べ過ぎ』であぶないお薬の摂取量が多くなりすぎて死んだ人も居そう。

 そして、フェルシーナさん達、セイクリアナ中央の兵士達までもが町中の厳戒に当たるようになってしまった以上、これからもっと配布が難しくなるだろう。

 ……もっと依存性の高い物を作れれば良かったんだけれど……残念ながら、『樹脂という名前が付いてる以上は樹脂が含まれて、樹脂がそういうお薬になるんだろうなあ』程度の知識で作り始めた葉っぱ抽出液程度では、やっぱり依存性が足りなかった。

 私にもう少し知識があれば、サボテンとかお花とかから作れたのかもしれないんだけれど……うーん。

 ああ、いっそ、ニコチンを使えばよかったのかな、煙草の依存性は下手なあぶないお薬よりよっぽど高い、なんていう話もあるぐらいだし……。




 ……とにかく、だ。

 当初は、この『幸福の庭』であぶないお薬を配布するつもりでいた。

 しかし、下手にフェルシーナさん達と交流を持ってしまった為に、それが頓挫した。

 だから、『幸福の庭』は人を楽しく集めるだけの施設として使って、あぶないお薬の配布はファントムペスト医達に任せることにした。

 しかし、元々の依存性の低さと、分量の調整の難しさ、複数回にわたって摂取させることが難しかったことと……フェルシーナさん達の厳戒態勢によって、それもまた頓挫しようとしている。

 ……どうしよう、これ。




 それでも『幸福の庭』は、人を集め続けていた。

 当初の予定と違って、『幸福の庭』に住んでくれる人は少なかったものの、毎日人が訪れるという点では、これ以上ないくらいの成果をあげている。

 ダンジョン経営して生きていくだけが目的なら全く問題なかったのだけれど、残念ながらそうもいかない。

 人が住み着いて、ずっとここに留まっていてくれればいいのだけれど……その状態は、実現が難しそうだった。


 それでも、何もしないよりはマシだろう、ということで、1F温室の奥に、いくつかの塔を建てた。

 ストリートチルドレン達の家同様、ここを集合住宅として、浮浪者や低所得者向けの住宅にするのだ。

 塔は5階建て。そしてそれぞれのフロアに、土があり、風があり、光があり、水もある。

 ……私は、塔を造って、募集を出した。

『幸福の庭』で使う野菜を住み込みで育ててくれる農夫の募集を。




 今まで、色々と怪しまれないように、リビングドール達をおつかいに出して、わざわざ食材を買ったりもしていた。

 しかし、一部はダンジョン内(王の迷宮や最初のダンジョン等)で育てた作物や家畜で補ってもいた。

 勿論、ダンジョン内に畑を作ってあることは色々な人に言っていたし、実際、1Fの隅では畑を耕してみせたりもしていた。

 ……けれど、『幸福の庭』の来客が増えるにしたがって、食糧不足はずっと前から問題だったのだ。

 なら、丁度いい。正当性もあるし、説得力もある。

 フェルシーナさん達を警戒させることもなく、人を集めて住まわせることができるだろう。




 それから募集のポスターを『幸福の庭』入り口に貼って、住み込み農夫を募集してみたところ、すぐに定員が埋まった。

「本当にこんな条件でいいのか?」

「住む場所も畑も飯も貰えて、給料まで貰えるのか?」

「はい。ダンジョンの中に作る畑はとても作物の成長が速いんです。ですから、どうしても住み込みで、ということになるので……」

 住み込み、という条件も、ダンジョン畑でなら怪しまれない。

 何せ、本当に作物の生長が速いのだから。

 人がたくさん来るようになった『幸福の庭』においては、通常のダンジョンでの生育速度を更に上回る速度で作物が育っている。あぶない葉っぱも然り。

 だから、種を蒔いてから収穫するまで、ひたすらお世話してもらっても何の支障もない。お世話しなくても全く支障はないけれど、それは内緒。

「そうか、そういう事なら納得だ。つまり、俺達は1日中、付きっきりになる必要がある訳だな?」

「勿論、半日ずつ交代できるように、1つの塔を2人以上で担当してもらえるようにするつもりです。でも、作物は本当にすごい速さで育つので……それでも大変だと思います」

 適当に、怪しまれないように悪い条件も付け足して、それなりに説得力を強化しながら業務内容の説明を行った。

 なので腰が悪い、という老人夫婦が1組、業務内容を聞いて辞退してしまったのだけれど、それは仕方ない。

 仕方ないので、彼らにはストリートチルドレン達の遊び相手というか、世話係を頼むことにした。

 ……1人でも2人でも多く、『幸福の庭』の中に閉じ込めておきたいから、努力は惜しまない。


 ……住み込み農夫を募る方法だと、あまり土地あたりの効率が良くない。

 けれど、『住み込みで』という条件を付けるとなると、怪しまれないようにするにはこれがベストのような気がする。

 ままならない。




 しかし、住み込み農夫達のおかげで食糧問題は解決した。

 これで益々、『幸福の庭』は人間に幸福を提供する場所として発展を遂げていくことができるだろう。

 折りを見て、農夫の数を増やすこともできるし、住み込みで宿泊施設の管理をしてくれる人を探してもいいのだし。

 ……けれど、やっぱり、効率は悪い。




 それから『幸福の庭』は順調に経営され、人が途切れることは無かった。

 一方でファントムペスト医達は、依存症にはできないながらも、人々にあぶないお薬を配っては、『酔っ払い』や『不審死している人』を生み出し続けていた。

 日に日に『幸福の庭』は発展していき、しかし人を留めるには限界があり、そして日に日にセイクリアナ内の『酔っ払い』を生み出す何かへの警戒は強まっていく。

 そして遂に、フェルシーナさんの話も西駐屯部隊経由で伝わってきて、『ついに不審な薬をばら撒いている犯人らしき者を追い詰めたが、逃げられた』というような、危なっかしい情報も手に入ってしまった。

 ……うん。

 このままこの状態を続けていても、もう私が望む状況は手に入らない。

 新たにちゃんと、あぶないお薬を配布する場所を作るなり、もっと性能のいいあぶないお薬を開発するなりしてやり直してもいいのだけれど……それだって、やっぱり時間がかかる。

 つまり、もう潮時だ、という事なのだ。




 ……私は考えた。

 この、均衡の取れてしまった状況を崩し、私側へ傾かせる方法を。

 私自身への警戒が成されることは避けつつ、それでいて、人を集めて閉じ込めておける方法を。

 短い時間で成果を上げられる方法を。

 ……そして、結論が出た。

『そんなものは無い』。

 私が警戒されずに短い時間で人を集めて閉じ込めておけるようにするなんて、無理な話だ。

 少なくとも、私は解決策を思いつかない。

 そしてもう限界だ。もう待てない。これじゃ、効率が悪すぎる。

 ……なので、思い切って結論を出した。

 私は、この1か月余りで築き上げた『信頼』をコストにする。


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